第168話 後宮とモブ王女
「————後宮は、現在王太子殿下と妃殿下がお住まいです。女王陛下と王弟殿下は別に宮を持ち暮らしておいでなのです」
後宮の女官として働くことになった初日。女官長は私に「後宮で見聞きしたことは絶対に外に漏らしてはいけない」と厳命した。
私はその言葉に「はい」と小さく答える。元気に答えるのはダメなのですって。女官たるもの、楚々としていなければならないらしい。
顔合わせの段階で「元気なことはいいことだが、元気すぎるのは後宮には不似合い!」と怒られたので、なるべく大きな声にならないように気をつけている。
ちなみに女官と侍女は立場は似ているけれど、侍女よりも女官の方が位としては上なのだとか。後宮の侍女は、後宮から出ることはないが女官は用事を言いつけられれば他の宮殿へ行くことが許可されている。
私はまだ見習い女官、と言う立場でカティア家がカティア将軍の元でだけ働いていると将軍が甘やかすと困る。と言う名目で後宮に来ていた。
なので見習い女官、なのだ。後宮付きの侍女になると後宮から出られなくなっちゃうからね。それはものすごく困る。
それにしても、前回ルー・カティアになった時にサリュー様に話してなくてよかった。ランカナ様にお願いしに行った時、直前に私達は会っていたから。
ランカナ様から口止めをされていなかったら、サリュー様なら大丈夫だろうとペロッと話していたかもしれない。
女官長の後ろを歩きながら、私は胸元を軽く押さえる。ここには未完成ではあるが、聖属性の術式と私の魔力を込めたデュシスの鱗があるのだ。
未完成なのはまだ魔力を停止させる術式が完成してないからなんだけど、ひとまず今の状態の鱗を渡してどのぐらい持つのか検証することになっている。
そのことは事前にウィズ殿下からサリュー様に伝えてもらっていた。ただし、渡すのは
サリュー様はルー・カティアとは初対面だけど、事前に知らせて受け取ってもらえるようにしているのだ。ウィズ殿下と一緒に庭に行って、その時に龍舎による予定になっている。
あくまでさりげなく、綺麗なのでどうぞ、と渡せるようにしなければいけない。
女官長の説明を聞きながら、私はどこか落ち着かない気持ちでこれからの予定を反芻していた。
「ルー、貴女は基本的にはカティア将軍の手伝い、となっております」
「はい」
「ですが、後宮には後宮の決まりがあります。将軍に呼ばれたからといって、指示された仕事を放り出して行くことはできませんよ」
「はい!」
「……元気なのは良いことですが、もう少し声の音量を小さくなさい。女官といえど淑女なのですよ」
「は、はい……」
元気が取り柄の私から元気をなくしたら何が残るのだろうか?とちょっと考えてしまうけど、確かに後宮内は余計な音がない。しん、として見かける女官や侍女達は皆、己に与えられた仕事を粛々とこなしている。
私、同じように動けるかしら?少し不安になってきた。でもこれはサリュー様の呪いを解くためだ。不慣れな私にサリュー様は指導してくれるはず。そしたらその都度感謝を伝えればいい。
それで少しでも自己肯定感を上向きにできれば良いなって思うのだ。誰だって感謝されれば嬉しいものね。
鱗を渡す以外にも、ちょっとしたミッションが増えて私は本当に無事に後宮から出られるか心配になってくる。
でもせっかく、カーバニル先生が許可をくれたのにこのチャンスを潰すわけにはいかない。先生的には実験の意味合いも強いかもしれないけどね。
「さ、妃殿下のお部屋です。私が良いと言うまで顔をあげてはいけませんよ」
「はい」
気持ち小さく返事をして、女官長の後ろに付き従う。
静々と歩く女官長の後ろを同じように歩く。いや歩いているつもりだ。これがなかなか難しい。将軍の元でお手伝いをしていた時はそこまで注意されなかったけれど、女官長からの鋭い視線に思わず首をすくめてしまう。
女官長は、コホンと一つ咳払いをし、サリュー様に私を紹介した。
