第3話 「世界救うとか無理でしょ?」

「んっ……おぉ~……」


 パキッと目が覚めた。


 いつも微妙に体調不良で寝起きが悪い俺だったが、今日は布団の中からして寝起きすっきり。


 これだったら。


「ほっ!」


 体を一気に持ち上げても目眩も頭痛もないっ。


「健康って、素晴らしいなぁ」


 などとちょっとした感動に浸っていると。


「あ、やっと起きたね!」


 えらく可愛い声で挨拶された。


「――うぉっ!?」


 よく見たら部屋ん中になんか浮いてる!?


「おはよっ。起きるの待ってたよ!」


 しかも近寄ってくるぅ!?


「あ、ちょっ、タンマタンマ! なんか投げつけようとしてるでしょ今! そんなことされたらウチってば死んじゃうからっ。ウチは安全だからぁ!」


 枕元にあった充電中のスマホ投げつけようとコードから引きちぎったあたりで、なんとか踏みとどまった。


 安全だって?


 確かにぱっと見、危なそうな感じではない……のか?

 結構小さいし。


 サイズとしては500㎜ペットボトルより少し大きいくらいだろうか?

 部屋が薄暗いので、這うようにしてカーテンを開けに行く。


 光が部屋に差し込むと、謎の物体の全貌がはっきりと分かった。


「な、ななな……なんだこれ?」

「なんだこれとは失礼だなぁ」


 羽の生えた妖精とか精霊とか、そういうのが近いだろうか?

 もっと分かりやすく言ってしまえば美少女フィギュアが浮いて喋っている感じが一番近いかもしれん。


「ウチは、君に会いにきたんだよ! パートナーになって貰うためにねっ。話しを聞いてくれるよね?」


 寝起きなのにしゃっきりとしている頭が言っている。

 これは、絶対に聞いたらややこしくなる系の話しだと。


 なのに。


「は、はい」


 迂闊にも頷いてしまったのは、相手がミニサイズとはいえ可愛い女の子だったからだろうか?


 っていうか美少女フィギアが話しかけてきたら誰でも話しくらいは聞くだろ普通。

 俺が特別に女子との接近遭遇に慣れていないからこんな訳の分からん相手の誘いにも乗っちまったとかではないと、思う……多分。




「えと、お茶とコーヒーどっちがいいでしょうか?」

「いらないよー。ウチサイズの湯飲みとかないでしょ? あと敬語もいらないからっ」


 確かにミニサイズ食器などというマニアックなもの家にはない、盲点だった。


 いやまぁ、考えたら分かることなんだけど。それでもテンプレお客様対応してしまうくらいには俺の脳内は混乱の最中にあるようだ。


「いいから座って? まずは話しを聞いてくれるだけでいいからっ」

「は、はぁ」


 居間のテーブルに、ちょこんと座る謎の美少女(ミニサイズ)さん。


 このサイズで美少女だと分かるんだから、かなりの造形美なんだろう。

 どうせなら普通サイズで見たかったぜ。


 でも今はそんなことより、この相手の正体が気になる。


「でー、えっとまず、あなたは何者なんでしょうか? じゃなくて、何者なんだ?」

「そこら辺はウチにもよく分からないかな!」


 おい。


 なんじゃそら!? そこから分からんのかよっ。


「多分、元はすんごい精霊とか神様とかそんな感じだったと思うんだけど。何しろ世界が衝突して混ざった時に記憶とか存在力の大部分がぶっとんじゃってさぁ。あ、君たちの世界から見ると、異世界側の神って意味ね」


 ……えと、なんだって?


 精霊とかはまぁいい、確かに見た目はそんな感じだし。

 神様はフカしすぎだろと正直思うけれど。


 だが、異世界? 世界が衝突?


 何を言ってるんだこの美少女フィギュアは?


「あ、あれれ? その顔は何も知らない感じ? でも君、昨日はかなり強大な魔力を持った魔物を一撃で倒してたよねぇ?」

「まもの?」


 まものって、魔物? …………んんッ?


 ――昨日。


 そうだ。昨日はなんか、色々変なことがあった。

 エルフさんがパン屋で、でっかいハエが。


 いや? まさかあのハエが魔物ってことか?

 もしそうだとしたらアレはあっちが勝手に消えただけだと思うけど。


 というか、俺は何故パニックも起こさすに平静に昨日を過ごしていたんだ?


「昨日、昨日……」

「もしかして君、精神干渉系の能力でも食らってた? いやでも、あれだけの力があったらそんなの影響受けるわけないと思ったんだけど」

「精神、干渉?」


 なんだ、そのサラッとえげつなさそうな単語は。


「え~っと、そのまんまなんだけど。この辺り一帯は今でも精神干渉をしてくる力を感じるよね? 多分、常識を書き換えるとかそういう内容だと思うけど」

「は……?」


 常識を、書き換えるだと?


