第176話 街歩きと商業ギルド 1

 カティア将軍の頼みである、私の声の録音。

 昔ロックウェル魔術師団長が記憶を再生させる魔術式で音声を再生させていたけれど、アレと似たようなものかしら?私はその疑問をオルフェさんにぶつけてみる。だって気になるんだもの。


「うーん……どうかな?ラステアとファティシアでは魔術の使い方が違うから、僕だとその辺の専門的なことはわからないんだ。ただそう言う術がある、と言うだけでね」

「そうなんですね。でも魔力を込めると言うことは、魔術式みたいなものがあるんですか?あ、そうか。でも言っちゃダメなんですよね」


 よくよく考えれば一子相伝の技。それを軽々しく教えられるわけがない。ごめんなさい、と謝ればオルフェさんは「そのぐらいなら平気だよ」と言ってくれた。


「えーとね魔術式って魔力でかたどってる感じなんだっけ?うちはそのまま書くんだよね」

「書く?紙とかにですか?」

「そう。呪符と言って、紙に術を書いてそれを中に貼り付けるんだよ。流石に術式は見せてあげられないけどね」

「私でも見られる術はありますか?」

「ルーちゃんでも見られる術式かあ……王城にいる魔術師長に見せてもらったらどうかな?彼なら本職だし、見せても大丈夫な術を教えてくれるよ」


 オルフェさんに言われ、そう言えば一番身近に古の魔術を使える人がいたことを思い出す。ランカナ様もそうだものね。それに王城内には他にもいそうだ。

 ただ聞くのであれば魔術師長が一番安全だろう。魔術師長はサリュー様の呪いのこともご存じだしね。


 私はお礼を言って、私の声を録音するという術だけ見せてもらう。基本的には見せないけれど、人形を作る過程で必要な場合は見せることもあるらしい。

 声まで必要とする人はあまりいないそうだけど、ごく稀に声も、と希望する人もいるのだ。そう言った人は本当に身代わりに使うのだとか。


 どんな身代わりなのかは聞かないそうだけど、代金を弾んでくれるそうなのでそれなりに色々とあるのだろう。風の噂でお家騒動で何かあった、と聞くこともあるので気にはなるそうだ。でも余計な好奇心は身を滅ぼすぞ!とオルフェさんもお師匠様に注意されているので、絶対に聞かないようにしているらしい。


 うーん……私には絶対できない職業だわ。だって気になるもの。気になって首を突っ込んで怒られるか、巻き込まれるかのどっちかだわ。むしろ両方かもしれない。そんなことを考えていると、みんながクスクスと笑いだす。


「いやあん!本当に可愛いわ!!うちにはいないタイプね。でもカティア家の特徴も持ち合わせているし……ルーちゃん!国で嫌な男と結婚させられそうになったらうちにいらっしゃいね!!」

「そうよールーちゃんならカティア家が総力をあげて守るからね!!」

「そしたらルーちゃんはうちの子よー!!」


 ステラさんと将軍がお互いに手を握り合ってキャーッと言いながら盛り上がっているが、それはちょっと困る。カティア家が総力を上げて、とかどれだけの戦力になってしまうのだろう?私は両手を前に出して、落ち着くように二人にお願いする。


「いや、多分大丈夫、です」

「いやいや。先はわからないよ?」

「そうそう」

「ルーちゃん可愛いもの」


 オルフェさんまでもが参戦してきて、私はどうすればいいのかとても困ってしまった。こんな時にメルゼさんがいてくれたら良いのだけど、あいにくとこの場にはいない。

 私は無理やり「録音というのをしましょう!」と話題を変えるしかなかった。

 

 そのあとで見せてもらった呪符という、細長い紙に文字がうねうねしたものは私にはさっぱり解読できないもので……古の魔術とはとても不思議なものなのだと理解した。




 ***


 翌日、朝食を食べ終えると、私は将軍とステラさんと一緒に街に散策に出かけた。戻るのは今日の夕方になっているので、みんなのお土産も買って帰るつもりだ。それに今回はファーマン侯爵考案の、保温機能付きマジックバッグも持参しているので温かいまま持って帰れる!


