第124話 モブ王女、ラステア国の流儀を習う?
リオン・カティア将軍は、ラステア国の軍人の中でも上位に位置する将軍なのだそうだ。魔物討伐で名を馳せた方で、スタンピードが起こると即応、即退治、と行動も早い。民衆にも人気が高いとコンラッド様が笑いながら教えてくれた。
ただ一つ、仕事上の問題があるとすれば……書類仕事が苦手なのだ。それ故にカティア将軍は書類仕事を見なかったことにして、部下との稽古に逃げる。その逃げた将軍を毎回文官は追いかけねばならない。
将軍の逃げ足はとても速く、ネイトさん以外の文官は将軍付になるのを嫌がるそうだ。まあ誰だって必要以上に疲れたくないだろう。本来はやらなくてもいい運動だし。
そして昨日の衝撃的な出会いから————私はネイトさんにラステア国の基本的な礼儀作法を教わっていた。
「ネイトさんはどうして将軍付になったんですか?」
「ああ……それはですね、私が唯一、将軍の趣味を知っているからです」
「趣味……?」
「たまたまなんですけどね。ええ。本当にたまたまなんです。うっかり、将軍が猫相手に「ねこちゃああああんん!!可愛いでしゅね~!!」といって、猫に引っかかれている場面に遭遇しまして」
将軍が猫なで声で猫に近づこうとして、猫から引っかかれ、更には逃げられた。「くっ……今回もダメか」と漏らした場面に遭遇したネイトさんは、見なかったことにして逃げようと思ったらしい。
「流石、将軍というべきでしょうか……私の気配に気が付きましてね」
「ど、どうなったんです?」
「ガシッと両肩を掴まれましてね————お前は、何も見なかった。いいな?見なかったんだ。と今にも熊を倒しそうな眼光で念押しされ、そこからずーーっと将軍付です」
「な、なるほど……?」
ネイトさんに秘密を口外する気はなかったそうだが、書類仕事を除けば部下にも自分にも厳しいといわれている将軍の、可愛いものに対するデレッデレの姿。
それを知る者を野放しにしたくない、という心理が働くのも仕方がないだろう。将軍にもちゃんと羞恥心というものが存在したんですよ、とはネイトさんの言葉だ。
因みに、なぜ私がネイトさんに礼儀作法を教わっているかというと、本来なら今回の件は秘密事項であり、知る人間は少なければ少ないほど良い。そうなると当然ながら人選は限られてくる。
しかも将軍を私の姉(仮)とするのであれば、将軍付の文官であるネイトさんが知らないのはおかしい。それゆえにネイトさんが忙しい中、私に教えてくれているのだ。
弔問隊にはネイトさんも名を連ねているので、何かあればフォローしやすいというのもある。
「それにしても、姫君は意外と普通に動けますね?」
「そ、そうですか?」
「ええ。私も文官の端くれですからね。我が国とファティシア王国ではマナーの類が違うのは存じてます。その上で、その……そちらでは、そこまで動くことはないでしょう?」
ネイトさんは言葉を選びながらも、私の動きは普通の姫君ではないのでは?と問いかけてくる。
「ううーん……私はそもそも、普通のお姫様とはちょっと違うと自覚があるので、アリシアなら、一般的な令嬢のこともわかるかもしれませんが……」
「我が国は自分のことは自分で、というのが流儀です。まあ、仕事に関してはそれでは回りませんので除きますが……他の国ではかなり珍しいでしょう?」
「そうですね。基本的には侍女や侍従がみんなやってくれてるのだと思います」
「なのでもっと初歩的なことからお伝えしなければならないかと思っていたのですが、今の状態ならお教えできる幅が広がります」
「それならいいんですけど……できれば、ラステアの人と遜色ない程度に身に付けたいです」
「はははは。そこまでする必要はないのですが、私としてもお教えするのにやぶさかではありませんよ~何なりとお聞きください」
ふと、身の回りのことは自分でやるのが流儀なら、もしや侍女を連れて行くのは異例なことではないのだろうかと心配になる。しかしネイトさんは私の心配に、首を振って大丈夫だ、と答えてくれた。
「流石に侍女や侍従を一人も連れて行かない、なんてありませんよ。先方とのやり取りに、将軍自ら出て聞くわけにもいきませんからね」
「それは、確かに。そういうのが侍女や侍従のお仕事なんですね?」
「文官も似たようなところがありますかね。予定の管理なんかは文官が主にみますし」
「予定の管理……」
「姫君は、朝の起床時間を相手方に伝えたり、将軍が就寝されたあとに来客があった時など、その対応ですかね」
ファティシアに滞在するのだから、向こうの人も意思の疎通が楽にできる人の方がありがたいと思ってもらえるかもしれませんよ、といわれる。その手助けができるなら良いのだけど……
文化の違いは、葬儀の際にもあるそうで、こちらが良かれとしたことが向こうではダメなこともあるそうだ。私は一応、王侯貴族のマナーとして知っているので、ラステアの人達に事前に伝えることができたのは良かったかもしれない。
「私、上手くやれるといいのですけど……髪色と瞳の色を変えたからといっても、動きでバレてしまう可能性もありますし」
