第2話 運命の歯車
「感知班から報告! 担当地区内で異常事態発生!! 次元震です!!」
「なんだと!? 馬鹿なっ」
ここら一帯地域の平和を守る、いや平和を守っていると自負しているとある組織。
その一員である九条は感知班からの報告に驚きも露わに叫んだ。
次元震など、世界と世界が衝突、融合した、俗にいう「混在の時」以来起こったことはなかったはずなのに、と。
「被害は!?」
「い、いえ。反応は一瞬だけで、今はもう収束しています。被害もなく、結界班からの報告ではなんの影響もなかったと。結界破壊や人的被害も確認されないそうです」
「なんだって? そんなことがありえるのか?」
「わ、分かりません。ただ、次元に穴が開いたと当該地区を担当していた感知班は言ってきてますが……」
次元に、穴?
九条の知る限り、そのような事態は初耳である。
もしそれが本当なら、例え結界があろうと関係なくこの辺一帯……場合によっては日本、あるいは世界ごと吹き飛ばしてしまう程の想像を絶するエネルギーが一瞬にして現れて消えたことになってしまう。
「感知ミス、ということか?」
「恐らくその可能性が高いかと。感知班も万能ではないので」
「まぁ、そうだな」
感知も能力者の手によって行われている。
人のやることだけに、ミスをゼロにはできない。
「ふむ。一応、反応が発生した町を担当する異能者には通達しておくか。え~っとあそこは」
「ココナさんですね」
「あぁ、彼女か。まだ歳は若いが優秀だ。問題はないだろう」
「そうですね」
九条は、今回の報告は誤報であり、ココナという能力者だけで手は足りるだろうと考えていた。
しかしそれが誤りだったことは、すぐに判明することとなる。
「感知班から報告、魔物発生! 場所は……先ほどと同じ街です!」
「馬鹿なっ。こんな短時間に連続で発生するなどっ。もう三体目だぞ!」
「ココナさんが現場に向かっています!」
「くっ。頼むぞ……他から応援がくるまで、耐えてくれ」
誤報と思われた『次元の穴』の報告から少しして。
同じ街で、連続して『魔物』発生の報告がされていた。
通常ならありえないペースでの魔物発生。間違いなく異常事態がおこっている。
(まさか、先ほどの次元の穴と関係が……? いや、一瞬で消え去ってしまったんだぞ? ただの誤報だった、はずだ)
九条は頭を振ると、思考を現在起こっている事態の対処へと切り替えた。
「結界班はなんと言っている?」
「まだ、問題はないそうです。人的被害はでていません。洗脳もなんとか」
九条はじろりと報告をしてくる男を睨む。
彼は、慌てて訂正した。
「
九条はため息をつきながら頷いた。
洗脳。
言い方は悪いが、確かにやってることは同じようなものだ。
異世界と混じり合ってしまったあの日、この世界の常識は完膚なきまでに破壊された。
混乱を避ける為に世界中で様々な方法がとられたが、そのうちの一つが洗脳まがいの『常識改竄』だったのだ。
(世界を混乱に陥れた力をも利用して、常識をかろうじて守る。いや、守ったふりをする、か。業の深い話しだ)
九条がもう一度ため息をついた、その時。
「観測班から報告! 魔物はっせ……!?」
「どうした!」
「Lv5! 結界大量破壊レベルの魔物です!」
「なんだと!?」
Lv5。
感知班が魔物出現時の感知から概ねの強さを予測してはじき出す数値だが、このLvになってくると大量の死者を覚悟しなければならない。
この町ではまだ出現したことのない相手だった。
九条は、慌ててココナへと繋がった通信機を手にとる。
「ココナ君、状況が変わった! 現在発生した魔物はLv5。一人で勝てる相手ではないっ。応援を待ってそれから」
『そんなっ。それじゃ、街の人たちが!』
「結界があるから最小限の被害に抑えられるはずだ。だから、先行はするな」
『……すみません。私、いきます』
「ダメだ! 君は貴重な戦力なんだぞっ。みすみす無駄死にを」
『絶対に、守ってみせますから!』
「くっ」
止められない。
九条はそれを悟った。
ゆえに、伝える言葉を変える。
「分かった。ただし、時間稼ぎを優先するんだ。応援がすぐに駆けつけるっ」
『はい!』
拳を握りしめる。
九条の脳裏には、以前に会ったココナの姿が浮かんでいた。
まだ幼さの残る顔立ち。実際に歳も若い。
要するに子供だ。
その子供に、命を捨てさせてしまうかもしれない。
「結界の破壊を確認!」
「くそっ」
怒りにまかせて拳をそこらに振り下ろそうとした、その時。
「――なッ!? LV5、消失!」
信じがたい報告が上がってきた。
Lv5が出現したことも信じがたいことだったのに、更にそれが勝手に消失したというのだ。
「また感知班のミスじゃないだろうなっ!?」
「いえ、異常事態発生を受けて、この町の感知班は増員されていました。その感知班全員が同じ報告をしているそうです。結界が一部破壊されるのとほぼ同時に、魔物の反応は消失したと」
一体……何が起こった?
