感傷の鑑賞-斎木佐衣子と山村の首斬り-

真琴龍

第一幕

「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」

           ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』









 




















――今から語ること、それは僕の限界を超えた異能の出来事だ。突飛で、希有で、不可思議なそんな出来事だ――




 

 見渡す限り一面の緑の山の中を一台の車が走って行く。天下のトヨタ車。カローラレビン。所謂、ハチロク(?)とか言う奴らしくて車好きの人間なら誰でも知っているらしい。何か有名な漫画の主人公が乗ってるだとか。

「でねー、やっぱり私もね、こう車乗ってるとね、インを突いたり、ドリフトしたりしたくなっちゃう訳よ」

「はあ・・・・・・」

 ハンドルを握り締めながら意気揚々と斎木さんは語る。

「何々? サナギくんは車とか興味ないの? 男の子なのに?」

 おっと、その男の子だからとか女の子だからとかで色々決めかかるのは良くないぞ。あと、僕の名前は蛹の発音じゃない。彼氏と同じイントネーションだ。

「いや、嫌いって訳じゃないんですけど」僕は窓を眺めながら答える。「車って高いし、維持費も馬鹿にならないじゃないですか。そういうの考えると別に持ってなくてもいいかなーって」

「ええっ? じゃあ君は今このハチロクに乗ってても何も感じてないって言うの!?」

「はい。古い車だなとしか」

 ウインドウを開けるにはよく分からないハンドルを回さないといけないし、今時珍しいマニュアル車。CDの挿入口は無くて、あるのはカセットのみ。勿論、ナビなんて大層なものもない。

「うわー。分かってないわねー。この車に乗れることは光栄なことなのよ? 全く、これだから最近の若い奴は・・・・・・」ぐちぐちぐちぐちと斎木さんは不平を連ねる。「私たちなんかはね、車は憧れだったのよ。ほんとに。そういえば大学生の時には楓のシルビアと対決したっけ・・・・・・。って、今、警察官やってる人間が公道最速だとかなんとか言ってた訳だからほんと人生というものは面白いわね」

「楓さんって確か斎木さんの友人の・・・・・・」僕は訊ねる。

「あ、そうそう。ま、腐れ縁というか何というかね。私の数少ないダチって奴なのよ。今は警察で仕事してるらしいわ」

 ほお、警察官。女性にも関わらず国民を守るために日夜働いているとは平伏の極みである。

「って僕もそうやって決めつけちゃ駄目だろ・・・・・・」

「何か言った?」

「いいえ」と僕は短く答え、ラジオに耳を向ける。NHKの甲子園中継。今日は準決勝で青竜高校と愛光台明電高校の試合だ。別にどちらのファンという訳でもないので負けている青竜高校を応援。アンダードッグ効果って奴かこれが。

 僕が心の中で応援していると上手い具合に青竜高校の打線が繋がり、二死満塁。どうやら逆転の大チャンスらしい。

「よしよしっ!! 良いぞここがチャンスだ!! 打てっ! かっ飛ばせっ! 神宮球場までぶっ飛ばせっ!」

 後ろから熱烈な応援の声が聞こえる。声の主は女の子だが黄色い声援とはほど遠い内容。どう頑張っても甲子園から神宮は無理だろ。

「那珂ちゃん、暑苦しい・・・・・・」

 応援に勤しむ女の子の隣にはもう一人女の子が座っていた。長く艶やかな髪の毛を赤いリボンで二つに結んでいる。白を基調としたサマードレス風のワンピースを着て、足下は茶色のローファー。隣の那珂とは対照的に静で冷な印象を受ける。

「しょうがないよ、きりりん。この車、冷房の利きが悪いんだもん」

 動で温な那珂が文句を垂れる。大きな旅行鞄を膝の上に乗せながら、足をばたばたと動かす。そのたびに彼女の穿いたクリーム色のコンバースの靴紐が揺れた。

「ねー、佐衣子ちゃん。もっと涼しくならないのー?」と那珂。

「無理ね」斎木さんは短く答えた。「あんたたちハチロクを何だと思ってるの? ただの乗用車じゃないのよこれは。これはね、走り屋の魂なのよ。だから、そんな快適性なんてね二の次よ。私たちが追い求めたのは速さなの。それ以外は全て無駄なのよ」

 斎木さんの目は高校球児と同じくらい燃えていた。とても暑い。暑苦しい。

「第一、しょうがないでしょ!? 私だってね、好きでハチロクに乗せてあげてる訳じゃないのよ。あの馬鹿教授が私に変な仕事押しつけたせいでこんなことになってるの。そもそも私は心理学の研究室であって郷土史の研究室じゃないのよ」

「それについては僕から謝ります。ほんとにすみません」

「まあ、良いけど」

 本来なら僕らに付き添っていたのは日本民俗学研究室の教授である坂上泰之教授だった。しかし、教授は研究旅行の直前になって研究が忙しいだの、何だの言いだし、隣の研究室から連れてきた斎木さんに全てを任せて行方を眩ませてしまったのである。突然、違う研究室の学部生の面倒を見なくちゃならないとは斎木さんも全く不憫で仕方ない。

