第123話 モブ王女と女将軍 

 本、本、本————本の山。


 これは雪崩を起こしたら危ないのではなかろうか!?そのぐらい大量の本が積みあがっている。辺りをキョロキョロと見回してると、どうぞ~とのんびりした声で男の人が先を促す。が、この本の山の間にある細い道を進むのはちょっと怖い。


 私は思わずコンラッド様の顔を見上げてしまった。


「だ、大丈夫でしょうか?」

「年に一回ぐらいは雪崩起こしてるけど、まあ、本に埋もれて死ぬことはないから大丈夫」

「それは本当に大丈夫なんですか!?」


 本に埋もれて死ぬことだってあると思うのだけど!!ただでさえ量が多いのだ。圧死してしまうのではなかろうか!?もう少し整理整頓するか、書庫を作るとかしないとダメな気がする。これは部屋に訪れた人の心臓にもよくない。


「カティア将軍は本があると落ち着くらしくてね。それにこのぐらいの量なら彼女は潰れたりしないよ」

「そうです。そうです。あの方はそーんな柔な方ではありませんので」

「……そ、そんな問題です?」

「将軍の中でもトップクラスに腕っぷしのたつ方ですからね。本が落ちてきても、パパっと受け止めますよ!」


 そういって男の人は力説するが、その将軍が大丈夫でも貴方は大丈夫ではないのでは?と男の人を見ながら思ってしまった。


 だってとてもひょろっとしてて青白い。目の下にはうっすらと隈まで見える。居住まいからしてとても武官には見えないのだ。そんな私の視線に気が付いたのか、その人は苦笑いを浮かべながら自己紹介をしてくれた。


「あ、私は将軍付きの文官でルシアン・ネイトと申します」

「その、私はルティア・レイル・ファティシアです。突然の訪問失礼いたします」

「いえいえ。ちょうど我が主にも餌……ゴホン、いえ。褒美……も違うな。まあ兎も角、来ていただいてありがたい限りです」

「はあ……」


 仕事の邪魔にならないのなら私的には構わないのだけど、餌とか褒美とか一体何なのだろう?こっそりとコンラッド様に視線を向けると、何とも言えない表情を浮かべている。


「あーその、ですね……カティア将軍は、少々変わった、いえ、良い方なんですよ?良い方なんですが————」


 モゴモゴと口ごもるネイトさんに私は更に首を傾げた。すると部屋の奥から鋭い声がネイトさんを呼ぶ。


「ルシアン!何を入り口でブツブツ言っているんだ!!」

「あーすみませーん!王弟殿下がお越しですー」

「だったら早く案内しろ!」

「……とのことなので、どうぞ。どうぞ。この道を進んでいくだけです」

「ほ、本当に崩れません?」

「一応、カティア将軍が補強術をかけてますから平気です。将軍が本に埋もれても死ぬことはありませんが、私が埋もれたら死にますからねえ」


 あはははは、と笑っているけれど、笑い事ではない気がする。それともこれがココの日常なのだろうか?上官と部下というには随分と気安い関係のように見えるけど……

 仲が悪いとか、常にピリピリしてるとかよりはいいかもしれない。


 私はネイトさんに案内されて、部屋の奥へと進む。

 本を踏んでもいけないし、かといって躓いてもいけない。私が本を避けながらそろそろと歩いていると、横から小さな笑い声が聞こえた。顔をあげればコンラッド様が口元を押さえて笑っている。


「……コンラッド様」

「いや、本当に大丈夫ですよ」

「そうはいっても、やっぱり怖いですよ」

「なんなら抱き上げて行きましょうか?」

「それは結構です。そんなに小さい子じゃないですよ!」


 初めて会った頃の私ならいざいらず、今はあの頃よりも大きくなったのだ。好奇心に負けて、キョロキョロして本にけっ躓いて転ぶなんてしない。たぶん。自信はないけれど、でも抱き上げてもらう程ではないはず。


「それは残念」

「こ、転んだりもしませんからね!!」

「そうですか?」

「そうですよ!」


 そんな話をしていると、本の少ない開けた場所にでる。そこには炎のように赤い豊かな髪を、頭頂部で一つに結び背に流した女性が執務机に座りながら唸っていた。彼女がカティア将軍なのだろう。


 それにしても執務机の上には書類の山が二つもある。もしや物凄く忙しい時に来てしまったのだろうか?それなら申し訳ないことをした。いくらコンラッド様がいるとはいえ、仕事の邪魔をするのは本意ではない。