「妃殿下、本日より女官見習いとしてカティア家よりルー・カティアが後宮に上がることになりました。見習い故、至らぬところが多いでしょうがご指導お願い致します」
「ルー・カティアと申します。本日より、お側に上がらせて頂くことになりました。よろしくお願い致します」
私はネイトさんと特訓した、ラステア流の挨拶をサリュー様にする。チラリと視線をあげて女官長を見ると、私の挨拶の仕方は合格点だったようだ。彼女は小さく頷いている。
「————そう、カティア家から……承知した。しっかり励みなさい」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと、他に仕事があるから、と女官長に連れられて私はサリュー様の部屋を後にした。本当は側にいたいけど、ただの女官見習いが直ぐに側に侍れるわけがない。私は見習いとして後宮での仕事を覚えなければいけないのだ。
「さて、妃殿下は最近体調が思わしくありません。ですので呼ばれぬ限りは部屋に近づかぬように」
「あの……」
「なんです?」
「もしも呼ばれたら、お側に行ってもよろしいのですか?」
「あまりないことですが……まあ、貴女はカティア家の者。他の者よりも側に呼ばれる可能性はありますね」
カティア家だと何かあるのかな?と思いつつ、もし呼ばれるようなことがあれば報告するように、と言われた。私はその言葉に返事を返すと、一番初めに洗濯場に連れて行かれる。
「本来女官は、侍女とは違い書類整理等、主人を支える補助をする者です。ですが見習いには侍女の仕事も一通り覚えさせます。もしもの時に対応できるように」
「わかりました」
「では皆と仲良く、調和を乱さぬように励みなさい。こちらが終わったらまた声をかけるように」
「はい」
女官長はそう言い残すと、サリュー様の元へ戻って行った。普段からキリッとした人だが、その印象を裏切らず女官長は仕事に厳しい人のようだ。
私は洗濯をしていた侍女達に、見習い女官としてきたルー・カティアです、と告げた。すると皆不思議そうな顔で私を見たのだ。
姿変えの魔法石で見た目の印象はぼんやりし、瞳の色は黒、髪の色は炎のような赤になっているけれど……どこかおかしいのだろうか?
私が戸惑っていると、侍女達は皆クスクスと笑いだす。
「ごめんねぇ。まさかカティア家の子が女官見習いで来るとは思わなくて」
「そうそう。あのカティア家だもんね!」
「えっと、うちってそんなに有名ですか?」
「あらあら〜カティア家の箱入り娘って噂、本当だったのね?」
「え?」
「将軍がスキップしながら、妹の名前を呼んでいるってちょっとした噂になっていたのよ」
「えっと……?」
「しかもカティア家の娘にしては気性が大人しい。きっと箱入りに違いない!!ってね」
そ、そんな噂が……ネイトさんに侍女としての仕事を教わっている間にそんなことになっていたのか!!ちょっとだけ恥ずかしくて、でもこれは逆にチャンスでは!?と閃く。
「そうなんですね?私、お姉様達みたいに強くはなくて……外のことはあまり詳しくないんです。それにお姉様が弔問部隊に選ばれた時、一緒に行っていたので」
「ああ、そういえばそうよね。そしたらあまり王宮内のことも詳しくないかあ」
「そうなんです」
だから色々教えてもらえたら嬉しいです!と正直に伝えてみる。すると淑女とはどこへ行ったのか?とばかりに、みんな話し出す。
やっぱり女性が集まっていて、静かに過ごすって難しいわよね。外からは見えないだけで、こう言った場所では皆思い思いに話しているのだ。
小さい頃、王城の色々な場所に出入りしていた私にとっては珍しい光景ではない。むしろ当たり前の光景と言える。
女官長の言う通り、みんな静かに過ごしていたらどうしようかと思ったけどね!これならば、私もちゃんと馴染めるかもしれない。
あとはサリュー様に呼ばれるのを待つばかりだ。
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