「その時はアレですよ。ルティア姫様のお世話をしていた、とでもごまかせばいいのです。姫君からファティシアに来るまでに教わった、と」
「でもそれって狙われたりしないですかね?」
私の一番の懸念はそれだ。いや、私以外の誰しもが思っていることだろう。私がファティシアに戻ることで危険な目に遭わないか、と。
「普通、一カ月程度面倒を見てもらった相手に、大事なことを託したりします?」
「あまり、ないと思います……」
「そうですね。ゼロではないでしょうけど、まさか少女に託してあれこれやってもらうなんて向こうも思いませんよ。逆に、王弟殿下でしたら可能性はありますかね」
「コンラッド様が、ですか?」
「ええ。ですが、王弟殿下に手を出せば国が動きます。流石にそこまで愚かではないでしょう?」
愚かではないでしょう?といわれても、そうですね、といえないのが何とも歯がゆい。向こうはトラット帝国と手を組みたいようだし。ラステア国の王弟であるコンラッド様になにかあったら、戦争が始まる可能性だってある。
「そんなに深刻に考えることはありませんよ。王弟殿下に手を出して、我が国と戦争状態になる。その場合、我が国の方が断然有利ですからね」
「そうなんですか?」
「ええ。姫君がおられますし」
「私?」
「戦争時に一番大事な人質になりますよ」
「ひ、人質……ですか?そんなの関係ないといわれる可能性も……」
なんといってもフィルタード派からは三番目のミソッカスといわれているのだ。私がどうなろうと気にしないのではなかろうか?むしろ邪魔者も消せて一挙両得的な?いや、でも軍事面でファティシアがラステアに敵うかどうか……
スタンピードも戦争も経験したことのない騎士がほとんどだ。常時、訓練はしているだろうけど、訓練のみの平和ボケしている騎士と、常にスタンピードと対峙し戦ってきた人達とでは実戦経験に差が出る。
引き際を誤れば、ファティシアは大打撃を受けるだろう。
「男親は娘に甘いものですよ。我が家にも娘が一人おりますが、目に入れても痛くないほど可愛いです」
「あ、そうか。お父様がいますものね」
「ええ。流石に王命を無視してまで戦争したりはしないでしょう」
戦争は命のやり取り。今までのように、簡単に丸め込める話ではない。下手すれば自分たちの命だって危ぶまれるのだから。
そういわれると、何だかそんな気になってくるから不思議だ。ネイトさんはにこりと笑うと、続きをやりますよ~とのんびりした声で告げた。
***
ネイトさんに礼儀作法を習っていると、ちょくちょくとカティア将軍が訪ねてくる。
何か必要なものはないか?とか、休憩をしてはどうか?とか、たぶん、今必要な話ではないけれど何かしら話したくて訪ねてくるのだ。
そんな将軍を見てネイトさんはため息を吐く。
「将軍、仕事終わったんです?」
その言葉に将軍は横を向き、ぴゅーぴゅーと口笛を吹く真似をする。これは絶対に終わっていないな……私も苦手なことは後回しにしたい方だけど、お仕事は別だ。
私とのやり取りが終わった後、きっとネイトさんは将軍の手伝いに戻るに違いない。目の下の隈は今日もうっすらと健在である。できることなら、ちゃんと休んで欲しい。
私はジッと将軍を見つめる。
「ど、どうかされましたか?姫君」
「あの、リオンおねえさま……」
「お、おねえさまっっ……!!!!」
「私は、ちゃんとお仕事しないおねえさまは好きではありません」
そういうと、将軍がバッと鼻のあたりを両手で覆う。どうしたのだろうか?と首を傾げると、キリリとした眉がへにょっとたれた。
「お、おねえさまはおしごとしてくるのでまっててねええええ!!!!」
そういってまるで嵐のように部屋から飛び出ていく。その後姿を見送っていると、部屋の外からズル、ベチャッと何かが転ぶ音が聞こえた。
私はそろりとネイトさんに視線を移す。するとネイトさんは「この手があったか」と小さな声で呟いた。
「私、お役に立ちました?」
「バッチリです。姫君。ぜひうちに残って頂いて、毎回お願いしたいくらいです」
「それは流石に難しいですかね」
「そうですかー?ラステア国に輿入れして頂ければ、問題解決なんですけど?」
ネイトさんが笑いながら、姫君はラステアでも人気がありますからねー嫁ぎ先選び放題ですよ!なんて冗談をいうから私は思わず笑ってしまう。
「そうですね。どーしても嫁ぎ先がみつからなかったらお願いします」
「まあ、その場合……私を倒してからにしてもらおうか!と将軍が立ちはだかる可能性もありますけどね」
「立ちはだかる!?」
「あ、王弟殿下から聞いてません?自分より強い相手でないと結婚しないって豪語した将軍の話。アレ、カティア将軍のことですよ」
「そうなんですか!?」
きっと物凄く自立した強い女性なんだろうな、って想像していたけれど、本当に物理的に強い女性だったのか……将軍本人がよければ、それでいいのだけども。
でもなんで私の結婚で将軍が立ちはだかるのだろう?それだけが謎だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます