第4話 メイドさんとトレーニング
私が目覚めてから一週間経った。その間に私の頭も落ち着いたのか、ある程度は私が置かれている現状とこの世界での一般常識は思い出すことができた。
「イザベルお嬢様、おはようございます。あら? もう起きられて……?」
入ってきた年若いメイドさんが、意外そうな顔で問いかけてくる。
何言ってんだか。前世での私は六時に起きて早朝ランニングを行っていた。むしろまだこの体に慣れていなくて遅いくらいだ。
「ああ、おはよう。えーっと……」
えーっと、目の前のメイドさんの名前はなんだっけ?
この一週間側に付き添ってくれたけれど、体調も悪かったし名前を聞く機会がなかった。でもイザベル知識なら当然知っているわけで、えーっと名前はっと……、
………………?
…………?
……!?!?
――記憶にない。
いや、
――でも記憶にない。
何故か。イザベルはこのメイドさんのことを「そこのお前」や「おい」としか呼んだことがない。当然最初に自己紹介を受けたはずだけど、イザベルはそれすら記憶にとどめていないようだ。
端的に言えば、イザベルはこの女性を
おいおいおい。ワガママで世間なめ腐った感じってのはわかっていたけど、まさかここまでとはね。自分の世話をしてくれる人間なんて普通はすごく大事にするでしょうよ?
けれどイザベルは違った。それを当たり前、
孤児院で育った私にこの感情はわからない。人は一人で生きていけない。私は私の面倒を見てくれた沢山の母さん達や沢山の兄ちゃん姉ちゃん達に感謝している。
そしてそれは記憶が戻ってからの一週間、熱で苦しむ私を看病してくれた目の前のメイドさんに対しても抱いている感情だ。
「……お嬢様?」
「いや、えーっと……ちょっとド忘れしちゃって、あなたの名前なんだったかしら? あ、私はイザベル・アイアネッタって言うの」
人に名前を聞く時はまず自分が名乗る。基本だ。
「は……、は、はい、存じ上げております! わ、私の名前はセシリーです。セシリー・セベリーノ」
「そ、そうだったわね。おはようセシリー」
「お、おはようございますお嬢様!」
この感じ、あれだな。
私……というかイザベルが挨拶をしたことがよほど意外だったってことだよな?
挨拶大事。基本事項。それは例え裏社会だろうが変わらなかったし、きっとこの世界でも変わらないだろう。今イザベルは、立派な公爵令嬢――というよりも真人間への第一歩を踏みしめた……たぶん。
「さ、となれば行くわよセシリー」
「行くってどこへですか?」
どこへ?
そんなもん決まっている。
「朝のトレーニングよ!」
☆☆☆☆☆
「お待ち……はあはあ、お待ちくださいお嬢様~!」
「どうしたのセシリー?」
軽くランニングしていた私は、遠く後方から聞こえてきたセシリーの声にゆっくりと減速する。走っている時急に立ち止まったら体に悪いからね。
この身体にまだ馴染んでいないからゆっくりめに走っていたとは言え追いつくなんて、やるなセシリー。運動強度を上げるのは徐々にじゃないとね。
「お、お嬢様、どうしたもこうしたもありません! 何故急に走られるのですか!?」
「だって運動は重要よ?」
この見るからに運動不足なイザベルの身体を鍛え上げないといけない。それを反対するいわれはないはずだ。だってこのままだとフォアグラ間違いなし。
「運動は大事ですし、それに気づいてくださったのはセシリーも嬉しいですが……」
「ですが?」
「ですが、私が言いたいのはそのことではありません! お嬢様は何故お召し物をまともに着ていらっしゃらないのですか!?」
「服きてるじゃん……」
「それはネグリジェです、パジャマです!」
確かにセシリーの言う通り、私はネグリジェを着ている。
理由はシンプル。これ以外に動き易そうな服がなかったからよ。
イザベルのクローゼットにはゴテゴテした装飾のついた、動き辛さの化身の様なドレスは山の様にあったけど、動き易そうな服は一着もなかった。
「いいじゃんパジャマでも。だって敷地内だし」
ここら一帯だだっ広くアイアネッタ公爵家の敷地内だ。家の庭をランニングするだけならパジャマでもそこまで問題はないよな?
「良くありません! 透けてて下着も丸見えじゃないですか!? そんなお姿、奥様が見られたら卒倒されますよ!」
まさかー、ちょっと家の庭でパジャマ着てストレッチしているくらいの話しじゃないの。セシリーも心配性だね。お、噂をすれば……。
「あらおはようイザベルちゃん、今日は早いのね」
「おはようございますお母様、朝のランニングをしていましたわ」
健康第一。早くもこなれつつある私の完璧なお貴族しゃべりに身震いするね。
「まあ、立派ね――その格好で? アイアネッタ家の令嬢が? うーん」
「――え!? うわ、大丈夫ですかお母様!」
「「お、奥様! お気を確かに!」」
最初は普通に会話していたお母様だったが、私の格好を認識するやいなやギョッと目を見開き、ドサッと倒れた。私は間一髪頭を打たないようにキャッチすると、お母様つきのメイド達が慌てて駆け寄る。
「どうやらセシリーの言うことが当たったみたいね……」
「以後お気を付けくださいませ」
どうやらトレーニングするにも課題は多いみたいだ。
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