第31話 どうしようもないこの世界で
宇宙から帰還した心弥は、目の前の光景を把握すると同時に頭の中が真っ白になった。
推しがボロボロの状態で倒れていて。
推しが揃って自分のことを見て心底嬉しそうに微笑んでいて。
推し二人がなんか尊い感じで抱き合って(多少の語弊がある)いて。
そして、恐らくは推しをボロボロにしたであろう相手が驚愕の表情で立っている。
「…………………………よし、取りあえずあいつ殺そ」
「落着きなって心弥。殺気だけでココナっちとリリっちがキツそうにしてるよ?」
脳内に一気に情報が押し寄せた結果、混乱した心弥はまず目の前のことから対処することにしたらしく、推しを害した存在の殺害を決定。
……したのだが、今の心弥が殺意を無遠慮に振りまくと相当な圧が周囲にかかるようで、ココナとリリルが吐きそうになっている。
「あっ、ごめん!? ごめんなさい!」
シュッ! と殺意をひっこめる心弥。
同時に、ココナとリリルだけでなく主任も小さく深呼吸をしたのが見えた。
「まさか、戻ってくるなんてね。……化け物め」
驚愕と苦々しさと恐怖を煮詰めて寝かせて熟成させたような表情で心弥のことを睨みつける主任。
彼女からすれば悪夢そのものであろう。
何しろ、秘密兵器で宇宙の果てまで追放したはずの絶対的な力を持った敵があっさりと戻ってきてしまったのだから。
そして、その化け物相手に取れる手段などもう殆どない。
「なら……もう一度飛ばすまでよ。どういう偶然か知らないけど、もう二度と戻れると思うな化け物!」
半ばヤケクソのようなノリで、主任が再び人工衛星搭載型異能転移兵器を起動させた。
心弥をロックオンした兵器は再び彼の周りの空間に大して異能を発動……させたが。
「二度も生身宇宙遊泳させられてたまるかっ!」
空間ゲートが発生する瞬間、心弥は何も無い虚空を殴りつけた。
――空間が再び粉々に砕け散る。
「見えもしない高いところから芋砂かましてんじゃねぇぞごらぁ!」
割れた空間の中に心弥が腕を突っ込み、引き寄せながら後ろにバックステップ。
すると……ズルリと、心弥よりも巨大な物体、人工衛星が引きずり出された。
対人は精神的な問題で苦手だが、無機物には強気な心弥である。
空間を繋げる刹那を狙って、逆に心弥の方から干渉したらしい。非常に荒っぽく雑な方法の空間干渉ではあったが。
因みに、芋砂とは芋虫スナイパーの略で、とあるゲームジャンルにおいて『引きこもって動かないスナイパー』などを指す造語である。
シノは「芋砂って味方にキレる時に使うんじゃなかったっけ?」とか内心思っていたがどうでもいいことなので突っ込まなかった。実際この場ではほんと死ぬほどどうでもいい。
「ばか……な……」
目の前で展開された理不尽な光景に愕然とする主任。
心弥が戻ってきてからというもの、驚愕の連発でともすると膝をついてしまいそうなほどの心理的ダメージを食らっているので仕方ないかもしれない。
一応リリルとココナも驚いてはいるのだが、心弥のことに関しては多少『慣れたもの』感があるらしく、主任ほど驚いてはいなかった。
寧ろ若干呆れている節まである。
「よしっ。これで放り出されることは無いぞっと。で! シノ!」
「ん?」
「救急車って何番だっけ!?」
「んあ? あぁ。ココナっちとリリっちの治療? それならウチがやったげるよ。心弥のお陰で力が結構戻ったからね。それくらいは任せなって。痕も残らないくらいばっちり治してあげる」
「お、おぉ~。今こそシノが神様みたいに見えるぜ」
「今は心弥も神様みたいなもんでしょーが」
呆れつつ、ココナとリリルの元へと飛んでいくシノ。
治療が成されている間に、心弥は主任へと向き直った。
「さて、と。さっきは勢いで殺すとか言っちゃったけど、流石に推しの目の前で殺人事件を起こすのはアレだし。二人ともシノが治してくれると思うし。あんた、もう帰ってくんないか?」
心弥にしてはかなりぶっきらぼうかつ強気な物言いだった。
要するに、相当怒っているのだ。ともすると本当に苛立ちのままに殴りつけてしまいそうな程に。
だが、主任は心弥のことを睨みつけるようにして立ち尽くしている。
少なくとも、素直にじゃあ帰りますという雰囲気ではなかった。
「あなた……自覚はあるの?」
「はぃ?」
「自覚よ。強大な力を持ち、それを振るっているという自覚。あなたの意思一つ、行動一つで大勢の――何千、何万もの人の命が奪われるかもしれないという自覚」
「………………」
主任の言うとおり、心弥の持つ力は強大だ。
本人がどう思っていようと、間違いなくこの世界でも指折りの強者なのだ。
心弥の気まぐれ一つで人間の命なぞいくらでも消し飛ぶ。
それは、事実だった。
「もし私を殺していたとして、その後この町をどうするつもりだったの? きっと洗脳が解かれたらこの町の住民は殺し合いを始めるわよ? 異世界人と地球人でね。すぐにそこまではいかなくても偏見や恐れはかならず発生して、いずれ争いになる。あなた、それをどうにかするビジョンがあるの?」
主任の言葉を、心弥は否定しなかった。
