第13話カエル:受け止めようとした
② カエル
わたしは受け止めようとした。
それは勢いよく落ちてきた。
わたしは怪我を覚悟した。
しかし、とっさに閉じた瞳を開けると、そこに見えるのは落ちてきた少年のけがではなく受け止めた私の怪我でもない。宙に浮かぶ少年と手を開く私の手だった。
そして、少年は私の手に落ちた。
少年はうちの学校の生徒らしい。いつも学校で見かける学ランだった。しかし、この少年は私は知らない。
いや、もっと正確に言うと、私は学校の生徒の顔の見分けが付かない。あまり興味がなく、皆が同じ顔に見えるのだ。あまり良くはないと思いながらも、それで困ったことが特にないから矯正してこなかった。
今回も特に困ることはないと思った。
「ねえ、あなた」
私は膝をついて座り込みながら、顔を覗き込んだ。
少年は意識を失っていた。
本当にロマンティックな出会いね、男女が逆なら。
わたしはどうしようかと思った。膝に頭を寝かせているが、いつになったら起きることやら。その寝顔は可愛いものだった。
――まあ、その場に置いていくんだけどね。
わたしはそのまま校門に向かった。今日は妖怪の面倒事に巻き込まれませんそうに。
「おい、あんた」
後ろから声がした。誰を呼んでいるのだろう。
「ちょっと待て、あんた」
だれか、呼ばれているわよ。
「待てと言っているだろう!」
少年が私と校門の前に滑り込んだ。知らない人だった。
「あら? 何かしら?」
「あら何かしら? じゃない。普通、ほったらかすか?」
「何の話?」
「何の話って、俺を受け止めた後の話だよ」
わたしはジーッと少年お顔を見た。少年は、なんだよ?と言いたげな顔だった。
「あ。さっきの」
「覚えてなかったんかい!」
少年は怒鳴った。
「そんな怒ることないでしょ。覚えていないこともあるでしょ」
「さっきの今で覚えていないことがあるか?」
「あるじゃない。今」
「そうだとしても」
少年は不審な顔をした。そうだ、私と会話してきた人は皆こんな反応をする。そして、みんな黙って離れていった。
「とりあえず。ありがとう」
「いいえ。じゃあ」
わたしは別れを切り出した。
「でも、扱い雑すぎるだろ!」
わたしは別れの合図として挙げた右手をそのまま止めた。
「だって、おかしいだろ? 普通、一度でも膝枕をしたら、起きるまでし続けてくれるのが常識だろ? それが何? すぐにやめたよ。起きてないのにすぐに膝枕をやめたよ。まだ百歩譲って膝枕を止めるのはいいよ。でもね、その場に置き去りはひどいよ。普通、ベンチの上とかどこか安全な場所に移動させるだろ。なんで落ちたところにそのまんま放置するの? コンクリートで頭が痛いよ。それに、介病もなくどっかに行くなよ。やさしく、「大丈夫ですか?」と聞いてくれよ。そっけないよ。それがどうしても嫌なら、せめて誰かを呼んでくれよ。保健の先生でも近くと通った人でも野良猫でもなんでもいいから呼んでくれよ。どうして一人ぼっちにするの」
私は考えた。
「わたし、猫より犬のほうがいいわ」
「そういう問題じゃないよ。なんなの? わざとなの? 天然なの?」
私はもう一度考えた。
「おそらく天然かと」
「だから、そういう問題じゃないから。馬鹿なの? あんた馬鹿なの?」
私はもう一度。
「たぶん……」
「オーケー。僕が悪かった。ごめんなさい」
――少しクールダウンした。
「ところで、あなたは誰なの?」
「俺か? 俺はるえか。宇木るえかって言うんだ」
「宇木くんね。私は樫あやです」
「樫あや……? どこかで聞いたような名前だ」
「ふふ。そうなの?」
おそらく学校で悪評が広まっているのだろう。それにしても、宇木るえか、か。聞いたことのない名前だ。
「宇木くんはこの学校の生徒なのよね」
「そうだよ。樫さんもそうだよね」
「そうよ。ところで宇木くん……いえ、宇木先輩になるのかしら?私は1年生だけれども」
「俺も1年生だから先輩ではないな」
「そう。じゃあ宇木くん、聞きたいことがあるんだけど、大丈夫かしら?」
「なんでも聞いて大丈夫だぜ。ちなみに、好きな女性のタイプは……」
「興味ないです」
――目の前の少年が傷心から復活するのを待った。
「あなたは、どうして空から降ってきたの?」
「それね、実は、教室から落ちてしまったんだ」
「教室から?」
私は4階建て校舎の4階を見た。私たち1年の教室は4階という一番階段上りが苦行となる場所にあるのだ。
「そうだよ。ついうっかり足を滑らしてしまってね」
いっけね、と言いたいがごとく恥ずかしげに笑う。
「そんなうっかりありますか? 普通、そんなこと起きないでしょ?」
「でも、起きたものは仕方がないよ」
さらに恥ずかしそうに頭をかいていた。
「そうとうなうっかりさんみたいね」
「そうなんだ。俺はそうとうなうっかりさんなんだ」
もっと恥ずかしそうに体をくねらしていた。
「そうね、うっかりさんね。そんな嘘が通用すると思っているところが」
少年は動きを止めた。
「な、なんおことかな」
きちんと言えていなかった。わかりやすすぎるくらい動揺している。
「あなた、おそらくうっかり落ちたのではなく、なにものかに落とされたのね」
少年は黙った。少し沈黙があった。そして、言葉が返ってきた。
「な、な、なんおことかわからないー」
「ごまかせていないわよ」
少年の目は斜め上に瞳孔を開いており、口がプルプルと震えて、流れる汗を振り落としていた。
「だ、だ、だから……」
「それは、あなたの能力と関係あるのね」
「の?」
少年は震えていた。
「さっき、空から降ってくるあなたを抱きとめようと思ったとき、あなたは宙に浮かんだわ。あなた、その能力はなんなの?」
少年はその場に倒れた。
――少年が目を覚ますまで待った。
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