オオクチ様

右左上左右右

(ベリショーズ掲載作品)

山に、なんでも食べる魔物が居ると言う。なんでもかんでも食べるので、山には入らないようにと大人達は口を酸っぱくして言った。幼い子供は恐れて入らぬが、齢も十を過ぎると悪がき共がふざけ半分で肝試しの様な事を始めた。いつの時代にもそう言う子供は居るものだ。


 最初は恐る恐る、何度も繰り返す内に徐々に大胆に山の奥へと入り込むようになり、山の魔物なんて物は居ないと迄言い出した。


 悪がきは他の子供を誘い仲間を増やし、拒否する者は臆病者とばかりに嘲笑った。山遊びは、魔物よりも大人に見付からぬ方が重要だった。




 山に慣れた子供達は秘密基地を作った。山の中腹辺りに簡素な小屋を見つけ、そこに各々マンガやオモチャやオヤツを持ち寄った。学校が終わり次第、秘密基地へ集合し、夕暮れまで過ごした。




 ある雨の日、一人の子供が登校しなかった。昼過ぎには担任が「誰か何か知らないか」と言い出し、教室内はサボった生徒の勇気を讃え、担任の雷が落ちた。担任が席を外した時、誰かが「秘密基地かも」と呟き、それは恐らくみんなの共通認識になった。


 あいつは、この雨の中、あの山の秘密基地でサボりに興じているのだと。




 雨が降りしきる中、だが、彼等は秘密基地を訪れる事は出来なかった。親や祖父母、保護者が迎えに来たからだ。避難訓練でもないのに。保護者が迎えに来れない生徒は何人か毎にまとめて教師が家まで送り届けた。誰かの親が「怖いわねぇ…」「オオクチ様…」と囁きあっているのを教師が咎める。一人の子供が祖母に手を引かれながら、オオクチ様とは何かと問うと、山の神様だと返ってきた。


 ウソだ。山には魔物が居ると聞いていたが居なかった。神様も見た事が無い。


 そう喚こうとした。


 したが、出来なかった。


 大人達には秘密だからだ。


 子供達は居なくなった一人を除いて、全員おとなしく家路についた。




 翌日、急遽学校が休みになった子供達は家を出るなと大人達に言われていたのも構わずに公園へ集まった。大人達は居なくなった子供を探して山狩りを行う為に不在だった。普段は山には入るなとあれだけ言う大人達がだ。


 秘密基地への近道を、大人達に見付からずに行くのは容易かった。大人達が通れない道を通り、大人達が行けない坂を登った。そして、秘密基地へと辿り着いた時に、先頭の数人が呻いた。何事かと後ろの子供達が覗き込む。


 それは、足だった。


 片足だけが、入口の朽ちた扉の前に落ちていた。


 皆、人形の足だと思った。昨日の雨で洗い流され、生き物の一部の様にはとても思えなかった。現実味が無かった。


「なぁ、あれ……」


 誰かが呟く。もしかしたらと思わないでもない。だが、そう言ったのは誰だったか。


「……あれ、オオクチ様……」


 そう言いかけた声が途切れる。先頭の子供が振り返ると、数人少ない気がした。


「……え?」


 帰ってしまったのか? と周囲を見渡す。あちらをこちらを振り返る度に、一人また一人と減って行く。気が付けば扉の前の足も消えている。


「……え……?」




 大人達が朽ちた山小屋を見つけた時には、子供が一人呆然として佇んでいた。目当ての消えた子供では無かったが、保護した。どこの家の子か尋ねるが、首を振るだけで答えない。日も暮れてきたので一旦中止し、その子供を連れて山を降りる。


「良いの?」


 一言だけそう言う子供に、大人達は安心させようと笑顔で頷いた。駐在にその子を預けた後、子供達が何人も消えたと大騒ぎになるまではそんなに時間が掛からなかった。慌ててあちらこちらを探して走る大人達が駐在を訪れると、駐在も子供も何処へ行ったのか姿が見えなかった。半狂乱で朝まで走り回り、やがて誰一人見つけ出す事が出来なかったという報告をしに学校へと集まった。


 だが、その大人達の数名も行方を眩ませていた。




 憔悴しきった大人達の元へ、校長が隣町の警察からの知らせを持って来た。隣町で突如人間や動物が消えるという謎の現象が起きているが、そちらは大丈夫か? と。


「……オオクチ様が山を降りられている……」


 大人達はざわめいた。そして理解していた。


 子供達が山に入り込んでオオクチ様に見つかってしまった事。


 自分達がオオクチ様を連れて山を降りてしまった事。


オオクチ様が山の呪縛から放たれてしまった事。


 居なくなった人達は、オオクチ様に食べられてしまった事。


 どうしようも無かった。


 彼等に出来る事は全てを諦め、忘れる事だけだった。




今もどこかでオオクチ様による行方不明事件は続いている。

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