 アリシアが「お父様はちーとなんです」と言っていたけれど、確かに侯爵はなんでも作ってしまう。侯爵考案の魔術式はたくさんあって、どれも生活に根付いたものばかり。とても助かっている。


 それに一般の人達にも使えるように、魔術式研究機関もさらに簡易な術式になるように研究してくれているしね。もっともっと普及して、人々の暮らしが楽になればいいなぁ。


 楽になりすぎも怠惰になってしまうだろうけど、一番は働くお母さんの手助けになればいいなって思うのだ。マリアベル様が双子を育てるのを見ていると、とても大変そうだもの。乳母がいても大変なら、働くお母さんはもっと大変と言うことになる。


 働いているお父さんが楽をしてるとは思わないし、独身の人だってもちろん大変だけど……比較的子供の面倒を見るのは女性、特に母親の役割となっているからそう思うのかもしれない。


「ルーちゃん!これ美味しそうよ!!」


 屋台を見ていた将軍が私とステラさんを手招きする。呼ばれるままに屋台に近づけば、なんだかとても不思議なものが売っていた。食べ物だとは思うのだが……主食のようには見えない。


「これはなんですか?あげてる……お菓子?」

「フワッフワでサクッサクだよー!お嬢さんたち味見するかい?」


 お店のおばさんが私達に薄くて軽い、フワフワしたものを手渡してくる。かじってみると、サクッとするのに食感はフワフワだ。塩っけのある味で、お菓子、だと思う。お酒のおつまみにはちょっと軽すぎるものね。


「不思議!サクサクだけどフワフワだわ!!」

「美味しいわ〜これならいくらでも入りそう」

「いやね、リオン。貴女じゃお店にある分を食べつくしちゃうわ」


 そんなことをステラさんに言われながらも、将軍は気にすることなく大袋でいくつも購入していく。どうやらお店にある味全て買うようだ。

 それをマジックボックスに収納して、あとで分けましょうととても機嫌がいい。将軍はどうやらお菓子が好きなのかも?それとも美味しいものに目がないのかな?


 カティア家の領地から持ってきていたお菓子も分けてもらっていて、もう一つのマジックボックスも結構な量が入っている。このまま将軍の気の向くまま買っていたら、マジックボックスの容量がいっぱいになってしまうかもしれない。


「そうなったらどうしよう……」

「どうしたのルーちゃん?」

「お姉様の買い物欲がすごくてマジックボックスの容量を心配する日が来てしまいました」


 正直に告げると、二人は笑いだす。


「もしもいっぱいになったら、そのまま持っていけばいいのよ」

「そのまま?」

「そう。そのまま。宅配してくれるわよ。日持ちするのはそれで持っていけば良いんじゃない?入り口で検閲が入るけど別に食べ物だしね」

「そうよ。ちょーっと摘まれるぐらいじゃない?」


 中身がおかしなものではないかチェックする必要がある、と二人は言う。確かにこんなにたくさん持っていったら、何かおかしなものが混ざっていないか見るわよね。だって納品業者じゃないもの。


「あ、それじゃあマジックボックスの中身は?これは大丈夫ですか?」

「これも一応、向こうに着いたら全部検閲がはいるわね。持ってると中身の確認をしなきゃいけないの」

「……マジックボックスって契約した本人でないと取り出せないでしょう?本当に全部見せてくれるの?もちろん私は見せるけど」


 そう言うと将軍はそれを確認する術があるのだと教えてくれた。それ専用のチェックボックスがあって、中に入れてチェックするのだとか。

 それはすごく便利なのでは!?だって勝手に持ち出されたりしない……とそこまで考えて、ようやく合点がいった。


「そうか。どうりでポーションを大量に持ち出す人がいないのね!」

「そう言うこと。誤魔化せないのよ」

「そっか。先生が昔ちょーっと色々あったの色々はこう言うことね」

「ああ、何か持ち出し禁止物を持ち出そうとしたことがあるのね?」

「そうなんです。でも誤魔化せなかった、って言ってました」


 ファティシアにはない術だから、きっと先生も知らなかったのだろう。そんな便利な術があるのなら、ファティシアにも導入したい。そうすれば税収を誤魔化されることもないしね!みんながマジックボックスを持てるようにもなる。

 良いことずくめだ。


 暫くそんな感じで街歩きをしていると、屋台通りを離れて店舗を持ったお店の通りに入ってきた。これが商業通りなのか、と辺りをキョロキョロしていると私と背の変わらない男の子がトンとぶつかってきた。


「あ、ごめんなさ…「待ちなさい!」


 私が謝るより早く、将軍の手が男の子の手を捕らえる。その手には私の財布が握られていた。これが、昨日言っていた「スリ」という行為?

 盗られたことに全く気が付かなかった。それよりも私の財布が盗られたのに気がついた将軍はとても凄い!!


 男の子は私達を睨みつけると、離せ!と暴れる。そんな男の子の肩を後ろから、ステラさんが押さえつけた。


「少年?カティアの家に手を出したら……どうなるか知っているかしら?」


 ゾワッとする声色に、私まで怖くなる。言われた男の子なんて涙目だ。そして手から財布が落ちる。私はそれを両手でキャッチすると、男の子と将軍たちを交互に見るのだった。



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