第28話 共闘

「なッ!?」

「し、心弥さん!?」


 リリルとココナは思わず声を上げた。


 目の前から突然、心弥が消え去ったからだ。

 正確には心弥が立っていた周囲の地面ごとえぐり取られたように消失している。


「何……今のは一体、あいつらシンヤに何をしたのよ!?」


 リリルがココナに詰め寄るが、ココナの方も全く事情が分らない様子だ。


「わ、分りませんっ。あんなの、私も見たことが……」


 混乱する二人に対し冷たい声がかかる。


「彼はもう戻ってこないわよ?」


 主任だ。


「本来なら、あなた達魔術師が発動させる予定だった大規模幻術魔術……それをまるごと消し去る為に準備していた代物だったんだけどね」


 場違いな微笑みすら浮かべて話す彼女に対し、リリルがより冷たい――氷点下を感じさせるような声を投げかけた。


「シンヤに何をした。言いなさい。言わなければ……」

「殺すって? それは無理だと思うけど。でもまぁ、そこのココナさんも気になっているみたいだし、教えてあげましょう」


 ココナも、既にリリルではなく主任の方に向き直っている。

 その目は決して仲間や上司に向けるようなものではない。


「空間転送。と言って伝わるかしら? 人工衛星から対象をロックしたあと対象地点に転送ゲートを開き、地球外の場所へランダムに送り出す。今頃、心弥君は宇宙のどこかに漂ってるんじゃない?」

「――!!?」

「ッ……なんてこと。シンヤ……」


 衝撃を受けて地に膝をつくココナと、唇をかみしめるリリル。


「本来は強力な魔法を使う存在、通常の異能や兵器では殺すことも捕らえることも困難なドラゴンなどに対処する為に開発されたものだけど。心弥君のお陰で貴重な実戦データが取れたわね」


 異世界に存在する理不尽の権化。魔法存在。

 彼らは通常の魔術や異能では倒すことが極めて困難だ。


 なら倒すのではなく、放逐してしまえばいい。

 そういう思想の元に作られた兵器が今回心弥に使用されたものだった。


 人工衛星から対象の位置をロックし、周囲の空間をまるごと『どこか』に転移させる。

 本人を直接狙うわけではなく対象がいる空間そのものを狙って転移ゲートを開く代物なので、相手に察知されたり抵抗されたりする可能性は低い。


 転移先の空間ゲートがどこに開くのかを細かく指定するほどの性能はないが、兵器と考えれば地球以外のどこに繋がろうが構わないのだ。

 何せ宇宙のどこに飛ばそうが、どうせ帰ってこれはしないのだから。


「馬鹿な。人工衛星から対象を宇宙に放り捨てる異能、ですって? 一体、どんな方法で……それに、一瞬だけど魔術の残り香も……?」


 仮に『空間を転移させる異能』があったとしても、衛生軌道上から地上に対して能力を発動するなど明らかに通常の異能者の限界を超えた力だ。

 そもそも、人工衛星に異能者が乗って生活しているとでもいうのか?


 ふと、リリルの脳裏に思い当たる可能性があった。


「ま、さか――お前ら、魔術師だけでなく、同胞の異能者まで……!?」


 元々リリル達魔術師の組織では敵対組織である正義の使徒を調べていた。

 結果、彼らが異世界の魔術師を捕らえて人体実験をしている可能性がある、という情報を掴んでいたのだ。


 同胞の救出を……という意見も出たが、不確定な情報を元に救出作戦をするよりも大規模魔術の早期実行を優先したという経緯があった。

 何しろ全ての人間を夢に誘う魔術が発動さえしてしまえば、誰かを態々救出などする必要はなくなるのだから当然といえば当然だ。


 しかし、リリルは今回のことで人体実験が実際にあったことを確信した。


「リ、リリさん、一体どういうことなんですかっ?」


 ココナの問いに、リリルが苦々しい表情で答える。


「奴ら、魔術師を捕らえては人体実験をしていたのよ。そうやって魔術を研究して異能に応用する方法を探っていたんだわ。今の空間転移も異能を魔術で無理矢理強化していたのなら確かに可能かもしれない。だとしたら、実験にはきっと異能者も含まれていたはず」