 どうしようかと考えていると、唸るような声が聞こえた。


「……ルシアン、王弟殿下はなんだって?」

「えーっと、それよりも顔をあげられた方が良いかと」

「そうはいっても私も仕事が……っあああああああっっっ!!」


 ブツブツと文句を言いながら、カティア将軍はほんの少しだけ顔をあげた。そして次の瞬間、私と目が合ったかと思えば叫び声をあげて立ち上がったのだ。

 その声に驚いて、ビクリと体が跳ねる。思わずコンラッド様の袖を握ってしまったのは仕方がないことだ。だってホントにビックリしたんだもの……


「カティア将軍、ルティア姫が驚いているよ」


 諫めるように、コンラッド様が将軍に声をかける。将軍は暫く固まったまま、私を見ていたと思ったら、今度はカツカツと靴音をたてながら私の元まで来た。

 そして私の目の前で膝をつき、肩に手を置くとジッと私を見つめる。初対面、のはず。一体どうしたのだろう?軽く首を傾げると、将軍がワナワナと震えだす。


「か」

「か?」

「かっわいいいいいいいっっっ!!!!」


 そう叫ぶと、将軍は私を力の限りギュッと抱きしめてきた。




 ***


 ————ほんの少しだけ、キレイなお花畑が見えた気がする。


 力の限り抱きしめられて、私の体はミシミシっと骨のきしむ音がした。それに慌てたのが、隣にいたコンラッド様とネイトさんだ。

 慌てて将軍を引きはがして、私を解放してくれた。


 今、その将軍は私の前で小さくなって正座している。コンラッド様が将軍の前に仁王立ちし、私は椅子に座りながらその姿を眺めている状態だ。


「……カティア将軍、ルティア姫は普通?いや、普通ではないけど、いやうちからすれば普通の姫君なんだからね!?そんな力の限り抱きしめたら骨が折れる!!」

「……コンラッド様、普通は抱きしめられただけで骨は折れないはずなんですよ」

「将軍の力はかなり強いんだ」

「でも骨は……」

「折れる。確実に、折れる」


 真顔でいわれると、私もどういい返していいかわからない。普通は折れないと思うのだ。普通は。


「も、もうしわけない。ルティア姫様を間近で見られて、だいぶ浮かれてしまったんだ」

「自分の力を考えてください将軍。熊を素手で倒せる将軍に抱きしめられたら、私だって骨折れますからね」

「いや、お前に抱きつくことはない」

「そんなキッパリといわなくてもいいじゃないですか!!」

「事実を!ありのままにいったまでだ!!」


 そんなやり取りを聞きながら、私はどうしようかと考える。このままだとたぶん話が進まない。

 私は気にしていないから、普通に椅子に座って欲しいと将軍にお願いした。将軍はパッと表情を明るくさせると、いそいそと椅子を持ってきて私のすぐ横に置いて座る。


 何故に私はこんなにも将軍に気に入られているのだろう?

 彼女と接点を持った覚えはない。なんせ炎のような赤い髪はとても目立つ。サリュー様も赤い髪色だが、彼女の色は落ち着いた深紅。将軍の色ほど明るくはない。

 だから彼女と交流を持っていたら絶対に覚えているはずなのだ。


「あのぉ……私、カティア将軍とは初対面、ですよね?」

「あ、はい!もちろんです!!姫君と直接お話しするのは初めてですが、以前からお見掛けすることは良くありました」

「以前から……?」

「ええ。八歳の折に、我が国にいらした時からのファンなのです」

「ふぁん……?」


 思わずオウム返しすると、将軍は嬉しそうに笑い、私の手を取った。

 そして小さい頃から現在までの私のことを話しだす。確かに毎年、短期間ではあるがラステアには訪れていた。訪れていたけれど、こんなに見られているとは思わなかった……


「カティア将軍、姫君にドン引かれてますよ……」

「流石にここまでくると、姫の護衛を頼むのはちょっと考えなおすか?」

「え、そんなこと頼んだら、もううちの子!とかいってカティア家に連れて帰ってしまいますよ!?」

「それは困るな……」


 ボソボソとコンラッド様とネイトさんが話している声が聞こえる。

 私、カティア将軍の家の子になってしまうの??いや、それよりも護衛ということは、カティア将軍が私の姉(仮)ということになるのでは?


「あの、コンラッド様……」

「うん?」

「カティア将軍が、私のお姉さまになってくださるんですか?」

「お、おねえさま……!!」

「そうしようと思ってたんだけど、やっぱりやめようかな!」

「ちょ、う、嘘ですよね!?王弟殿下!!私、ルティア姫様の姉になれるのなら、この書類の山だって片付けられるのに!!」

「それは姉になれなくても片付けてください。国を出る前に!迅速に!!」


 ネイトさんの言葉に、将軍がぐぬっと言葉を詰まらせる。


「この書類は絶対に片付けて行ってもらいますよ!」

「そうはいっても、人間には得手不得手がある!」

「よし、将軍を姉にするのはやめよう」

「そんなっっ!!」


 将軍は悲痛な声をあげて、私の手をギュッと握る。あまり強く握られると痛いのだが、正直に告げていいものか悩む。だってわざとやっているわけではないのだ。

 でも痛いものは痛いな……


「将軍、ルティア姫から手を離しなさい?」

「で、でも……ようやく、ようっっやく目の前でお会いできたのに!!」

「君がちゃんと仕事すれば、ルティア姫の護衛に任命してあげるよ?でも今の状態だと、弔問部隊がラステアを出るまでに終わらなそうだからなあ」

「お、終わらせます……後生ですからああああ!!」


 将軍の叫び声を聞きながら、ネイトさんが私の手から将軍の手を引きはがす。何とも慣れた手つきだ。もしやこの道のプロ……?

 ジッとネイトさんを見ると、彼はへにゃりと笑う。


「ええとですね……カティア将軍はこの通り、小さくて愛らしいものが大好きなんです。今一番の推しがルティア姫様なんですよね。まあ、数年前から推してる状態ではあるんですけど」

「推し……」

「はい。推し、です」


 私はいつのまにか、ラステアの女将軍に推されていたようだ……




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