第7話 「誰さん?」
「最近は毎日来てくれてますねぇ。ありがとうね?」
「あ、いえ。その、最近は体調がよくて。それに美味しいので」
あとあなたが美人なので、と付け加えることはしない。
というかできない、そんな対人スキルあるわけがない。
ここ数日ですっかり見慣れたエルフさんからパンの入った袋を受け取り、店を出る。
夕暮れを迎えた商店街は、買い物客でそこそこ賑わっていた。
「はぁ~。美人エルフさん、やっぱいいわぁ」
さっそくパンを咥えながら歩きだすと、頭の上から不機嫌そうな声が聞こえた。
「心弥ってさ、最初に思ったよりも女に弱いよね!」
シノが俺の頭の上でぼやいているのだ。
「そうかな。別に普通だと思うけど」
「さっきだって、あのエルフにデレデレしてたでしょっ」
「あんだけ美人な店員さんにデレない男の方が珍しいんじゃないかなぁ」
だいたいデレデレといっても、特に話しかけたわけでも何らかのアプローチをしたわけでもない。
ただ、パンを買ってるだけだ。
ただでさえコミュ力に自信がないのに、異性と仲良くなるなんてハードルが高い真似できるわけもない。
その上相手が美人とか無理ゲー過ぎる。挙句にエルフで異種族とか難易度天井知らず過ぎだろ。
「こないだはデレるどころか戦いにいってたじゃない! 最初はあんなに戦うの嫌がってたのに、助ける相手が可愛い女の子だからって理由でさぁっ」
あ~、ココナちゃんのことを怒っているのか。
確かに俺は相手が美少女だからという理由で戦った。それは事実だが。
「あれはほら、己の身も顧みず戦っているココナちゃんが尊い! っていう感情ありきだから。ただ可愛いだけでリスク飲んで助けにいったわけじゃないってば」
あの時は、目の前で展開される『非日常』に混乱していたんだと思う。
そして何より、ココナちゃんの放つ……誰かを助けたいという心、その熱に浮かされていたのだ。
俺にだってヒーローに憧れていた時期くらいある。
歳をとるにつれて、くだらない夢だと切り捨てたナニカ。
ココナちゃんはそれを持っていた。寸分違わぬそれを見せてくれた。
俺を、熱くしてくれたのだ……!
「といってもまぁ、相手が男だったら正直助けにいったかどうか分からんけどな」
それはそれとして、美少女だったということもやっぱり重要なのである。
モチベーションは大切だからな!
「……じゃぁ、なんでウチの時はダメだったわけ?」
「はぃ?」
「だからっ、なんでウチが頼んだ時はダメだったわけ! ウチだって可愛くない!?」
あ、あぁ~。そこも怒ってるポイントだったわけね。
シノかぁ。確かに可愛いっつーか、造形美は認めるところだけどさぁ。
「サイズがなぁ」
「貴様! 小さいからダメとか男として小っさいぞこらぁ!」
「半分冗談だって」
「半分かよ!」
まぁ、サイズ的にどうしても動く美少女フィギュア感が拭えないのは事実なのだが。
それはそれとして、シノを可愛く思っていないわけではないのだ。
最初に断った理由は、可愛さの差などではない。
「だから、そこは内面というか、中身の信用度の問題だろ。いきなり怪しい勧誘してきた自称神様と、目の前でボロボロになりながら戦う少女、どっちが信用できそうだと思うよ?」
「……後者」
「そういうこった。あとココナちゃんの時は目の前の相手をただ助けるだけでよかったけどさ。世界のバランスとか言われてもしっくりこないって」
そもそもシノの言う『世界のバランス』というのも具体的になんなのかよく分からない。シノ自身も記憶の欠損のせいでよく分かってない節があるしな。
今となってはシノの事をまるきり信用できないと言うつもりもないのだが、単純にたった一人の意見を聞いて物事を進めるのは危険という感覚もありはする。
ましてや世界規模の話しじゃ、余計にな。
「目の前の相手じゃないと動けないとか、そんなんじゃ英雄になれないぞ!」
「だから俺はそんな厄介なものなりたくはない……っていうか、一応ここ数日は戦ってただろ。魔物と」
ココナちゃんを助けてから数日のうちに、また何度か魔物を討伐していたりはするのだ。
シノの案内にしたがって出現場所に行き、ただぶん殴るだけという簡単なお仕事だったけど。
今のシノの感知だとご近所だけの範囲に限られるらしいが、俺も世界平和的なもののごく一部に貢献しているはずなのである。
「それだって、あのココナって子に会いたいからでしょ?」
「まぁ、そうだけどさ。会えてないけどな」
正確には見たいとか応援したいが正しい。
会いたいというのは、なんかこう、俺如きいちファンには贅沢すぎる気もするしなぁ。
しかし実際には出会って以降、見ることすらできていない。
ココナちゃんが来る前に、魔物を倒し終わってしまっていたからだ。
「心弥が速攻で魔物を倒しちゃうからでしょ。まぁウチの感知範囲以外でも魔物は出てるだろうから、あの子はソッチと戦ってる可能性も高いけど。どうしても会いたければ、手を抜いて待ってたらいいじゃない」
「えぇ……? それは、こう、なんかあまりにも露骨すぎじゃないか?」
「可愛い子に会いたいって理由で戦っている時点で、後はもう誤差の範疇だと思うけどねっ!」
あ、はい。
そういわれてみれば、確かにそうだわな。
「さぁ、出てこい魔物! 今日はじっくりと相手をしてやるぜっ」
「本気であの子を待つ気なんだね……」
夜。というか深夜。
シノが魔物の出現を感知した。
場所は商店街の外れにある少しばかり大きな公園、という名の空き地だ。
時間帯が深夜であろうとも、学校にも禄に通っていない俺は普通に起きていたので割と早く駆けつけてこれた。
目の前では魔物出現のいつもの兆候が見られ、何もなかったはずの空間から巨大な犬……いや狼かな? が現れる。
「でかっ。で、あれはどうだ?」
「ハエより弱い。悪魔とは、どうかな? 魔力の差は微妙な感じ。でも歪みかたは悪魔の方が上だね」
「よしっ、いけそうだな」
シノの判断を聞いて、草陰から飛び出す。
どういう基準なのかはいまいちよく分からんが、魔物の力はシノが大体測ってくれるのだ。
なので、最初のハエを基準にしてあれより弱い相手と分かるまでは隠れていることにしているのである。
今のところハエより強い相手が出たことはないが……。
もし強かったら、逃げるなり他の誰かを待つなりしたいからな!
