第8話 「厨二病じゃなくて本物?」

 知らない人が来た。


 が、そんなことよりも来た相手がすっげぇ美少女であることに衝撃を受けている。


 なんだ? シノに出会ってからというもの、ココナちゃんと続いて今度はまた別の美少女だと?

 俺が変な力を手に入れてから日常の概念が崩壊してしまったが、そんなことよりもこの美少女との遭遇率の方が気になるぞ!


 美少女って身の回りをきちんと探すと結構いるんだなっ。そりゃ気が付かないよなっ。だって俺は家からでないし出ても普段は美少女なんて恐れ多くて近づけないもんなっ。


 それともあれか? やっぱこういう特殊な力を持つと自然と美少女が寄ってくるもんなのか? こう、確率変動的なあれで。

 もしくは、世界の命運に関わる様な人間は顔面の偏差値も神様とかに査定されているのであろうか? いや、だったら俺がこんな力持つわけねぇかちくしょうめ。


 予想外の人が来てしまったことと、その相手が死ぬほど美少女であるために脳がエラーを起こしたかのごとく余計なことを考えまくってしまう。

 お陰で、何を言ったらいいのか全然分かんない。正体を隠せば大丈夫とはなんだったのか。


「待ち合わせをした覚えはないわ。つまりお前は……」


 どうやら俺の沈黙を何かしら意味ありげなことだと勘違いをしたらしく、相手の銀髪美少女が手を空に向かって振り上げる。


「私の敵ということね?」


 その手をこちらに向かって振り下ろすと、いつのまにか長大な刀が出現していた。


 刀をピタリと俺に向け、凍り付きそうな程冷たい視線を送ってくる銀髪美少女。

 待ち合わせしてない奴が待ってたらそいつは敵って、どんだけ敵が多いんだこの人。


 ――違いますけど!?


 と、叫べればよかったのだが、俺より先に大声を上げた奴がいてその機会を逃してしまう。


『グガアアアアアァ!!!』


 どうやら、敵というか、標的がもう一体増えたことに興奮したらしい。大狼が盛大に吠えた後、強烈な勢いで襲いかかってきた。


 いい加減こいつの突進には慣れたので、簡単に躱せる。


 よっと……って、俺が避けてしまったらあの子は!?


「――ッ! 一の門を閉じよプリムス・ウンブルポルタ


 銀髪美少女が構えていた刀の先端から魔方陣を展開すると、影が立体的に伸びて壁になり狼の突進を一瞬だけ食い止めた。

 その隙に、狼からふわりと飛びのき距離をとっている。


 何それ超カッコイイ!?

 変則の日本刀みたいな武器に、西洋っぽいノリの魔方陣とか、組み合わせとしては最早ずるくないっ?


「速いし強い……。今はこの魔物を相手にするのが先のようね。お前も、これを相手にしながら私と戦う余裕はないでしょう?」


 いや、そもそもあなたと戦うつもりが端からないんです。


 と、言いたいところなのだが、彼女はなんか凄い真剣な目で俺と狼の両方に警戒の視線を送っている。

 多分、口で言ったところで信用してもらえないだろうなぁこれは。


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 ――なんて?


 今、彼女が何を言ったのかさっぱり分からんかった。

 脳が理解を拒むレベルのなんかだったぞおぃ。


 だが、起こった現象が何なのかは見てすぐに分かった。


 銀髪美少女の左右不揃いな瞳、その片方が赤く光ったかと思うと、彼女の周りにキラキラとした霧のようなモノが現れる。

 そして、彼女の姿があちこちに出現したのだ。その数、全部で七人。


 あれが指向性の幻術の類だとすると俺には効かない可能性も高いので、多分本当に視覚的にも分身してるんだろう。

 もし物理的にも分身しているんだったら、一人くらいお持ち帰りしたいくらいである。


「またくだらないこと考えてるでしょ?」

「ぐ、ばれたか。って、シノっ? 出てきて大丈夫なのか?」


 気が付いたら、シノが俺の肩の辺りにくっついていた。

 いつの間にか茂みの奥から出てきていたらしい。


「今は魔物の意識があの子にいってるしね。それに、これは予想外の事態でしょ」

「そう、だな。びっくりはしてる」


 七人に増えた銀髪美少女は、狼を囲ってじりじりとチャンスを伺うようにゆっくり構えている。

 狼の方も、いきなり増えた敵と周りを覆うキラキラ輝く霧に警戒しているのか動きが止った。


 膠着状態というやつか。


 俺も出ていって狼をぶっ飛ばしてもいいのだが、なんかそれはそれで空気読めてない行動な気もするしなぁ。

 なので取りあえずシノと小声で相談タイムだ。


「なんなんだろうな、あの子。タダのコスプレっ子じゃないのは分かるけど。なんか色々チグハグじゃないか? 堕天使みたいな格好なのに日本刀みたいなの持ってるし。耳はエルフとかっぽいのに、さっきの呪文っぽいのは英語とかドイツ語とかを滅茶苦茶に混ぜたように聞こえたが」


