第3話 お嬢様のお目覚め

「――しやがれアホ女神いいいいいいいいいぃぃぃッ!!!」

「ヒイイイイイイイィィィッ!?」


 うん……?

 ここは……?


「……ベッドの上?」


 パーティー会場でも不思議空間でもない。今度こそ私はベッドの上で目覚めた。

 けれど病院のベッドの上じゃない。でもとびきり上等でデカい、いわゆる天蓋付きのベッドの上だ。


 私は一先ひとまず冷静に自分の身体を確認する。手はある、足もある。腹に穴は開いていない。よし、大丈夫。……ただし当然と言うべきか、この身体はさっきと同じでイザベルの物だ。


 あのアホ女神の言う通り、本当に私は撃たれてお陀仏して転生したらしい。

 輪廻転生……あまり真面目に考えたことなかったけれど、前世での生き方を考えたらまた人間に生まれ変わっただけありがたいのかな?


 まあそれはそれとして、あのルミナとか言うアホ女神にあったらもう一発殴りたい。

 そう言えば私が起きた瞬間、誰かが叫んだような……?


「あ、あわわ、お嬢様がお目覚めに……!」


 私の視界の端では、そんなことを言いながらプルプルと震えるメイド。


 ……うん、メイドだよな?

 前世で金持ちの家にお呼ばれした時に見たことがある。


「よ、よう。おはよう?」

「旦那様ー! 奥様ー! お嬢様がお目覚めになりましたー!!!」


 その細い身体のどこから出ているんだってくらいデカい声が、屋敷中に響き渡った。



 ☆☆☆☆☆



 地平の果てまで響き渡るようなメイドの大声で、すぐに屋敷中の人々が集まってきた。


 そう、ここは屋敷。スタントン西方王国の名門貴族である、アイアネッタ公爵家の屋敷である。


 前世での学校の記憶のほとんどが、体育、給食、喧嘩、の三本柱だった私は貴族ってものがよくわからない。けれどまあ、お偉いさんの家系ってこったね。


「ああ、イザベル! 目覚めて良かった……!」


 まずはこの人、人が良さそうな顔をしたイアン・アイアネッタ公爵。イザベル――私の父親で、アイアネッタ公爵家の現当主。


 父が語るところによると、私はこの一週間高熱を出して昏睡状態だったらしい。つまりあの金髪を殴って取り押さえられた直後からだ。


「ああ、イザベルちゃん! 私たちの可愛いイザベルちゃん!」


 次にこの人、涙ながらに私を抱きしめるアイリーン・アイアネッタ公爵夫人。私の母親で、子どもがいるとは思えない若々しい美貌びぼうの持ち主。


 母が語るところによると、私が殴ったのはこのスタントン西方王国の第三王子であるスチュアート・スタントンとかいう男らしい。年はイザベル――つまり今の私と同じ十六。


 第三王子ということは……どういうことだ?

 まあとにかく、偉い奴を殴ってしまったみたいだけど、何故かそのことについて王家から問われていないらしい。


「イザベルちゃん本当に良かったわ! 私はこのままあなたが目覚めないならどうしようかと……ううっ……」

「ああ、本当に良かった。これも娘を愛する私たちの願いを聞き入れた、女神ルミナのご加護だろう」


 というように、私の両親であるは娘である私のことをひじょーに溺愛している。それはもう目に入れても痛くないほどに。


 そんなこんなだからイザベルはワガママ放題贅沢放題に育ってしまった。というのが私の中にあるイザベルの記憶だ。


「父上、母上、まあそのくらいに。イザベルも目が覚めたばかりで疲れているだろうから」

「そ、それもそうだなアーヴァイン」

「ええ、そうね。それじゃあイザベルちゃん。安静にね。何か欲しいものがあったらすぐに言うのよ?」


 ふう、助かった。まだイザベルの記憶があやふやでボロが出そうで怖いんだよね。

 私は両親と入れ替わるように近寄ってきた、助け舟を出してくれた男を見る。


 この笑顔を浮かべるプラチナブロンドのイケメンは、アーヴァイン・アイアネッタ。私の兄にしてアイアネッタ公爵家の跡取りだ。


「やあイザベル、体調はどうだい?」

「大丈夫だよ兄ちゃ……大丈夫ですわお兄様。ご心配していただきありがとうございます」


 おっと危ない。突然口調が変わったりしたら怪しまれちまうかもしれないし、慎重にいかないと。


「……スチュアート殿下を殴り倒したと聞いた時は驚いたよ。あまりの高熱で正常な判断ができなかった、ということになっていると王宮の友人から聞いたから心配しなくていい」


 なるほどな。他にも事情はありそうだがお咎めなしの理由の一つはこれか。

 このアーヴァインとかいう兄ちゃんは、ワガママ放題のイザベルとは違って品行方正な理想的紳士で、おまけに文武両道の完璧超人だ。イザベル、少しは兄ちゃんを見習えよ。


「さすがにやんちゃが過ぎると、いくらアイアネッタ公爵家の名前を使ってもかばいきれなくなる。これを機に公爵令嬢として身の振り方を考えた方がいいと思うよ」


 私の記憶によると、イザベルはその地位を笠に着て、周囲の人間にやりたい放題だったらしい。妹想いのアーヴァイン兄ちゃんは再三忠告していたようだが、アホのイザベルは聞き入れなかった。


 イザベルが兄をないがしろにしていたかというとその逆で、お兄様大好きだけど長年培われてきた性格を改めることはできなかったみたいだ。


「……わかりましたわお兄様。公爵令嬢としての自覚をもちます」

「ふふ、今日はやけに素直だね。まあ、まずは体調をなおすことだよ。お休みイザベル」


 アーヴァイン兄ちゃんはそう言って私の頭を優しくなでると部屋から立ち去った。


 イザベルは前世の私からしたら訳わからんくらいワガママで贅沢三昧みたいだったけれど、前世の記憶が復活した今、ちょっとはマシな公爵令嬢に成れるってものよ。


 ……ところで公爵令嬢ってなにすんの?

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