九条の疑問に答えてくれそうな者は誰もおらず、戦略指揮用のディスプレイに表示された「目標消失」の表示だけが赤く光っていた。
『正義の味方』たちが突然の異常事態に右往左往していた頃、彼らから俗に『悪の組織』などと呼ばれている集団においても異変は感知されていた。
悪などと呼ばれる側にとっても、魔物は狩りの標的だからだ。
そういう意味では『正義の味方』は商売敵のような相手ともいえた。
「ほう。これはこれは……突然の次元異常に、連続で出現する魔物。更に、大物も出てきたようだ。何事が起きたのか分からないが、まるでお祭りだね」
他に何もない空間にぼんやりと光る魔方陣。
その上に立つローブ姿の男の落ち着いた声が、暗闇に響く。
一見独り言のようだが、その声に応える者があった。
『早く場所を教えなさい。奴らに先を越されるわよ』
男の頭の中に、美しい透き通った声が響く。
魔術を用いての念話だ。
「落ちつきたまえ、リリノワール君。相手は魔王級だ。君一人で勝てる相手ではないよ。ヒーロー君たちを先に戦わせて、相打ちになったところを狙うくらいで丁度いいさ」
『……気にいらないわね』
男は念話の向こうでリリノワールが苛立ちを抑えている表情を想像して、くすりと笑った。
「なぁに、多分そんなに人は死なないだろうと思」
『そんなことは、聞いていない』
「そうかい? まぁとにかく、今は待って――んっ?」
『……? なに?』
男が驚いたような声をだす、という珍しい出来事に、少女も不思議そうな声を返す。
「消えた」
『――は?』
「先ほどの魔物だが、消えたようだ」
『……魔王級って言ってたわよね? それを瞬殺するような強さの奴が討伐に向かっていたと?』
だとしたら、自分より遙かに強い相手がそこにいることになる。
言外に彼女はそう言っているのだ。
リリノワールからすれば、このまま現場に向かうのはかなり危険な状況ともいえた。
その相手と戦闘になる可能性だってあるのだから。
「いや、違う。ヒーロー諸君はまだ誰も駆けつけていないはずだ。我々の知らない、何者かがあそこにいたんだ。我々に感知すらさせずに、魔王級を消した何者かが」
『そんなこと――』
「ありえるわけがない、とは僕も思うけれどね。でも、何事かがあったのは確かだ。異常な、何かが」
『何か、ね。で、どうする?』
リリノワールの問いは、既に答えが分かっていてそれでもなお、確認をとっているような声色だった。
「君はそのまま、その町に向かってくれたまえ。到着後はいつも通りの活動をするだけでいい」
『いつも通りね。なら、私の独断で動くわよ?』
「それで構わない。もし、君の手には負えないナニカがあったら、また私に報告してくれればいい」
『分かった』
念話が切れた。
「ふむ……片翼のリリノワール。彼女に任せておけば大抵のことは解決するのだけれどね。今回は、どうなるかな? 自称ヒーロー君たちの動きも気になるところだけれど」
男は予想外の事態が発生していることに対して少しだけ思案を巡らせると、小さく笑った。
もしかしたら、自分たちの計画を進展させる切っ掛けになるかもしれない、と。
この町に関わる、超常の力を持った二つの秘密組織。彼らを混乱の中に陥れた原因。
その現場では、一人の一般人が気持ち悪さから本能的にハエをぶっ叩いていた。
「ヒェッ!?」
一瞬にして消滅させられる、Lv5――魔王級の魔物。
「あ? あれ?」
その光景を、目撃している者がいた。
(なんて――力。この力があれば……)
その目撃者は、一般人「
己の目的を、彼に託すために。
この先――目撃者と心弥の出会いは、彼らの運命の歯車を大きく狂わせる……ようなことも特になかったが。
世界の運命は、割と狂ったかもしれなかったりしたのだった。
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