「まー、いーじゃん。佐衣子ちゃんと私たちはもう同じ研究室みたいな所あるじゃん? 何時も顔会わせてるし、ご飯も一緒に食べてるし。ちょっとした旅行だよこれは。大学生にありがちの」那珂はフロントシートの方に身を乗り出しながらそう言った。「佐衣子ちゃんも毎日毎日研究室に籠もって犯罪者のことばっか考えてたら頭オカシクなっちゃうよ」

「それもそうかもしれないわね。こういう時じゃないとあまり山奥まで行くなんてことも無いし」

 確かに、こんな山岳地帯の奥まで足を運ぶなんてことは希なのではないだろうか。先程からすれ違った車の台数は二,三台ぐらいしかない。景色もビルやコンビニのような人工物は全く見受けられず、ただ木々に囲まれた道を走るだけだ。これでも県道だというのだからマシなのだろう。

「それにしても随分遠くだな」僕は呟く。「人も全然居ないし」

「あと一時間はかかるわね。この山をしばらく登って越えた先に浮鞭村があるみたい」

 御神楽が地図を見ながらそう答える。この山に入ってから携帯電話はみな圏外になってしまったため、アナログの紙の地図だ。

「ほんとに希林ちゃんが居なかったらマズかったわね。全員遭難よ、遭難。サナギくん、君も少しぐらい地図読めるように勉強なさいよ全く」と斎木さん。

「仰るとおりで・・・・・・」

 恥ずかしながら方向音痴の僕にとって紙地図を読むことはバーチ・スウィンナートン=ダイアー予想と同じ難易度なのだ。ここに来るまでに何回かチャレンジしたものの、そのたびに僕が道を間違えたため、今はお役御免。その名残がこの助手席の位置、という訳である。

「本当にそうよ。佐柳くん。あなたも私と一緒の東橋大学の生徒なんだから少しはちゃんとして貰いたいものね」

御神楽からも非難の声が上がる。

うーん、二人の女性にこうも厳しく言われるのは中々辛い。生憎、被虐趣味的一面は持ち合わせていないのである。

「だーいじょうぶだよ、潤くん。私も読めないしっ!」

「那珂に慰められるとは・・・・・・、しかも、那珂と同レベルなのか僕は・・・・・・」

「何か酷いっ!!」僕の言葉に大袈裟にショックを受ける那珂。

「そうよ佐柳くん。那珂ちゃんと同レベルなんて恥ずべきことだわ」

「きりりんまでっ!!」と那珂が声を上げる。

「本当にそうね。那珂ちゃんなんて、裏口入学の疑惑があるくらいなのよ。そんなのと同レベルなんて流石に問題でしょ?」

「佐衣子ちゃんもっ!?」完全にみんな遊んでいる。那珂で。

「許せない・・・・・・、みんなして私のこと馬鹿にして・・・・・・。これでも私も天才だって言われてきたんだよ・・・・・・。ただ、大学でちょっと付いていけてないだけで・・・・・・」

 那珂は旅行鞄の上に握り締めた両の拳を置いてプルプルと震える。

「那珂ちゃん、今期、何個単位落としたんだっけ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 沈黙する那珂。

「ま、まさか全部って訳じゃないわよね?」御神楽が青ざめた顔で那珂の方を見る。

「そ、そ、そ、そんな訳ないでしょ!? だ、大丈夫だよ! 四単位しか取れなかっただけだもん!!」

 四単位・・・・・・しか?

「な、那珂・・・・・・、それってつまり、二コマ分しか単位取れなかったてことじゃ――」

「あー、もうこの話は無しっ!! ほら、野球だよっ! 野球! みんな応援しようっ!!」

 那珂は露骨に話題を変えようとする。御神楽も斎木さんも流石に此処まで那珂の状態が悪いとは思って居なかったようで神妙な面持ちになっていた。そりゃそうだ。二年生の前期取得単位が四単位しかなかったら本格的に那珂の留年が見えてくる。

「那珂ちゃん・・・・・・、学年が違っても、私はちゃんと貴方の友達のつもりよ」

 同情するような瞳で御神楽は那珂に呟く。

「あ、あはは。じょ、冗談が過ぎるなきりりん・・・・・・。わ、私が留年するとでも?」

 那珂の問いかけには誰も答えない。それがある意味で一つの答えを物語っていた。

「な、那珂ちゃん、大丈夫だ。私の周りにも留年した奴は何人か居たがみんな今では元気でやっている。だからな、うん、そうだ。あまり、気にしちゃいかんぞ?」

「さ、佐衣子ちゃんまで・・・・・・」

 斎木さんも吃りながらよく分からない口調で那珂を慰める。僕としても辛いな。数少ない研究室の同期をこんなにも早くに亡くしてしまうだなんて。

「うう・・・・・・、みんなして私をデキない子扱いして・・・・・・。こうなったら絶対にあと二年で卒業してやるっ!!」

 那珂はそう吠えた。胸元で握り拳を作りながら。

僕らは何も語らなかった。

そう。語り得ぬものには沈黙せざるを得ないのだ。僕らは哲学科では無いのだけれど。


 走り続けて数十分。窓から見える景色が変わってきた。ビニールハウスや運搬用のトラックが目に付くなど人工物の数が増えてきた。さっきまで行き先に不安を抱いていた僕らは少しだけ胸を撫で下ろすことが出来た。

