第10話 「再会しちゃう?」

「待ちなさい、一体何を……。ッ! 補足されたか」


 少しだけ困惑した表情を見せていたリリさんだったが、急に空を見え上げるように振り向いた。


 俺もつられてそちらの方向へ向くが、何も見えない。ただの夜空だ。


 な、なんだ? 俺には見えない何かがいたりするのか?

 何しろ魔物がいるくらいだから、幽霊とかいてもおかしくないかもだしな。


「心弥、何かがこっちに向かってきてる。多分だけど、あの子の隠蔽用魔術結界がさっき倒れた時に消えたんじゃない? それで誰かが感知したんだと思う」


 なんだって?

 何かって、なんだ?


 あ、もしかしてココナちゃんとか!?

 いやでも他のややこしい何かだったら、また俺にややこしいことが降りかかる可能性が……。


「お、お前、その肩に乗っているのは」

「え? あっ!」


 いつの間にかこちらの方に向き直っていたリリさんが、シノを指さしている。

 慌てて背中に隠れるシノだが、明らかにもう手遅れだ。


 魔物や俺と戦う必要がなくなったから、シノにも注意がいくようになったのだろう。シノが油断したこともあるだろうが。


 でもまぁ、なんかノリで隠れていたようだけど、そもそも別にリリさんからシノが隠れている必要性はなかったような気もする。


「今のは、私たちの世界の……」

「えと、これは、俺の相棒のようなものというか。本人曰く、異世界の神様だったとかなんとか?」

「やはり。ならあなたは、本当に正義の使徒ではないのね」


 ん? なんで異世界の神様を連れていると正義の使徒ではなくなるんだ?


 どうも俺の知らないことが沢山あるみたいだなぁ、能力者まわりって。

 今まで何も知らずに生活してたんだから当然か。


 シノも知識が偏ってるから、情報源としてはあんまり頼りにならんしなぁ。


「リリ」

「え?」

「私の名前よ」


 シノの存在を見つけて少しばかり考えこむ様子をみせていたリリさんが、唐突に名乗った。


 これは、名前を呼ぶお許しが出たってことかな?

 でも、本名はリリノワールだったはず。つまりまだフルネームで呼ぶのは許さんということだろうか。


リリさん。

うーん、呼ぶとなると、なんか彼女の超然とした雰囲気的にさん付けですら躊躇うなぁ。


「リリ殿、だな」

「どの? 敬称など不要よ。もうすぐここには奴らが来る。さっきのやりとりで魔力回路に余裕がないし、今日は退くわ。あなたもでしょう?」

「え? あ、あぁ、そうだな」


 殿はやっぱり変だったかぁ……敬称なし、う~む。

 リリさんは魔方陣を展開すると、何かしらの魔術を発動させながらふわりと空に跳び上がった。


 俺もやること終わったし、帰ってもいい頃合いなのは確かだ。

 よく分からん相手が来るのも怖いしなぁ。


「今の魔術、感知を避けるためのものだね。ウチの感知も一瞬見失った。中々いい腕の魔術師だね」


 肩に座ったシノが今の魔術を解説してくれる。

 ほぅ。よく分からんが、彼女は凄い魔術師ってことなんだな。


「いずれ、また会いましょう」


 空中にいるリリさんが、一瞬振り返ってそう言った。


 ――え?


 会いましょう、会いましょうって言った今!?


 向こうから会う予告をしてくれるとはっ。

 ファン冥利に尽きるなぁ。


「次に会う時にまでに、応援用のサイリウムとか買っておこうかな」

「応援って……多分あの子はそういう意味の応援だとは思ってないと思うけど」


 え? そうなのか?

 他にどんな応援があるんだろう。

 異世界人的には応援といったらこれ! みたいな応援方法があったりするのかもなぁ。


 あ、いや、もしかして戦いに参加する的な意味の応援だと思ってるとか?

 それはそれで彼女の役に立つなら喜んでするけど、その場合は魔力の回収ってやつをすることになりそうだが……浄化じゃないからシノ的にはどうなんだろ?


 帰ったらその辺聞いてみるか。


「心弥、もうすぐなんか来るよ。帰るんじゃないの?」

「あ~、ん~」


 さっきリリさんが退くと言った時に「そうだな」とは言ったけど、もしここに来るのがココナちゃんなら一目見てから帰りたいという気持ちはあるんだよなぁ。


「ちょっと、隠れて様子みよっか? 何が来るのか気になるしさ」

「はぁ……はいはい。あのココナって子かもしれないもんね」


 シノには色々とお見通しらしかった。

 学習してきやがったなこいつも。




 また公園の茂みの中に隠れてしばし待っていると、人影が空からスタッと降りてきた。


 その人物は……。


 おぉお!! ココナちゃんじゃんっ!


 あの所々フリフリっとした衣装、ピンク色の髪、肩あたりに浮いている妖精……確かミミとかいったか、間違いなくココナちゃんだ。


「やっぱり、誰かが戦った後がある」


 ココナちゃんが地面にぽっかりとできた惨いクレーターとかを見て呟く。


 ごめんなさい、犯人俺です。


「うむ。かなり大物の魔物だったはず。こんな短時間で仕留めたとなると、倒したのはただ者ではないな」

「凄く強い人、ってことだよね……」


 真剣な表情で戦いの後を見つめるココナちゃん。


 先ほどまで見ていた、リリさんの人形染みた恐ろしく精緻な美少女っぷりとはまた違った魅力がある。


 生命力に溢れ、可憐さと凜々しさが同居したような感じだ。

 端的にいうとうすっげぇ可愛い。可愛いしかない。


 いっそ写真とか撮りたいけどそれは流石にマナー違反だし、くそう。


「う~ん、やっぱ可愛いなぁ」


 思わず声が出てしまう。


「――! 誰じゃッ」


 突然、ミミがこっちを見て叫んだ。


 うぉおおバレた!?