 外国語の勉強とか禄にしてないのでよく知らないけど、あの子が口走った単語は国や発音がバランバランだったと思うのだ。


「あの子、ウチと同郷だね」

「異世界の人ってことか?」

「そう。色々チグハグなのは、こっちの世界の情報に汚染されて魔力回路に歪みができているのと、翻訳魔術の誤差みたいなもんかなぁ」


 もんかなぁ、って言われてもなぁ。

 いやまず魔力回路ってなんだし? てな感じなんだが。


 一応、俺なりに推察してみると……。


 恐らく、こっちの世界の人間が魔力に触れるとフィクションを下敷きにした異能に目覚めるように、あっちの世界の人も『こちらの世界の集合的無意識』みたいなものに影響をうけて変容してしまう、とかそういう感じのことをシノは言いたいのだと思われる。


 んで、異世界人の喋ってる言葉は実は翻訳魔術ってので通訳されているから、魔術絡みのことになると翻訳がバグる的な? 要はダイ○クト翻訳みたいなもんか。


「ん? 魔術ってことは、異能者とはまた違うのか?」

「違うね。大本はどっちも魔力だから似たようなもんだとは思うけど、あれは魔術師ってやつだよ」

「おぉう……」


 まんまファンタジーな単語がでてきたなおぃ。


「その魔術師さんは、勝てると思うか?」

「一人じゃ無理だね。あの魔物相手だと、例のココナって子と二人がかりで丁度良いくらいじゃない?」


 シノが評すると同時、戦いは動いた。


 七人の銀髪美少女が、一斉に刀から魔方陣を発生させて赤い光を放つ。

 赤い光の奔流は霧の中で乱反射を繰り返すようにして、自在な方向と角度で狼に襲いかかる。


 だが。


『ガウァアアア!!』


 狼は一声鳴くと、ぐるりと体を高速回転させた。

 どういう理屈か知らないが、回った後には青い炎の軌跡すら見える。


 その動きだけで、少女の放った赤い光は全て掻き消えてしまった。


「……っ」


 少女の氷の様な瞳がほんの少しだけ揺れる。

 今の一度のやり取りで、己の不利を悟ったのだろう。


 だが、彼女は退こうとはしなかった。


 七人に分身したまま、一人一人がバラバラのタイミングで狼に斬りかかっていく!


『グゥウ!!?』


 変幻自在な彼女の攻撃に狼は攻撃を許した。


 薄いが、切り傷がいくつも出来ている。


 また回転を見せる狼。

 一人の少女が吹き飛ばされたが、そのままスッと消えてしまった。

 ダミー。幻か。


「これ、いけそうなんじゃないか?」


 俺がシノにそう呟いた途端、狼の足下に魔方陣が発生した。


 えぇ!? あいつ見た目あんなに野生動物っぽい感じなのに魔術的な攻撃までしてくんのっ?


『アオォオーーーーン!!!』


 狼の遠吠えと同時、奴の足下の魔方陣から鎖が大量に出現。

 かなりのスピードで銀髪少女を追いかけ回し、次々と捕らえていく。


 捉えられては消えていく分身体。

 最後の一人が、鎖を斬り払いながら逃げ回るが……。


「くッ!?」


 とうとう捕まった。


 あっという間にあちこちをグルグル巻きにされ、空中で自由を奪われる少女。


「く、ああぁぁ……ッ!?」


 鎖が容赦なく彼女の体に食い込み、一本は首にまで巻き付いている。

 

 まずいっ。

 あれじゃ――ッ。

 