 とはいえ、僕らが走る県道は山を切り開いて整地された場所なので依然としてブナやナラといった緑樹に囲まれながら進む。ハチロクはどうやらエアコンの効き目が悪いので、途中から窓を全開にしているのだが、そのせいで車内には山地独特の蒼い木々の匂いに包まれていった。だが、それも悪いものではない。普段、都市部の生活に慣れている僕にとっては自然を実感出来る機会は希少なのだ。

「御神楽。坂上教授からの手紙はちゃんと持ってきてるよな?」

「ええ、勿論」御神楽は小さな水色のリュックから一枚の封書を取り出す。「とりあえず、これを安満地神社の神主さんに渡せば、色々面倒を見てくれるって」

 僕らが向かっている先は四国地方にある浮鞭村という場所だ。かつてこの地方にはそれなりに有力な領主がいたらしく、今でも貴重な史料が多く見つかっている。その中でも、特に珍しいのは浮鞭村で行われる伝統的祭事だ。この辺りを納めていた領主が豊作や健康を祈るために民族舞踊、人形舞踊、雅楽など様々な祭事を執り行っていたらしい。僕らはその研究を進めるために浮鞭村に、そして安満地神社に向かう予定だった。

「で、その安満地神社に神具や史料が残っているって訳ね」

「そうみたいです。と言っても私たちは文化人類学では無いので祭事自体の研究をする訳ではないんですけどね」御神楽がそう答えた。「私たちが主に研究にしているのは郷土史とか民俗学、つまり平たく言えばその地方の民衆についてなんです。だから、その祭事がスサノオノミコトとかアマテラスオオミカミとかそういう神の類いを称えているだとかそういうのは専門外なんです。あくまで、私たちはその祭事にどういった身分が参加して、その変遷を経て、どのようにこの地方が拓けていったのかという所を研究するんです。つまり、祭具を取り扱うにしても、その祭具をどういった過程で作られたのかだとかどういった職人が居たのかということが重要なんですよ」

「成程ね。ま、詳しい知識は無いから何とも言えないけれど何となくこれからやることは分かったわ」

 斎木さんはそう言うと左手で僕にサインをする。飲み物を出せというサイン。僕はコンソールボックスの前に立てられた二本のペットボトルのうち紅茶のキャップを開け、それを彼女に渡した。

「貴方たちがそうやってフィールドワークをやってる間、私は何をしてればいいの? 観光?」紅茶を飲みながら斎木さんは訊ねる。

「そうですね。別に僕らと一緒に廻っても良いですし、斎木さんが見たいことがあれば何をしてもらっても構わないですよ」

 僕はそう答えた。御神楽の方を向くと彼女の同意を示す首肯を見せた。

「でも、私は佐衣子ちゃんも一緒だと楽しいんだけどなー」那珂は言った。

「そうやって那珂ちゃんは佐衣子さんに自分のレポートを手伝って貰いたいだけでしょ?」

「うぐ・・・・・・、ちゃ、ちゃんと自分で結論は書くもん」

「結論なんかどうにでも書けるだろうが。学術論文は基本的に本論を書くのが難しいんだよ」

「う、うぐ・・・・・・、潤くんまで・・・・・・」

 那珂はこの研究旅行が終わった後に提出しなくてはらないレポートのことを思い出して一人項垂れた様子だった。一応、この研究旅行は夏期の集中講義の側面も伴っているのでレポートを提出すれば二単位取得することが出来る。進級が絶望的な状況にある那珂にとってはこの二単位は非常に大きい。

「そのフィールドワークってどれぐらいかかるの?」

僕は御神楽に訊ねた。というよりは御神楽しか訊ねる相手は居なかった。残りの同期は那珂しか居ないので。

「それほどかからないと思うわ。たぶん一時間から一時間半くらいじゃないかしら? 写真を撮って、神主さんからお話を聞いたりするだけで今日はお終いよ」

「そう。なら、私は折角だしこの辺を少し散策しようかしら。最近、運動してないから身体が鈍ってしょうがないのよ」

 そう言って斎木さんは首をグルグルと回す。甲高い小気味良い関節の音が鳴った。

 確かに、ここまで斎木さんには四,五時間運転してもらっている。僕らのフィールドワークにまで足を運んで貰うには些か頼り過ぎだろう。

「とは言っても、この辺じゃぶらつくところも無さそうだよ。コンビニも何も無いし」那珂が外の景色を眺めながら言った。

「良いのよ。それが逆に良いの。偶にはそういうものを全部取っ払って外に出るって言うのも乙なものよ」

「乙か・・・・・・」僕は呟いた。「全く、もっと快適に、もっと簡単にってそうやって人間は暮らしてきたはずなのに、最終的にはその生活に息苦しさを感じて、それまで壊してきた自然に回帰したがる。勝手なもんですね」