 リリルを捕らえて大規模幻術魔術の術式を聞き出し異能に応用する。

 主任は先ほど、そう言っていた。


 そんなことを一朝一夕で可能なはずはない。

 元々、異能と魔術を融合する計画があったのだと考える方が自然だ。

 その為に魔術師も異能者も、異世界人も地球人も構わずに人体実験をしていたということになる。


「要するに、人体実験で強化した異能者の肉体を部品として組みこんだ兵器……恐らく、それが宇宙からシンヤを殺した代物の正体よ」

「そ……んな……。本当に、そんなことを!?」


 ココナの詰問に、主任は顔色一つ変えずに答えた。


「先ほども言ったはずよ? テロリストの言うことを信用するなんて論外だって。馬鹿なことを聞く暇があったら、早くその犯罪者を拘束なさい」

「………………」


 ココナはちらりとリリルの方に視線を送るが、動く気配はない。

 それを見て主任は呆れた様にため息をついた。


「はぁ。使えない子ね、もういいわ。東堂君」

「分かりました」


 心弥を自分で仕留められなかったことがショックだったのか殆ど動きを見せずに佇んでいた東堂だったが、主任の言葉でゆっくりと歩き出した。


「覚悟しろ。犯罪者」

「……よく言うわ。クズども」


 刀を構えるリリル。

 が、ただ歩いてくる東堂の気に圧されるように前に出られない。

 

 先の心弥とのぶつかり合いを見ていても分かることだが、能力の強さでは圧倒的に上回られているのは明白だ。

 リリルの額に冷たい汗が流れた。


「――いくぞ」

「ッ!?」


 突如爆発的に踏み込む東堂。

 その加速はリリルにとって反応できるギリギリの速度。


 東堂の突きを刀で受け流しつつ後ろに飛ぶ。


「遅い」

「くッ」


 一瞬にして再度距離を詰められ、リリルの刀が吹き飛んだ。

 東堂の蹴りを防ごうとして失敗したのだ。


「終わりだ」


 無防備になったリリルに、トドメの蹴りを東堂が放つ。

 ――かに思われた刹那。


 東堂の軸足が突然払われ、バランスを崩した蹴りはリリルの頭上へと逸れた。

 もし当たっていたら、首の骨がへし折れていただろう。


 足払いを食らったことで倒れそうになる体を空中で立て直し、地面に着地する東堂。


「なんのつもりだ? 犯罪者に加担する気か?」


 足を払ったのは、後ろから追いついてきたココナだった。


「……リリさんの言うことが全て正しいかは分かりません。でも、今、正義の使徒がしていることが間違っているっていうのは私にも分かります。だから」


 全身から覇気をみなぎらせつつ、ココナが構えをとる。


「東堂さんも主任さんも、退いてください。でなければ、私も戦います」

「そうか」


 東堂が両手をぶらんとさせて構えを解いた。

 それを見て、ココナも構えを解こうとする……が。


「バカッ! 避けなさい!」

「うぁっ!?」


 ココナの足にどこからともなく鎖が巻き付いてきて、ココナを引き摺り倒す。

 その彼女の頭の上を、東堂の蹴りが猛烈な勢いで通り過ぎた。


 ココナの視点からは殆ど見えない角度で放たれたハイキック。格闘技などで普段から鍛えている東堂ならではの技術だ。


「テロリストへの加担。犯罪幇助。仲間への裏切り。貴様も犯罪者として処断する」


 ココナと東堂のやり取りの隙に刀を拾ったリリルと、起き上がったココナが互いを庇い合うような距離で並び立つ。


「あ、ありがとうございます」

「別に。借りを返しただけよ」

「……私も、戦います」

「……勝手になさい」


 拳を固めてファイティングポーズをとるココナと、刀を構えて魔方陣を展開するリリル。

 相手は、明らかに自分たちより強力な能力を備えた敵。


「いきます!」

魔力回路マギサーキットセット!」


 二人の少女による死闘が幕を開けた。


 ……この光景をこの世で一番見たがったであろう少年を抜きにして。

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