「心弥。あの子、あのままじゃ死」


 シノの声を置き去りに、前へと走った。


 一息に鎖のところまで到達し、纏めて掴んだそれらを思いっきり左右に引っ張る。

 すると持った鎖は全てプツンとちぎれた。


 感覚的には、あれだ、あの、長いグミの駄菓子? あれを引きちぎった感じ。


「ごほッ、えほっ……お、お前……?」


 地面に落ちた銀髪少女が、困惑した表情でこちらを見てくる。


 高みの見物を決め込んでいた奴がいきなり助けにはいってきたら、まぁそうなるか。

 だが俺だってわざと助太刀しなかったわけじゃない。


 ドレスの胸部分に鎖が食い込むのに気を取られて「うわ、あの子着痩せするタイプだ……」とか思っていたわけでは断じてないのだ。


「えーと、そう。実力は見せてもらった」


 うん。そういうことにしておこう。


「俺が奴を弱らせて、浄化する」

「何ですって? お前、一体」


 俺が片付けるから無理しないで座っててね? という気持ちを込めたセリフなのだが、絶対に伝わってはいまい。


 咄嗟の会話は地のキャラが出て醜態を晒す、というのはココナちゃんの時で学習済みだ。

 つーか、こんな可愛い子と目を合わせてまともに喋り続けるなんて俺にできるわけねぇ。ぜってーキョドる。


 なので、彼女と会話を成立させることなく地面を蹴った。


「よっ」


 瞬時に狼の後ろを取る。


『ガッ――』


 奴がまた炎を纏って回転しようとしたので、その前に尻尾を捕獲。


 あ、燃えてる。

 尻尾の一部が炎に変わって、そのまま回っていたのか。


「あちいっ」


 持ってる手に自動販売機から出てきたての缶コーヒーくらいの熱さを感じ、イラッときてつい力任せに尻尾を持ったまま上下に腕を振り回してしまった。


『キャン!?』


 思ったよりも可愛い声を上げて、狼が地面へと激しく叩きつけられる。


 いけね、強すぎたかも。地面にクレーターできちゃった。

 殺して消滅させてしまうとシノが五月蠅いからな。


 浄化するには、魔物をただ消滅させてはいけないのだ。

 ある程度ボコって弱らせたところで、シノが浄化する為の『魔法』って言ってたかな? それを使うことによって魔物を正常な魔力の螺旋に戻せるらしい。


 なので、俺の役割は魔物を半殺し、いや八割殺しくらいにすることなのである。


「シノ、じょ――」


 浄化をしてくれ。

 と言いかけたタイミングで、不意に黒い影が俺の視界を横切った。


 へ?


 銀髪少女が、刀を『突き』の体勢で構えたまま狼へと突進していく?

 

貫け闇の刃ッテネブラストライキエーンス・クリンゲ


 またもや怪しげな単語の羅列が聞こえて。

 次の瞬間、少女の突進方向に魔方陣が出現。それをくぐった彼女の体が超加速した。


 刀が真っ黒に輝きながら、ズブリと狼の体へと突き刺さる。


「ちょっ、あ~」


 魔物、死んじゃったんじゃねこれ? 浄化失敗?


 ……うん、でもこれは俺のせいじゃないしな!


「あれ?」


 狼にトドメを刺した後も、少女が動かない?


 違う。なんか刺さった刀がドクンドクンと脈打っているように見える?

 そしてその脈動に連動するかのように、狼の体が光の粒子の様に分解されて消えていく。


「あれ、魔力を回収してるね。効率は悪そうだけど」

「うぉっ!? だからいきなり耳元で話しかけられたらびっくりするだろっ」


 また背中に張り付いてきたシノが小声で話しかけてくる。


 それに驚いている間に、銀髪美少女の方からも声がかかった。


「……なんのつもり? なぜ、黙って見ていた」


 銀髪少女が血を落とすように刀を振る。

 そのまま、刀をこちらに構えた。


 えぇ!? 目をそらしておかないとマズかったの!?

 魔力の回収というやつには、なんか企業秘密的な動作が入っていたのだろうか。それとも実は恥ずかしい行為的な。


 いやでも、どっちみち俺が悪いわけじゃなくない?


「あ~、魔力の回収というやつは初めて見たのでな。参考までに見物させてもらった」


 咄嗟に、今さっきシノに教えてもらったネタでトークを繋ぐ。


 我ながら急場しのぎにしてはそれっぽいセリフを言えたんじゃなかろうか?

 参考って何の参考なのか俺にもさっぱり分からんけど。


「……へぇ? 私を助けたことも魔力回収を黙って見ていたのも不思議だったけれど。そういうこと」


 え? どういうこと?

 何に納得したのこの人。

 あ、でも美少女の敵意の籠もった視線もこれはこれで興奮するものがあるなぁ……敵意?


「先ほどの強力なパワーといい、正義の使徒の中でもかなり秘蔵されていた戦力のようね。魔術師を見るのは初めだから、本物の魔術をその目で見たかったというわけ?」


 ――はぃ?


 せ、正義の使徒? な、なんだそのだっせぇネーミング。


「なめられたものね。なら、お望み通り存分に見せてあげる。いくら強力なパワーを持っていても、異能と魔術は違う。魔物を倒すのと同じようにはいかないと覚悟なさい」

「いや、ちょッ」

「私は簡単に潰されるつもりはない。構えなさい、自称ヒーローさん?」


 ヒ、ヒーロー!?


 そんな自称した覚え全くないよ俺!?

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