「勝手なのよ、人間ってのは」斎木さんは答える。「何でもかんでも自分の思い通りにならないと気が済まないの。それこそ自分が全能の神にでもなったみたいにね。傲慢な生き物なのよ」

 そう言うと斎木さんは小さく溜息を吐いた。まるで自分もエゴの塊であることを再確認させられ、うんざりしたかのように。

「随分、哲学的ね」

 御神楽がそう呟いた。バックミラー越しに見える彼女の表情は至極どうでも良さそうだった。

「ああ、そうだね。結局、文学部なんかに入る男子ってのはみんな何処かでこんな感じにひね曲がってるんだよ」

「そんな自分を文学部の代表みたいに・・・・・・、きっと佐柳くん以外の子はもっと普通の子よ」と御神楽。

「そうだよ。他の子はみんな普通だよ? 仙道くんとか伊豆木くんとかも全然普通の大学生って感じ。それに比べると潤くんって何か変だよ?」と那珂。

「ええ、そうね。サナギくんは自分が一般的男子大学生だとは思わないことね」と斎木さん。

 うっ・・・・・・。僕ってもしかしてそんなに拗らせてるのか? いや、他の奴もこんな感じだよな? 僕だけ異端って訳じゃ・・・・・・。


 しばらく僕への異端審問が続けられた後、ハチロクは無事、浮鞭村の安満地神社に到着した。

「うーん」運転席から降りた斎木さんが大きく伸びをする。斎木さんは旅行だというのに何時もと変わらない白のワイシャツに黒のパンツを履いている。ただ足下は何時もの黒のパンプスとは異なり、スニーカーを穿いていた。「やっぱり田舎は空気が美味しいのね」

「そうですね」僕もとりあえず同意しておく。「やっぱり排気ガスとかが無いのが理由なんですかね」

「いいえ、それはきっと違うわ」間髪を入れずに御神楽が否定する。「自然の空気が美味しく感じるのは匂いが原因なのよ。つまり、木々の香りね。それを人間の脳味噌が美味しいって錯覚するの。だから慢性鼻炎の人とか田舎に来ても全く変わらないのよ」

「へえー、さすがきりりんだ。物知りだなぁ」

那珂は関心した様子で何度も味わうようにして深呼吸していた。空気がタダだからってあまり欲張るなよ。虫とか口の中に入るぞ。

「さあ、行きましょう。出来るだけ早く終わらせないと佐衣子さんも退屈するでしょう?」

「ああ、確かに」僕は御神楽の提案に賛成する。「じゃあ斎木さん。僕らは神社の方に居るんで」

「はいはい。頑張ってね。私はしばらくゆっくりしているよ」斎木さんはそう言うと大きくあくびをした。

 そのまま斎木さんと別れると僕らは石段を登り、安満地神社の本殿を目指した。神社は大きな山林の中に作られている、というよりは森そのものが神社の体を為しているようで非常に規模が大きく辿り着くまでには中々労力を費やさねばならない。

「なあ御神楽」僕は隣を歩く彼女に声をかけた。「さっき言った自然の空気の話ってほんとか?」

 しばし御神楽は黙る。

「・・・・・・嘘よ」

 嘘かよ・・・・・・。

「何よ、その顔は」僕の心の声が出ていたのか、御神楽は追及してくる。

「いいや、御神楽でもそんな冗談言うんだなって」

 正直、彼女がくだらない冗談を吐くような人には見えなかった。むしろ彼女はそういった馴れ合いを好んでいない性格だと思っていたのだ。と言っても、まだ同じ研究室になって半年に満たない中でそう決めつけるのは些か尚早という嫌いもあるのだけれど。

「勝手に人を冷徹な女みたいに決めつけないで欲しいわね」御神楽はそう言うとそっぽを向いた。「それに私だって・・・・・・、少しはこの旅行を楽しい思い出にしたいって思ってるのよ」

 そう聞こえないような小さな声で彼女は呟いた。

 意外な答えだった。

「そうか」僕は短く答えた。「確かに楽しい方が良いもんな」

 それに対して御神楽からの具体的な同意を示す姿勢は見られなかった。ただ横目で見た彼女の頬はほんのりと赤らんでいた。

石段を登り切ると大きな鳥居が姿を現わした。風化したせいで、赤い鳥居は少し黒みを帯びている。それでも、非常に重厚感ある雰囲気を携えており、目にしただけで僕は少し背筋が縮こまるような気がした。

