第24話蛇:友達を待っていた

 翌日は大雨だった。

 私は友達を待っていた。

 登校中にあやとりを教えてもらう約束をしたのだ。

 しかし、いつまで待っても来なかった。私は家を出て、友だちの家に向かった。もしかしたら、来る途中に倒れているかもしれない。

 こんな雨の日だ、滑って転んでいるかもしれない。

 こんな雨の日だ、車のスリップに巻き込まれたのかもしれない。

 こんな雨の日だ、雨の重さに押し倒されたかもしれない。

 私は道を走っていた。傘が風に飛ばされそうになるのをこらえながら、低く走った。転びそうになりながら走った。

 すると、目の前に友達がいた。友達は傘もささずに立っていた。


「どうしたの、こんなところで?ビショ濡れになるよ」


 私は駆け寄った。しかし、返事がない。


「どうしたの、何も言わないで。聴いてるの?」


 私は近づいた。しかし、返事がない。


「どうしたの、さっきから。へんじしなよ」


 私は顔を覗き込んだ。しかし、顔がない。

 ……


「え?」


 私が困惑するや否や、友達は倒れ込んだ。


「ねえ、ねえったら」


 私は倒れた体を揺すった。でも、反応はない。私は再び揺すった。すると、血が流れ出た。


「あ」


 その体は、崩れて分かれて始めた。


「あ、ああ、あああー」


 私は思わず手を離した。その手からは血が滴り落ちていた。


「あーーー!」


 私は叫び、傘を後にした。

 ――わたしは無我夢中に走った。

 たどり着いたところは公園だった。

 物静かだった。


「だれか、だれかー!」


 私の言葉はこだました。


「だれか、たすけてー!」


 私の声しか聞こえない。


「だれか、いないのー!」


 私しかいなかった。


「どうしたの? だれかいないの? みんな、どこにいったのー?」


 わたしはその場に泣き崩れた。いつもだったら、困ったときに誰か妖怪が慰めてくれた。しかし、今日は誰もいない。

 と、物音がした。わたしは音の方向を見た。誰も見えなかった。

わたしはその方向に足を運んだ。ゆっくりゆっくりと進めた。わたしは草場の影をゆっくり覗いた。

 大量の妖怪の死体。

 わたしはゆっくりと膝をついた。頭の中に思い出が走った。

 いっしょにあやとりをした思い出。

 いっしょに登校した思い出。

 いっしょに……

 今、目の前にその時の顔が素早く通り過ぎた。残ったのは、今の妖怪の顔のみだった。悲痛な顔、喜楽な顔、怒涛な顔、様々な死に顔だった。なかには顔がないものもいた。それは、ただの屍のようだ。

 どうして……どうして?

 わたしは妖怪を抱き抱えた、ら、崩れた。色々と崩れていった。私の姿勢も、思い出も、全てが崩れた。


「ねえ、あやとりしよ」


 わたしは声の方向を向いた。そこには死んだはずの友達がいた。友達はあやとりで東京スカイツリーを見せてくれた。それを取ろうと触ると、あやとりが崩れていった。東京スカイツリーの形だけでなく、ゴム自体も崩れていった。友達も崩れていった。


「おや、あやとりとは何だ」


 振り返ると、妖怪たちがいた。わたしは、あやとりの仕方を教えようとした。すると、持っていたあやとりのゴムが崩れていった。わたしはその崩れた破片をつかもうとしたら、妖怪と手が当たった。すると、その手から妖怪の体が崩れていった。そして、ほかの妖怪も崩れていった。

 わたしは声を出せずに、その破片を後にした。

 ――家に戻った。

 気がついたら家だった。

 しかし、家の雰囲気は家ではなかった。

 暗い家の中を入っていくと、ママの後ろ姿が見えた。わたしはママに後ろから抱きついた。しかし、空振った。

 わたしはママを見た。ママの上半身が床に転がっていた。血しぶきが上半身と下半身からとめどなく吹き出した。

 血だらけになった私に話しかけるものがいた。


「お主、帰ってきたのか」


 そこには私の倍くらいある蛇がいた。


「あなたは?」

「おかえり。そして、さようなら」


 蛇はその大きな尻尾をしならせた。目の前に大きく現れたそれは、私の視界を暗くした。私は感覚をなくなった。

 ……

 感覚が戻った。私は体が震えていることがわかった。目の前にはっきりとした風景が広がっていることをわかった。


「パパー!」


 パパの胴体を蛇のしっぽが貫いた。


「がはっ」

「パパ」

「来るな!」


 私は止まった。


「あや。逃げなさい」

「でも……」

「逃げな……」


 パパは真っ二つになった。別れた上半身と下半身との間から蛇の眼光が光っていた。それが勢いよく向かってきた。

 私は勢いよく家を出た。外では雨が勢いよく降っていた。

 後ろからは何も追ってこなかった。前にも何もいなかった。

 空は暗かった。地面も暗かった。

 私は走り込んだ。どこまでも、どこまでも。走り込んだ。

 駅伝選手のように走り込んだ。

 私は息絶えて倒れ込んだ。

 駅伝選手のように倒れ込んだ。

 私は雨で水分補給した。

 駅伝選手のように水分補給した。

 そのまま、意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る