 それは例えば、まるでファンタジーなことがあっても違和感を感じることなく過ごしていた、ような?


「あっれぇ? それも感じたことすらない? おっかしいなぁ、あれだけの力があるのにそんなはずは」

「ちょ、待ってくれ。さっきから俺に力、力って言ってるけど、それって昨日の昼頃に急に出てきた、なんていうかこう、光の塊みたいなやつのことか?」

「昨日の昼? あぁ、突然次元に穴開けたやつね! ウチもあのハエとかも、多分あれに引き寄せられて顕現しちゃったんだと思うんだよ。なのに一瞬で消滅しちゃったしさぁ。一体何がなにやら……」


 え?


「いや、消滅つーか、その力のことを言ってるんだろ俺の力って? 昨日、俺の中に入ってきたやつ」

「へ?」


 ん?


「あ、あの時の力が、君の中にあるって言ってる、今?」

「そうだと思うけど。その話しじゃないの? 俺も昨日突然に変な力に目覚めちゃった感じで割とどうしていいのか分からないんだけどさ」

「んなッ――」


 急に自称精霊だか神様が絶句した。


 なんだっつーの?


「あれほどの力が、たった一人の人間の中に? 待って、まさか君って昨日以前は普通の人間だったってこと? 異能者じゃなくて?」

「いのうしゃ? いやいやいや、極ふつーだよ、超一般人」


 てか、その言い方からすると普通じゃない人間がいるってことかよ!?

 異能者――超能力者みたいなもんがいると?

 いやまぁ、エルフとか獣人がいるんだから異能者がいたっておかしくはないのか?


 あーくそっ。

 精神干渉とやらの影響なのか、どこまでが驚くべき状況なのか若干曖昧だな。


「な、なんてこと。世界に穴を空けるほどの力が、一人の、しかもただの人間と融合だなんて……」


 ちょっと待って、今なんつった?


 世界に穴?

 昨日のあれ、そんな事になってたの?


 おい、じゃぁ俺の体は今一体どんなことになってんだっ?

 今のところ「元気になったなぁ」くらいの感覚でしかないんだけど!?


「いや、でも、好都合かもしれない。ウチのやるべきことは変わらない。例え記憶はなくてもウチは覚えている。きっと、やるべきことを、導く道を――」


 色々と問いただしたいところだが、なんか一人でブツブツ言ってるから怖くて話しかけにくいなぁ自称神様ちゃん。


「君!!」

「は、はぃっ?」


 急にでっかい声だすなよびっくりするわっ。

 サイズの割に声量ありますね!


「君の、名前は?」

「名前? えと、伊神心弥いかみしんやだけど。こんな字で」


 机にあったメモ帳に漢字を書いてみせると、自称精霊はふんふんと頷いた。

 漢字とか読めるのか。この精霊の常識レベルがよく分からん。


「こほん。では、心弥さん!」

「お、おう。いや、さん付けとかしなくていいけども」

「じゃぁ、心弥! ウチと協力して、世界を救う為に戦おう!!」


 ……世界?


 あ、あ~。なるほど。

 なんか色々言ってたけど、話しってのはこれのことか。

 俺がなんらかの力を持ってるっぽいから、それで世界を救えと。


 昨日、ハエを俺が倒したと思ってるからか?

 昨日、突然俺とくっついた力が凄いもんらしいと思ってるからか?


 まぁ何にしても。


「ごめん無理。どうぞお引き取りください」


 なんだ、こういう話しだったんならもっと早くに断ればよかった。

 変なセールストークというか、宗教勧誘を受けちまったような気分だぜ。

 相手が自称神様自身の宗教勧誘って斬新だとは思うけどな。


「――えぇ!? なんで断るの!?」


 えぇ!? なんで断られないと思ったの!?


「いや、当り前だろ。なんで突然手に入った得体の知れない力で、得体の知れない相手のいうことを聞いて戦うと思ったんだよ?」


 これで「分かった戦おう!」って言い出す奴がいたら、そいつは馬鹿かやばい奴かのどっちかだと思うけど。


 確かにこの自称神様は話している限り悪い奴じゃなさそうだが、詐欺師ってのは詐欺師と分からんから詐欺師っていうのだ。

 見た目可愛いからといって、中身まで本当に良い相手とは限らないしな。


 ……まぁ、見た目可愛いから話しは聞いちゃったわけだけどもさ。

 これで普通サイズだったら迂闊に「協力します!」って言っちゃってたかもしれない。美少女って、得だな。


「――ううっ!? そう言われると確かにそうだけど……。でも、このままじゃ、世界は本当に危ないかもなんだよ!?」

「危ないって、具体的には?」

「世界の衝突によって魔力のバランスが崩れて、魔物が本来あるべき魔力循環から外れてあらゆる所で発生してしまうようになったんだ! 君らの世界でもだっ。見たでしょう?」


