第11話 異界の神と同行者

 胃が痛い。


 九条の今の気分を一言で表すとそういう状態だろう。


 発端はココナが件の『謎の異能者』をスカウトすることに成功したことである。

 正確には『正義の使徒の詳しい説明をするために呼び出すことに成功した』が正しいが、まぁ当初の予想よりずっとスムーズにことが運んだといえる。


 なのに九条の胃に穴が空きそうなのは、思った以上にこの件に対する本部の関心が高かったからということもあった。


 謎の異能者――シンと名乗ったらしいその男にどうやら相当興味があるらしく、九条もまだ直接会ったことのない様な本部の人間が直接この町に乗り込んできている。


(主任も、どうせ足を運んだのなら自分で会ったらいいだろうに)


 本部から来たのは、対異能者に特化した特殊対策班の中から感知能力者など数名。それと、いわゆるお偉いさんと呼ばれるような立場の者が一人。

 だが、そのお偉いさんはシンと名乗る男の対応を九条に任せると言った。


 つまり、謎の能力でレベル5を倒せるらしく、なおかつ謎の方法で正義の使徒の感知網をかいくぐり続けてきた、一種の『化け物』の相手を押しつけられたのだ。


 今、九条がいる場所は正義の使徒が保有する施設――傍から見ると一見学校や大学のようにも見えるだろうが、それもそのはずで元は学校だった場所を改修して作られている――その中に建つビル、最上階の一室。


 左右の部屋には、本部から来た特殊対策班の異能者が待機済み。

 九条が居る部屋はモニタリングされているということだ。


 更に、最低限の魔物対応用の人員を除き、この町に集めた異能者は全てこのビル一階の大会議室に集合していた。

 シンのことを詳しく聞かされているわけではないが、戦闘が発生したらすぐにでも戦力が整う位置にいるということになる。


 まるで『何か』あることが前提のような態勢だ。

 そして、何かがあった時にいの一番に危険なのは、間違いなく九条である。


(勘弁してくれ、全く)


 ココナからの連絡では、間もなくシンと名乗る男を連れてここに到着する予定だ。


 出来ることなら、何事もなく終わってくれ……。


 そう願いつつ、九条はドアを睨み付けるようにして待った。




 少しばかり時間が経って、ドアがノックされる。

 同時に、ココナの声が聞こえた。


「シンさんをお連れしました」

「どうぞ。入ってくれ」


 九条の声で入室してきたのは、ココナとそう歳も離れていない若者だ。

 ただ異能者である以上、変身などしていれば外見は変わることもあり得るので素顔である保証もない。


 対する九条はスーツ姿の大人として出迎えている。

 正義の使徒の中でも、彼は特に『お堅い』部類の性格をしていた。変に真面目ともいう。


 なので入ってきた男を見た時、外見上は一応若者ということで、その為の対応にきっちりと切り替えた。


「君がシン君だね。正義の使徒は君を歓迎するよ! あぁ、私はこんな格好だが、この組織は上下とかそういうのはあんまり気にしない。敬語とか礼儀とか、気を遣わないでいいからね。さ、かけてくれ」


 ビジネスライクな笑顔を貼り付けた九条とは対照的に、シンは顔面の筋肉をピクリとも動かさない。


 そして、少しの間立ち尽くした後。


「そうか」


 一言だけ呟いて椅子へと腰掛けた。


「じゃあ、私は一階にいる皆の所に行って、シンさんが来たことを伝えてきますね」


 ココナは明るくそう告げると、部屋を退出していく。

 皆、とは他の異能者のことだ。


 ココナは、今日他の異能者が集められている理由を『シンを紹介するため』というポジティブなものだと思い込んでいるのである。


「――ッ!?」


 シンは、ココナが出ていった扉の方を凄い勢いで振り返った。


(どうしたんだ?)


 突然振り返る意味が分からずに、内心首を捻る九条。


 そして、シンがゆっくりと正面を向くと。


(な、なんだ、この雰囲気は……こいつっ)


 全身から溢れ出る緊張感。

 臨戦態勢、そう呼ぶにふさわしい空気をシンは醸し出していた。


 報告通りの戦闘力を持った人間がこれだけの警戒をしている以上、ただごとではない……! と、九条は確信する。


(くっ、なんなんだ急にっ。ココナ君が傍を離れたことと何か関係が……?)