異種族同士の共存が難しいことくらい彼にも理解できている。
そして、それを今すぐ解決するビジョンなんてありはしない。
「争いがおきたらあなたが出ていって力でねじ伏せるのかしら? そうやって恐怖で押さえつける? あなたの力ならできるかもね。でも、その行為のどこに正当性がある? 私たち正義の使徒が作り上げようとしていた世界より、その独裁が正しいとでも?」
主任の中に、大きな力の渦が発生していた。
心弥に話しかけながら、今までに集めて身に宿してあった幾多の異能を一つの力へと纏めあげているのだ。
東堂のように借り物の力ではない。
この異能の本来の持ち主である主任が扱えば、多くの異能を一点に集約させることで、その出力は数百倍にも達する。
ただし、どんなに異能の力を集めようと主任の肉体は一人の異能者にすぎない。
過ぎた出力を発揮すれば彼女の肉体にもダメージが発生してしまう。
それでも、主任は限界まで異能を練り続けた。
「あなた、一体何の為に力を振るっているの? 薄っぺらい正義感かしら? それともただ己の欲望のままに振る舞っているだけなのかしら? ……もしそうだとしたら、私は命をかけてでもあなたを殺すわ。力ある物には相応の義務が発生するの。あなたにも、私にもね」
主任の言葉を、心弥は一応真剣に聞いて考えていた。
言ってることは一理あるなぁ。
と思っているからだ。
ただ、心弥からすれば答えはシンプルなものになる。
「えーっと、あんたが難しいことを色々考えてるのは分ったけど……。力あるものの義務? だっけ? あんたは力があるから、他の力のない連中を導いてやらねば。みたいに思ってるわけか?」
主任は『当然だ』という表情だけで心弥の問いに答えた。
「俺はちょっと意見が違うっていうか……あれだよ、運転免許」
「運転、免許……?」
「車って便利だけど危ないじゃん? そういう力を持ってる人は、それを使う時に危なくならないようにする義務がある。だから運転免許をとって法律通りに走る、と。力あるものの義務なんてそれくらいのもんでいいんじゃねーの? だから別に、俺は独裁者にも正義のヒーローにもなる気はねーなぁ」
主任の瞳に、殺意の炎が灯る。
彼女にとって心弥の答えは我慢ならないものだったらしい。
「その程度……? その程度の意識で、私の平和を、正義を侵したの? こんな、ゴミみたいな人間がどうして、こんな力を……!」
う~ん、俺の意識が低いことは認めるけどそんな一方的にキレられてもなぁ。
心弥の偽らざる本音をいうとそんな感じである。
なんだか相手方が勝手にエキサイトしていってるが、心弥の方は逆にどんどん心の中が冷めてきていた。
推しが無事に治っていく様子がちらちら見ているだけでも確認できるので、冷静になってきているという面もある。
「私が、今までどれだけの想いで、どれだけのことをしてきたと思う!? 力がある者が人々を導く行為を放棄したら、世界はどうなると思っている!!」
「いや、それはあんたが勝手に思い込んでるだけじゃないかなぁ? どーせ人間なんて大きなくくりで見たらもれなく愚かな生き物なんだからさ。ちょっと力がある程度で導くだの統制するだの、それこそ思い上がりだろ」
ある意味で、心弥はそれを誰よりも実感していた。
自分は間違いなく愚かで、しかしなんの間違いか強大な力を持ってしまった人間だ。
だから分かる。
能力があろうとなかろうと、やっぱり人間は愚かで弱い生き物なのだ。
全てを守るだの救うだの、ましてや管理してやるだの導くだの。できるはずがない。
もし、できるとしたら。
「人間一人にできるのなんてさ、精々が推しを応援することくらいだと思うぜ? だからそれを全霊でやるんだ。ってか、推しも救えないような奴が全人類なんとかしてやろうなんて、へそで茶が沸くっての」
心弥に出来る精一杯。
推しを応援する。その為に頑張る。
それだけが心弥の行動原理。
主任は、その意見を全霊で拒絶した。
「ふざけるな!!! お前のようなふざけた奴が、この世界に存在するべきじゃない!!」
絶叫と共に主任が持てる全ての力を右拳に集めた。
それを、心弥は黙って見ている。
「消えろ!!! 私の導くこの世界からッ!!!」
全身全霊。全力の右ストレート。触れたモノを悉く粉砕する渾身の突き。
それでも、心弥は黙って見ていた。
幾人もの能力者の力が集約されどす黒く輝く拳を、心弥は額で受ける。
世界中に響き渡りそうな程の轟音。
それでも――心弥は半歩たりとも後ろには下がらない。
「ぁ……あ……」
逆に、殴りつけた主任の腕がボロリと崩れた。
「……本当、理不尽ね……この世界は……」
次いで、全身も。あっさりと、全て崩れて。
まるで元からソコには何もいなかったように。
残されたのは、立ち尽くす心弥だけになり。
「…………はぁ。んなこと、もっと早くに分かっててくれよなぁ。まったくさ……」
どうしようもない憤りを吐き出すように、一つため息をついた。
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