 鳥居の面前で一礼してくぐっていく。灯籠に出迎えられながら参道を進んで行くと正面に拝殿の姿が見えてきた。両手を広げるように鎮まった拝殿は榛摺色の大屋根に覆われていて、それを支えるようにして大きな二つの柱が聳え立っている。その横には注連縄を仰々しく巻かれた御神木が屹立していた。大きな枝葉を伸ばした御神木は空を覆い隠すようにして立っていて、まるでこの神社を何かから守ろうとしているようだ。

「誰も居ないみたいだね」那珂が辺りを見回しながら言った。

「きっと社務所に居るんじゃないかな? そっちの方に行ってみようか」

 僕がそう言って拝殿から見て左手にある社務所の方に向かおうとすると、それに合わせたかのように一人の男性がやってきた。

「おや、観光の方ですかな?」白い袴に身を包んだ老人が訊ねる。見たところかなりの高齢のようだが、背筋はしっかりとしていて歩みも一歩一歩を踏みしめるように力強い。

「いえ、私たちは坂下教授の研究生です」そう言って御神楽は鞄から一通の封書を取り出す。「教授がこれを先方に渡すようにと・・・・・・」

「ああ、教授さんとこの・・・・・・」

 老人は封書を開くと何処からか老眼鏡を取り出して目を通す。しばらくして手紙の内容を理解したのか老人はその封書を懐へとしまい込み、僕らに柔らかな表情を見せた。

「はいはい、大体のことは分かりました。いやはや、遠くからご苦労様です。今日はゆっくりと拝見してくださいな」老人はそう言うと豊かに蓄えた真っ白な顎髭を撫でる。「申し遅れましたな、私はこの神社の神主を務めています東雲と申します。どうぞ、皆様宜しくお願いしますな」

「こ、こちらこそ。まだまだ若輩者でありますが・・・・・・」

 思わず僕もお辞儀してしまう。何だか使い慣れていない謙譲語を口走ってしまったがこれで合っているのだろうか?

 東雲さんはそんな僕の姿を見ると「ふぉっふぉっふぉっ」と如何にもな笑い声を上げた。

「若いということは悪いのではありませんよ。むしろ、無限の可能性に溢れているのです。何でもかんでも吸収することが出来る優秀な下地をお持ちなのです。研究にとってはそういった新鮮さが求められるのです」東雲さんは言った。「どうぞ、お三方。史料の所蔵は社務所にございます。案内しますから後にお出でなさい」

 そう言って東雲さんは玉砂利の道を雪駄できびきびと歩いて行った。僕らもその後を追う。

 社務所は外見に拝殿同様の築数百年の古めかしさが滲み出ていたが、中は田舎の木造一軒家と変わらない様子だった。僕らは北側にある畳敷きの一室へと通され、東雲さんの用意した紫色の座布団に腰を下ろした。と言ってもこの場合正座であるので腰を下ろすという表現が正しいのかどうか不明である。

「しばらくお待ちくださいな。史料をお持ちしますから」

 東雲さんは部屋を後にする。僕らは三人、広さ三十畳ほどの部屋に置かれた。

「何だか凄いな」

 僕は辺りを見回しながらそんな月並みな感嘆の言葉を口にする。長押の上には何かの祭具であろう刀が飾られており、僕らから見て左前方にある床の間には湖に足をくぐらす鶴の水墨画の掛け軸が掛かっている。

「神社の家って金持ちなのか?」僕はそんな俗物的な質問を御神楽に投げ掛ける。

「そんなこと私は知らないわ。でも、神社はきっと食いっぱぐれることはないでしょうね。不況もインフレもデフレもどんとこいって感じでしょ」

 確かにその通りだ。坊主丸儲けって言うし。って、それは寺院か。

「まあ、確かにそうかもしれないが、この神社ってかなりの奥地にある訳だぜ? 浮鞭村の人口だって少ない。それなのにどうやってこんなに大きい拝殿を維持してるんだろう」

「そんなの幾らでも方法はあるでしょう。地方自治体や地元からの基金やお布施もあるし、それにきっとこの辺りの冠婚葬祭は全てこの神社が面倒を見るんじゃないの」

「それもそうか」

 僕は短くそう答えた。そして興味の対象を僕の隣の隣に座る那珂に向けた。

「・・・・・・うう・・・・・・」那珂は小さく喘ぎ声を出していた。ふるふると肩が小刻みにすれている。表情も堅い。

「まさかだけど・・・・・・、那珂、もう足が痺れたとかいうギャグをしでかすつもりではないよな?」

「ぎゃ・・・・・・ギャグじゃないもん・・・・・・」

「全く・・・・・・、ほら那珂ちゃん。きっと足崩してても怒られないから楽にしなさい」

「うう、きりりん・・・・・・」

 手を差し伸べる御神楽に那珂は縋り付くようだった。足を崩すと快適そうな顔を見せる。というか、御神楽と那珂はまるで親娘の関係みたいだな。

「すみません、お待たせしましたな」

 僕らが雑談に興じていると襖が開かれ、東雲さんが戻ってきた。手には山のようなバインダーファイルや本が積み重なっている。

「そんなにあったのなら僕らで取りに行っても良かったんですが」

「いやいや。大事なお客様ですし、それに教授さんの生徒さんに雑用は出来ませぬ。さあさ、どうぞごらんになってくださいな。教授さんにご連絡頂いた通りに予め利用出来そうな史料は纏めておきましたゆえ」