 小声だったのに!


 あのミミとかいう妖精、伊達にでっかい耳してないな!! あ、だから名前もミミなのかな!?


「ココナ気をつけろっ。何か聞こえたっ。恐らく人の声じゃ」

「うん!」


 ココナちゃんがこちらを向いて構える。


 うわ、キリッとした表情もまた良い。

 いや、そんなこといっている場合じゃねぇ。


「待て、敵ではない」


 両手をあげつつ、茂みからガサガサと出ていく。

 シノは、多分また背中に隠れているのだろう。


「あ、あなたは……!」


 ココナちゃんの顔が驚きに変わる。

 でも、何故か心なしか嬉しそう?


「悪気があって隠れていたわけではない。決して隠し撮りとかはしてないし、断じてストーカ的な――」

「あのっ」


 俺の無意識下からつらつら零れ出ている言い訳をスルーして、ココナちゃんがタタッとこちらに駆け寄ってくる。


 ちょ、やばい、距離、近、心臓、やば。


「ありがとうございました!」

「へ?」


 俺の目の前まできたココナちゃんが、ガバッと頭を下げた。


 え? な、何が?


「助けて、くれたんですよね? この前。私途中で気絶しちゃって、ちゃんとお礼も言えてなかったと思って」


 あ、あぁ。この前に魔物を倒したことか。


「いや。えっと、あれだ、当然のことをしたまでだ」


 やばい、用意してたセリフ全部とんだ。

 凄く適当にしゃべってるぞ今の俺!

 自覚はあるけどどうにもならん。


「そう、ですか。今日ここで魔物を倒したのも、やっぱりあなただったんですね?」

「えっ? あぁ、そうかもな」


 かもってなんだかもって! 馬鹿か俺!


 いやでも、倒したとは思うけどトドメを刺したの俺じゃないしなぁ。


「……! じゃぁっ、最近何回か魔物が現れてすぐに消えたのも、あなたが?」

「た、多分な」


 シノに言われてやってた魔物の浄化のことだよな、きっと。


 しかしなんか、答える度にココナちゃんの顔が嬉しそうになっていくんだけど。可愛くてやばいんだけど。何故か冷や汗かいてきた。


「あのっ、あなたのお名前を教えてもらっていいですかっ?」


 な、名前……?

 うぅ、やっぱ本名はちょっと気まずいしなぁ。

 でも推しに名前覚えてもらえたら嬉しいしなぁ!


「シンだ」


 心弥からとってシン。

 我ながら安直過ぎる気もするが今は頭が回んないからしゃーない。


「シン、さん……。あの、シンさん!」

「は、はい」


 ココナちゃんがぐっと身を乗り出しながら名前(偽名)を呼んでくれる。

 なんというファンサービス。一生ついていきます。


「シンさんは、魔物……今日出てきたみたいな怪物と、戦ってらっしゃるんですよね?」

「あ、あぁ」


 成り行き上、戦ってますね。はい。


「なら、私と……私たちと一緒に戦ってくれませんか!?」


 ――えぇえ!?


 一緒に、ココナちゃんと、一緒に!!


 これは、どうだ!?

 ファンとしての一線を越えてはいまいかっ?

 戦うのは、シノにも言われているからまぁ元々ある程度はそのつもりだった。

 しかし、ココナちゃんと一緒にとなると……いいのか!?

 正直なところ魅力的な話しだ。なんか知らんが今の俺は何故か無駄に強い。

 だったら、共闘すればココナちゃんに「強い! 素敵!」って思ってもらえるチャンスだってあるはず。

 推しに尊敬の目で見られる、それは凄く、とっても気持ちいいに違いない。

 いやでも、そんな不純な動機でココナちゃんの――。


「おねがいします!!」


 ココナちゃんが、俺の手を両手でぎゅっと握った。


「やろう」


 あ。脳が思考する前に言葉が勝手に。


「ほ、本当ですかっ? よかったぁ」


 ココナちゃんが、ほっとしたように胸をなで下ろす。


 そ、そんなに俺に戦ってほしかったんだろうか?

 期待されるのは嬉しいけど、俺の力は所詮唐突で意味不明なものなので己の中でも信用度が低い、正直ちょっとプレッシャーだなぁ……。


「えっと、今日はもう遅くなっちゃので、お時間がある時にここに連絡してほしいんです」


 そういってココナちゃんが俺にメモ用紙を差し出す。


 書いてあるのは、数字?

 これって、まさか。


「私の連絡先です。いつでも大丈夫……って言いたいんですけど。その、昼間とかは学校なので……」


 そ、そうだよね。うん。俺も学校だわ。殆ど行ってないけど。


 っていうか、推しの連絡先、ゲットだとぉ!?


「じゃあ、待ってますから」

「あ、あぁ」


 やばい、連絡先ゲットの衝撃で呆然としてしまった。


 その間に、ココナちゃんが別れの言葉を告げてくれていたっぽい。

 こちらもつい慌てて「お疲れしたぁー!!」などと叫ぼうとした、その直前。


 ココナちゃんが一度振り返って、はにかむような笑顔を向けて口を開いた。


「あ、私たちの名前、正義の使徒っていいます。ちょっと子供っぽい名前ですけど、気にしないでくださいね」


 …………え?

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