第25話蛇:家にいた

 私は家にいた。

 親戚の家にいた。

 そこでは居場所がなかった。


「なんであんな子を預かったの?」

「しかたないじゃないか。他にいないんだから」

「そんなことないでしょ。ほら、あの、おじさんのところ」

「そのおじさんのところにも預けられていたんだ」

「じゃあ、おばさんのところに」

「そのおばさんのところから預かってきたんだ」

「じゃあ、誰か預ける人を探してよ!」

「うるさいな。いたらとっくに預けたわ!」


 私を預かっている夫妻は隣の部屋で喧嘩していた。私はその声を聞きながら、暗い部屋でとなりから入ってくる光を眺めていた。

 私は両親を失い、独り身になった。それでは可愛そうだということで、親戚に預けられた。いくつかの親戚をたらい回しになった。

 なぜたらい回しになったかというと、気持ち悪いからだった。この場合の気持ちわるいとは、私が妖怪をみえることにあった。私のパパとママは妖怪が見えたので、私が妖怪と話していてもなんとも思っていなかったのだろう。しかし、普通の人たちにはそう思えないようだった。

 私が間違えて妖怪の分も食器を出したとき。

 私が妖怪以外誰もいない方向を向いて話しかけているとき。

 私が妖怪に抱き抱えられたとき。

 それらの光景は、普通の人から見たら奇異なるものだったらしい。その度に親戚は頭を悩まし、場合によってはヒステリックになった。その度に違う親戚の家に撮された。

 妖怪が見えるだけでも親戚の顰蹙を買ったのに、さらには可愛げもなかった。私は、両親を失ったあの日、感情を失った。笑うこともなければ、泣くこともない。人と話すこともなく、いつも1人で引きこもっている。そんな子供が可愛いわけがない。

 しかも、そんな子供がたまに奇妙な言動を取るのだから、親戚からしたらたまったものではない。

 ――それは学校でもそうだ。

 私は学校に行っていた。

 学校では居場所がなかった


「あの子も誘う?」

「嫌だ。誘わない」

「なんで?」

「だって、面白くないんだもの」

「面白くなくてもいいじゃない。仲良くしよ」

「やだよ。それだけじゃないんだもん」

「何があるの?」

「あいつ。気持ち悪い」

「気持ち悪い?」

「ああ、そうさ。あいつ、ひとりでブツブツしゃべっているのよ」

「別にいいじゃない」

「良くないよ、気持ち悪い。きっと、変なものが見えているのよ」

「そんなことないでしょ」

「そんなことあるわよ」

「そんなことない!」

「そんなことある」

「そんなことないって」

「……あんた、なんであの子の味方なの?」

「そんなつもりじゃ」

「あんた、わたしよりあの子の味方なのね」

「違うわよ」

「違わない。あの子と仲良くなるなら、もう絶好よ」

「なんでそうなるのよ」

「あなたはあの子より私のほうが嫌いでしょ?」

「そんなことない」

「じゃあ、あなた、私とあの子のどっちが嫌いなの?」

「どっちって」

「どっちなの!」

「……」

「さあ、どっち」

「……あやさん」

「なんて?」

「あやさん」

「聞こえない。もっと大きく、あの子に聞こえるように」

「あやさんが嫌い」

「それでいいのよ」


 私はクラスの人から孤立していた。

 皆は私と一緒にいても面白くないから近づいてこない。話さないし、仏頂面だからだ。だから、みんなは私から離れて、影から悪く言う。クラスの人たちから見たら、私は見えない妖怪みたいなものだ。

 ――その妖怪ともそうだ

 妖怪たちも私を敬遠する。

 妖怪のところでも居場所がなかった。


「お主、あの人間に話しかけてこい」

「いやじゃ。なぜわしが? お主がいけよ」

「わしも嫌じゃ。だって、わしらが見えるなんて、ただの人間ではないぞ」

「それならわしも嫌じゃ。気持ち悪い」

「それに聞いたか、お前」

「何をじゃ?」

「あの者がいたところでは、妖怪が大量に殺されたらしい」

「ええ! 妖怪殺し?」

「そうじゃ。そして、その犯人はまだ分かっていないらしい」

「ええ! ということは」

「そうじゃ。あいつがその妖怪殺しかもしれないぞ」

「ええ! じゃあ、危ないじゃないか」

「そうじゃ。だから、お前、あいつが犯人か探りを入れて来い」

「ええ!」

「なんじゃ? 嫌か?」

「わし、ええ! って言うのがマイブームなんじゃ」

「なんじゃそれは?」

「楽しいじゃろ?」

「お主が楽しんでいるのならそれでいいのだがな」

「へっへっへ、楽しいゾ」

「そんなことより、あいつはどうする?」

「うーん。妖怪殺しかもしれないんだろ?」

「そうじゃ。だから、話すか、無視するか、どうする?」

「そうじゃな。それなら、先に殺すのはどうじゃ?」

「ほっほ。先手必勝か」

「へっへっへ」

「ほっほっほ」

「「やめておこう。危険だ」」


 こういう会話を妖怪がするものよく聞く。

 私は人間にも妖怪にも仲良くなれない。

 どこにも居場所がない。

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