 そう言って東雲さんは黒檀の座卓にそれを並べる。

 確かにそれらは東雲さんの言ったとおり僕らの研究にとっては非常に有益な文字史料だった。むしろ、良くこれほど保存状態が良いまま現存しているのか不思議に思うぐらいだった。御神楽と僕だけでなく、あの那珂までも研究に興味が沸いてくるほどの代物が用意されていたのだ。

 僕らはそのまま東雲さんからも詳しい話を聞く。どうやら東雲さんは神主として神道を学ぶと同時に、この近辺の民俗学についても趣味で研究を行っていたらしく、その過程で坂上教授と親交を深めたらしい。

「教授さんとはもう二十年以上の付き合いになりますな。今年はここで課外授業を行わせてもらえないかとお願いされたので、私の方でも何か力になれないこと思いましてな」

 そう東雲さんは教えてくれた。

 東雲さんとの会話はきっかり二時間ぐらいだった。その頃には研究レポートを纏めるにはそれなりに充分な材料を集めることが出来ていた。

「ありがとうございました。とても有益なお話が聞けて・・・・・・」僕はぺこりと頭を下げる。

「それは何よりですな。さあ、これからは村の方を廻るのでしょう? どうぞ、お気を付けてぐるりと廻ってくだされ」

 東雲さんはそう言うとまた「ふぉっふぉっふぉっ」とそれっぽい笑い声を上げた。


「ところで」僕らが社務所から出て、東雲さんに暇乞いを告げようとしていると、御神楽が口を開いた。「あの、像は何なんでしょう?」

 御神楽の視線の先には小さな神楽殿がある。その神楽殿に付き従うように左右に高さ一メートルほどの像が立っていた。狛犬ではない。人間のようだ。弥勒菩薩のように細くしなやかな体型をしているが、身体は引き締まった筋肉に覆われ、薄い布地が彫刻されている。左の像は穏やかな表情を携えているのに対し、右の像は眉間に深い皺が刻まれ、腰に刃渡りの太い刀を手にしていた。

「あれは天羽像と地尾像でございます」東雲さんは答えた。「浮鞭村に伝わる伝説の人物です」

「伝説・・・・・・ですか?」僕は訊ねた。

「左様です。今から千年ほど前から伝わる伝説でございます。天羽は両性具有の人物でして、この地のあらゆる安寧と繁栄をもたらすとされているのです。また、他から悪しき物の怪がやってくると天羽は地尾へと姿を変え、それを追い払ったと言われています。地尾は天羽とは違い、途轍もない力を有した鬼人だったようで」

「両性具有・・・・・・、天照大御神と何か関係が?」御神楽が訊ねる。

「その通りです。天羽は天照大御神の生まれ変わりと言われています」東雲さんは続ける。

日諱貴本紀で天照大御神の両性具有性が言及され、その変貌が述べられているのは有名なことだ。おそらく何らかの変遷を経て、天照大御神伝説が天羽にもなぞらえるようになった。そう東雲さんは教えてくれた。

「では地尾は一体何者なんでしょう?」素朴な疑問だ。「地尾もまた両性具有だったんでしょうか?」

「いえ、それは違うのですよ」東雲さんは首を振る。「地尾には性別すらなかったのです。地尾は殆ど物の怪と同じなのです。半分物の怪で半分が人間。それが地尾なのです。地尾はその力を以てして争いを鎮めようとしたのです」

「つまり、地尾は獣人だったと?」

「そうなのかもしれません。ただ分かっていることは危険が及ぶと天羽は地尾へと姿を変えて、厄災が過ぎると元の姿へと戻るということだけなのです。この伝承についてはあまり詳しく残されていないのですよ」

 東雲さんはそう語ると天羽像と地尾像の方へと目をやった。天羽像はその華奢な体躯を細く折りたたむように腕を前方で交差させているのに対し、地尾像は左手を頭の高さに上げて、左手は地面と水平に伸ばしている。僕らは二つの像が持つ神秘性にしばらく目を奪われていた。


「遅いね」

 東雲さんとの話を終えた僕らは一人別行動になっていた斎木さんが戻ってくるのを待っていた。僕らが目算していた時刻を遥かに超えてしまっていたのだが、斎木さんの姿はまだ見当たらない。