 うっわ、なんかゲームみたいなことを言い始めた。


 世界の衝突、という部分からもうよく分かってないんだけど、まぁいいや。

 この際適当に聞き流しておこう。どうせ戦う気とかないし。


「魔力に触れたこちらの世界の人間の中にも……あ、要するに心弥たちのことだけど、変な異能に目覚める人が出てきちゃって。悪いことにその異能者たちが魔物を消滅させたりしちゃうし」

「ん? 消滅させちゃダメなのか?」


 魔物を退治するのは、ゲーム的には正しそうだけど。


「消滅じゃなくて浄化しないと……世界の衝突によって生まれた歪みを正し、魔力の循環に還さないといずれ魔力のバランスが崩壊して、世界規模の魔力災害をおこしてしまうかもしれないんだ!」

「まりょくさいがい?」

「心弥の世界でいう、とんでもない自然災害みたいな感じ」


 ははぁ。世界クラスでおこる地震とか台風みたいなもんかな?


「だから、誰かが今の混沌とした世界をまとめ上げて、魔力に正しいバランスを与えないと! そう、最強の力をもった英雄――カリスマが!」

「そっか、大変だなぁ。応援してます。じゃ、お疲れっした~」

「ちょっ! 押しだそうとしないでよ!!」

「痛った!?」


 自称精霊が語っている間に開け放しておいた窓から、やんわりと彼女を押し出そうとしたら手に噛みつかれた。


 実際には大して痛くはないけど、びっくりするわっ。

 ペットとかに甘噛みされるのってこういう感じなんだろうか?


「何を他人事みたいに応援してるのっ。君が救うんだってば!!」

「いやいや、やるわけないだろっ。世界救うって、どう考えても俺には無理な案件だし」

「なんでさ! あれだけの力があるなら」

「だからっ、力とか以前の問題だってのに! さっきは一般人って言ったけど、実際のところ一般人以下なんだよ俺は」


 一般人というのは、この社会に一般的に馴染んで生活している人のことだろう。

 だとすれば俺はそれにすら届かない。


 もう十年以上生きているが、はっきりいって俺はこの世界に馴染めていないからだ。


 人と人とのコミュニケーションにも馴染めない、社会のシステムに組み込まれるのにも馴染めない、なんならこの世界に生き物として生み出されたことにだって馴染んでない気すらする。


「世界を救うなんてのは、この世界が愛おしくてしょうがないような奴がやればいいだろ。俺はそんな責任を負うほどの愛着は持ってないし、根性も信念もないよ」

「ほ、本気で言ってるの!?」

「そりゃまぁ。っていうか、そんな簡単に世界を背負える奴のほうが珍しいと思うけどなぁ」


 人に寄りけりなんだとは思うけど、少なくとも俺にとっちゃそこまで特別な価値のあるものなじゃない。世界なんてのは。


 簡単にいえば、別に苦労して世界救ってまで生き延びたくねぇ、って話しだ。


「むぅう~っこれだから最近の若者はぁっ!」


 お前いくつなんだよ。

 っていうか、異世界でもそういう言葉あるのな。


 いやでもこの自称異世界の神、案外こっちの常識にも詳しそうなんだよなぁ。


「――分かった、分かりましたっ。取りあえず世界のことは一旦置いておくよ!」


 置かなくていいから早く出てってくれよ。


「世界はいいから、ウチのこと泊めて」

「は?」


 と、とめる?


「ウチをこの家に居候させてください~! ウチ、突然この町に顕現しちゃったから行くところないのっ。お願いしますうっ!」


 ……えぇ。マジか。


「なんでそんな嫌そうな顔すんのさっ!? 世界救うのに比べたら簡単でしょ!」

「だって、得体が知れない相手を家に置くのはなぁ」

「ウチは安全! 危ない存在とかじゃないもんっ」


 初対面で世界救え、とか言ってくる奴は十分危ないと思うけど。


 う~ん、まぁ、いいかぁ。


「分かったよ。そのサイズなら場所も取らないしな。造形の良さに免じて置いてやるよ」

「ほんとっ? 造形の良さって言葉のチョイスは引っかかるけど! ありがとっ!」


 しまった。

 つい、神クラスに出来のいい美少女フィギア扱いで家に置いておこう、という気持ちが漏れてしまったか。

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