「おい犬っころ! 俺が相手だ」
「心弥、変身忘れてるけど?」
「あ、お願い」
「はいはい」
特に戦いに必要なわけではないから忘れるところだった。
シノが俺を変身させてくれて、その後はすぐにまた離れた所に隠れてしまう。
彼女は戦闘力に自信がないらしいので、戦いの場にはいたくないらしい。
因みに、一度家の鏡の前で変身を試してもらったこともあるのだが、俺の目には変身後の姿が映らなかった。
シノ曰くこれは幻術の一種らしく、俺自身を幻術にかけようとすると力の差がありすぎてかからないらしいのだ。
その為、自分が今どんな格好をしているのか未だによく分からない。
シノは「心弥がもうちょっと力のコントロールを覚えれば見えるんじゃない? でもちゃんと格好いいから安心しなよ」とか言っているが、こいつの感覚がどのくらいアテになるのか微妙だ。
早急に、力のコントロールも練習していかないといかんなぁ。
『グルルルルルルッ』
大狼が、こちらに向かって唸りを上げている。
どうやら、俺を敵として認識したようだ。
魔物は取りあえず生命体を殺そうとする性質があるらしく、目の前に人間がいるとすぐに襲いかかってくる。
「ふふふ、段々怖くなくなってきたぜ」
ここ何回かの戦闘では、魔物の見た目が怖いもんだからおっかなびっくり戦っていたのだ。
そのせいで逆に瞬殺していた面もある。
だが流石に自分の力と魔物の見た目にも慣れてきた。
今日はじっくり相手をしてみよう。
『ガゥッ!!』
俺の身長の何倍もある狼が、凄い勢いで噛みついてくる。
あんな口で噛まれたら上半身が無くなってしまいそうだ。
俺は余裕を持ってそれを躱した。
今までの経験上、多分噛まれても平気だとは思うけど。涎ばっちぃしな。
『ガァッ!!』
「うぉっ!?」
今度は、口から青い炎? のようなモノを吐き出してきた。
咄嗟に避けようとして、思いとどまる。
俺が避けてしまうと、後ろにある住宅街の方まで炎が飛んでいって破壊してしまいかねない。
結界があるから人は死なないだろうが、物は普通に壊れるのだ。
これも、何回かの戦いで知った事実である。
「あつっ」
思いっきり腕を振ると、炎が掻き消えた。
腕に暑さを覚える。
多分、サウナの扉を開けた瞬間くらいの感じだ。
『ガウァアアアッ!!』
狼が苛立ったようにこちらに飛びかかってくるのを、また躱す。
「心弥! もし倒す時は、ちゃんと浄化にしてよねっ」
「分かってるって」
シノの叫び声が聞こえてきた。
シノ曰く、この前にココナちゃんや俺がやったように魔物を無理矢理倒して消滅させてしまうのは世界の魔力バランス的によくないらしい。
浄化して循環させないといけないとのことだが、浄化というのが若干面倒な作業なのだ。
でもまぁ今日はじっくり戦うつもりだから、追々やっていけばいいかなぁ。
そうして相手の攻撃を避け続けること数分。
「心弥! なんか来た!」
再びシノの声が聞こえた。
同時に、上空に浮かぶ月を遮るようにして人影が映る。
来たか、ココナちゃん!
ここで慌てずキョドらず落ち着いてセリフを……。
「待っていたぞ、この時をな」
背後に着地した気配を感じ、なるべく格好いいであろうトーンで喋ってみた。
これは、あれだ。
前回はパニクってえらいダサいノリを披露した記憶があるので、それを塗り替える為に格好いいキャラで対応しようという腹である。
まぁ正直手遅れ過ぎる気もするが。
本来ならこんなテンションで喋るのなんて俺には無理だが、変身して正体が隠れていると思うと妙に大胆になれるのだ。
正義のヒーロー達がよく仮面とかつけてるのって案外こういう心理なのかもしれない。いやそんなわけないか。
「待っていた、ですって?」
えらく綺麗な声が聞こえて振り返ったら、そこには。
銀髪でドレスみたいな物に身を包み、背中からは真っ黒な羽――しかも片翼――を生やした、両目の色が不揃いで人形のように精緻な顔の超絶美少女が立っていた。
だ、誰?
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