「もしかして私たちにしびれを切らして帰ってしまったのかしら」御神楽がそんなことを口にした。

 流石に幾ら自分本位の斎木さんだとしても、そこまで薄情な人間ではない。曲がりなりにも僕らをここまで連れてきてくれたのだ。

「ハチロク、まだ置いたままだったよー」

 斎木さんの行方を求め、探し回っていた那珂が走って戻ってくる。どうやら車で何処か遠くに出かけたという訳でも無さそうだ。

「まさか山の中に入って遭難でもしたんじゃ・・・・・・」

 不安が脳裏によぎる。間違えて奥へ奥へと進んでしまい戻って来られなくなったのかもしれない。それならまだ良いが、山中で怪我でもしていたら大変なことになる。

 しかし、そんな心配も杞憂に終わった。

 しばらくすると斎木さんは何食わぬ顔をして集合場所へと戻ってきたのだ。

「みんな待たせて悪かったわね」斎木さんの前髪は汗でぺたりとしていた。「随分遠くまで散歩しちゃってね」

 そのまま斎木さんは「ふうっと」大きな息をする。そのまま、背中に背負ったそれをおぶり直した。

「斎木さん・・・・・・」閉口しそうになりながらも僕は絞り出すようにして訊ねる。「何なんですか・・・・・・、その女の子・・・・・・」

 斎木さんの背中には一人の女の子がいた。背丈は百五十にも満たないぐらい。十三,十四くらいだろうか。その割には顔つきは幼く見える

「え?」斎木さんは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をする。「えーっと。拾った?」

「拾える訳ないじゃないですか。女の子が」

 斎木さんはえへへとはにかむ。如何せんその表情が意外にも少女めいて可愛らしく僕は少しだけどきりとしてしまう。僕の隣に立つ御神楽は額に手を当てながら深い溜息を吐き、那珂は開いた口が依然として締まらない状況であるが、目だけは好奇心が現われるかのようにキラキラとしていた。

「佐衣子さん・・・・・・、流石に誘拐はマズいわ。しかもこんな少女を・・・・・・。今の時代はそういうの厳しいのよ? 幾ら女性だからって世間の目は冷ややかなのよ」

言葉の通りに凍てつくような視線を斎木さんへと向ける御神楽。

「ち、違うわよっ。誰が誘拐犯よ。私はね、この子が道ばたで倒れてたからこうやって運んで連れて帰ったのよ。失礼ね」

 そう言うと斎木さんは口を膨らませる。ぷりぷりと可愛らしい効果音がなりそうだ。

 確かに、斎木さんが背負った女の子の表情は真っ赤で、額には大粒の汗をかいている。どうやら熱中症のようだ。

「とりあえず東雲さんに氷嚢か何かを貰おう」

 僕らはそのまま安満地神社の方へと周り右で戻っていった。

「これはこれは皆さん。どうかされましたかな?」

 東雲さんは参道の掃き掃除をしていた。竹箒と仙人のような見た目が異様なぐらい神社の空間に合っている。

「ちょっと色々ありまして・・・・・・」僕は事の経緯を説明する。

「・・・・・・あれは、神直毘の娘さんではありませんか」東雲さんは遅れてやってきた斎木さんとその背中の女の子を見るとそんなことを口にした。

「ご存じなんですか?」

「ええ」東雲さんは短く答える。「それより、今はすぐにお嬢さんの手当をしましょう。どうぞ上がってくださいな」

 東雲さんはそのまま僕らを先程の北側の一室に通すと、手早く治療の準備を進めた。

 斎木さんが背負っていた少女は今では女性陣により、布団へと寝かされ、額には小ぶりの氷嚢が当てられている。的確な処置のおかげでどうやら女の子の容態は安定したようで、小さくゆっくりとした呼吸がリズムカルに繰り返されていた。

「とりあえず無事みたいで良かったわ」斎木さんがわざとらしく袖で汗を拭う。「ところでこの女の子のことを神主さんはご存じなんですか?」

「はい。この子は浮鞭の地主さんの末っ子の娘さんですよ」東雲さんは答える。「葬式の際にお会いしたばかりだったので、はい、確かにそうです」

「葬式・・・・・・?」斎木さんが訊ねる。

「ええ、この子のお父様が一月前にお亡くなりになりましてな。その時の葬式を執らせていただきました」

 そうだったのか。僕はちらりと横たわる少女に目をやった。この幼気な少女にはもう父親は居ない。そう思うと彼女のことが気の毒に思われた。

「ううん・・・・・・」

 不意に少女が寝返りを打つ。明るい電灯の光に目を覚ましたのかうっすらと瞼を開けていく。そのまま目を二、三度、右手で擦ると彼女は上半身を起き上がらせた。

「ここは・・・・・・?」

 寝ぼけ眼のまま、少女は辺りをゆっくりと見回す。同時に細くて綺麗な黒髪が揺れた。

「大丈夫?」斎木さんは少女の顔を見つめながら問いかける。「貴方、道路で倒れちゃってたのよ?」

「道路・・・・・・? うーん・・・・・・確か、お母さんに言われて・・・・・・、うう・・・・・・」

 そう言い終わるのを待たず、少女は頭に手をやる。熱中症による頭痛だろうか。

「良いのよ。まだ楽にして」斎木さんが割と慣れた手つきで彼女を再び横たわらせる。「それより体調はどう? 気持ち悪いとかそういうのはある?」

「ううん。ないよ」少女は首を横に振る。どうやらそれほど大した症状ではなかったらしい。

 その後、女性陣によって少女の体温が計られた。三十六度七分。平熱だ。しばらくすると、少女の体調も幾分か回復したようで身体を起こしたまま会話をすることが出来るようになった。