 更に、シンは落ち着き無くキョロキョロと部屋の中を見渡し始めた。


 一見するとまるで母親に知らない場所に置き去りにされた子供のような反応だが、この相手は一種の化け物、そんなわきゃないのだ。

 

 九条には思いあたる節がある。


(まさかっ。壁の向こうの特殊対策班に気が付いた!? ……そうか! 先ほどの反応は、ココナ君の言った一階という単語との齟齬に気が付いたからっ)


 一階に異能者が集っている、というココナの発言との矛盾。

 つまり、この部屋が異能者に囲まれていることにシンはなんらかの方法で気が付いた事になる!

 

 更に更に、よろしくないタイミングで九条に知らせが入った。

 耳にしこまれた極小サイズのイヤホンから声が響く。


『こちらの言葉に反応せずに聞け。その相手、この距離でもまったく感知を受け付けない。力量も能力も不明。気をつけろ。とんでもない隠密スキルだ』

(な、なんだと!?)


 隣室で待機している本部直属の感知能力者からの報告だ。


 その内容は決定的だった。

 本当にこの組織に好意的な理由で今日姿を現したのならば、この後に及んでも一切の感知を拒むようなスキルを発動させておく理由がない。

 少なくとも現在位置を隠す必要性はないのだ。何せ目の前にいるのだから。


 いつでもどんな方法でも自分はこの場を立ち去れる。

 自分が何をしても、追撃などお前らにはできない。


 シンという男は暗にそう言っているのだ……!


 九条は目の前の男に戦慄を覚えていた。


(なんだ、一体こいつは今日、なんの目的でここに来た!?)


 動揺を必死に隠しつつも、いい加減これ以上沈黙しているわけにもいかないと思った九条が口を開こうとした、その時。


 シンが、歪な形に口を歪めた。


(わ、笑った、のか?)


 それは、面接に初めて挑戦するバイト志望のコミュ障学生が必至に愛想笑いをしようとして失敗したような笑顔、と例えると非常に適切かつ分かりやすい表情なのだが。


 今の(無駄に)極度の緊張状態におかれた九条の目には、ひたすら不気味な笑みに見えていた。

 こう『お前、油断すると死ぬぜ?』みたいな顔に見えちゃっているのだ。


「ここ……随分、辺鄙な場所にありま……るな」


 非常にわざとらしい、世間話の様な話題。


 それは、九条にとっては『警告』だった。


「あ、あぁ。ここは、異能者用の訓練場でもあるからね。人口密集地では都合が悪かったんだ。決して、怪しい場所じゃないよ」

(こいつっ……ここが一種の隔離実験施設でもあると気が付いている!? 自分が誘い出されたことを知っているぞと言いたいのかっ。大体、なんだ今の言葉使いは? まるで、人間の言葉に慣れていないような……?)


 まさかこの相手がただ単に『やっぱ大人相手だし敬語で喋るべきなのか? いや、言われた通りに敬語とかなしのフランクな感じを求められているのか? 分からなん! 面接のマナー講座みてくりゃよかった!』などとパニクっているとは想像するはずもなかったのである。


 最悪なことにまた通話が入った。


『更なる詳細な探知で、一つだけ感知できた。その相手のごく近くから、何故かあちらの世界の気配を感じる。反応はとても小さいが、魔法と思われる力……類似する気配は、異界の神や精霊の類いだと思われる』

(なッ!? ば、馬鹿な……!!)


 シンから、異世界の『神』の気配を感じる。

 それは、一体何を意味しているのか?


 人間とのコミュニケーションに慣れていなさそうな理由は?

『人間を守る為の組織』である、正義の使徒に接触してきた理由はなんだ!?


 最早、九条の頭の中でシンという存在への警戒心が青天井状態に突入した。

 いよいよもって、九条がどう話しを切り出したらいいのか分からなくなる位に混乱が進んだタイミングで。


 ドアがノックされる音が響く。


「失礼。遅れてしまってごめんね。私も、お話しに混ぜてもらえるかしら?」

「しゅ、主任!?」


 入室して来た女性は、本部から来た『お偉いさん』その人だった。

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