「えっと・・・・・・ありがとうお姉ちゃんたち」少女は僕らの姿を見てそんな言葉を口にする。

「いいえ、こんなことは当たり前よ。それに可愛い女の子が生き倒れているのを素通りできないでしょうよ」と斎木さん。「えっと・・・・・・、神直毘ちゃんだったかしら?」

「うんっ。神直毘柊花って言うの」

そう言って柊花ちゃんはニコリと微笑んだ。年相応のあどけない表情にもかかわらず、僕は一目でこの子が将来絶世の美人になることを確信した。まあ、そんな僕の考えはどうでも良いのかもしれないけれど。

「私は斎木佐衣子って言うの。斎藤道三の斎に樹木希林の木で斎木よ」おい、それは分かりづらすぎるだろう。「それとこの子たちは私の後輩よ」

「御神楽希林よ。樹木希林の希林と同じ」此処で伏線回収するのか?

「那珂香奈だよ。上から読んでも下から読んでも那珂香奈なんだよ」うわっ、スゲー。両親遊びすぎだろ。

「それと」斎木さんは僕の方に目をやった。

「僕は佐柳潤。御神楽と那珂と同じ研究室なんだ」

 一通りの自己紹介を済ませると柊花ちゃんは一人「斎木さん、御神楽さん、那珂さん、佐柳さん・・・・・・」と天を仰ぎながら呟いた。その暗唱を終えると「うんっ! 覚えたっ!」と明るい大きな声で答えた。

「因みに私のことは斎木さんじゃなくて、佐衣子で良いわ。もしくは佐衣子お姉ちゃんでも可よ」斎木さんは右手の人差し指を立てながら提案する。

「私も御神楽さんよりかは希林ちゃんの方が良いわ。こう見えて私は希林って名前が好きなのよ」マジか、それは初耳だぞ。

「私はどっちでも良いよー? 那珂ちゃんでも香奈ちゃんでも那珂香奈ちゃんでも!」マナカナみたいじゃねぇか。

「うんっ! じゃあ佐衣子お姉ちゃんと希林ちゃんと那珂ちゃんね!」

 柊花ちゃんは笑みを携えたまま、そう答える。

「・・・・・・で、潤くんはどうすんのさ?」隣に座る那珂が僕を肘で小突きながら訊ねる。「佐柳くん? 潤くん? 潤お兄ちゃん? 潤たん?」

 流石に後半二つを提案するのは僕の身分的に危ない。

「良いよ。僕のことは好きに呼んで」

「うんっ! 分かった!」柊花ちゃんはこくりと頷く。「よろしくね潤くん!」

 向日葵のような溌剌としたその笑顔はCMでも採用されるのではないかと思えるぐらいの代物だった。思わず僕の頬も緩んでしまう。

 そして僕は再度確信するのだった。

 やはりこの子は将来絶世の美女になると。

「それで柊花ちゃん」と、僕の戯れ言は終了。「どうする? 歩いて帰れる? それとも私の車で送って行こうか?」

「ううん、大丈夫・・・・・・きゃっ・・・・・・」

 柊花ちゃんは立ち上がろうとするがやはり本調子じゃないのか力が入らず、足がもつれてしまった。斎木さんは彼女の華奢な体躯を包み込むようにして受け止める。

「ほら、やっぱりまだ無理ね。良いわ、どうせこの近くなんでしょう? 折角だからお家まで送っていくわ」

「うん・・・・・・、ありがとうお姉ちゃん」クールな斎木さんの振る舞いに柊花ちゃんの頬が赤くなる。確かに、斎木さんは常にパンツスタイルでスレンダーなので格好いい。あれぐらいの年齢の子だと一番憧れてしまうようなタイプかもしれない。

「柊花ちゃんお家は何処なの?」那珂が訊ねる。

「うーんっと。この神社からもう少し真っ直ぐ進んでいくとあるの」

 柊花ちゃんは空中に指で地図を描く仕草をする。ふむ、どうやらそれほど遠い訳でも無さそうだ。そもそも柊花ちゃんは徒歩でやって来たのだし。

「それじゃ、行こうかしらね」

 斎木さんは柊花ちゃんの小さな右手を掴むと立ち上がらせる。彼女の右手はまるで飴細工のような滑らかな肌つやをしていた。田舎の綺麗な空気が良い影響を及ぼしているのだろう。

「神直毘邸までは一本道ですから迷うことはありますまい。どうかお嬢様を送ってくださいまし」

「はい。色々とありがとうございました」

 東雲さんに鳥居前で見送られる。僕らは安満地神社に再び別れを告げて、神直毘邸へと向かった。

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