第6話 王女、おねだりをする。

 侯爵とアリシアはひとまず屋敷に戻ると言うので、私の髪飾りをそのまま預けることにした。

 形見の宝石を使わなくて済むのならそれに越したことはないが、もし必要ならば声をかけて欲しいと頼む。

 アリシアの為でもあるが、私達にしてみればお父様の為でもあるのだ。それに、上級の魔術式を入れるような宝石はとても高価で私達では早々持ち歩けない。

 形見の品であれば特に何も言われはしないだろうけれど……後ろ盾のない側室の子が高価な宝石を持っていたら何かと噂が立ってしまう。

 命を狙われるような真似だけは避けたい。

 今はまだ、目立つ行動さえしなければ正妃であるリュージュ様は特に気にかけることもないだろう。


「ねえ、お兄様……お父様が視察に行かれる場所はご存知?」


 二人が帰った後、私の部屋に移動し、お父様が視察に行かれる場所を聞いてみる。


「ルティア、その視察に行くの……僕じゃダメなのかい?君が危険な目に遭うのは賛同できないよ」


 困ったように眉を顰めて私を止めようとしているが、私的には私だからこそ、だと思うのだ。兄様は継承二位と言えども、第一王子。

 王立アカデミーの下にあるカレッジに通い始める所だし、その為の勉強もしている。つまりは私みたいに暇ではない。


「お兄様、私は女の子です」

「そう、だね?」

「女の子とはお父様にワガママを言うものなのです」

「そうかなあ?」

「それに侍女達が言ってました。男親は娘に甘いと」

「父上は、甘いだろうか……?」

「視察場所に私が気になるものがあれば……一番良いのですけど」

「ルティアの気になるもの……ああ、花がたくさん咲いているよ」

「お花ですか?」

「そう、確かその地方でしかない花もあったはずだから……」


 と言いながら段々と兄様の声が萎んでいく。私を危険な場所に行かせることになるのでやはり戸惑いがあるのだろう。


「お兄様は……アリシアのお話、信じます?」

「もし本当に起こるのなら、信じるよ」

「偶然かもしれなくても?」

「偶然でも、それで助かるならいいよ。それに、病気のこともあるしね。病気の原因がわかれば対策が取れるかもしれない」


 確かにその通りだ。兄様が病気になるのは嫌だし、それに病気で死ぬかもしれないとわかっているのに国中の人を見捨てる行為は人として恥ずべき行為だろう。


「ライルが変わるきっかけではあると思うんですけどね。アリシアのお話ではライルはとても立派になっているようでしたし」

「今のライルからは想像できないなあ……でも素養があるなら、あとはきっかけなんて関係なく自分の心しだいじゃないかい?」


 最もな意見だ。もしかしたらライルの人生をも変えてしまうかもしれないが、本人に王として立つ気概があるのであれば、きっかけなんてなくとも立派に育つだろう。今は難しそうだけど。


「それなら善は急げ!ですね。アリシアをお友達にする報告と、視察に連れて行ってもらえないかねだってみます!!」


 そう言って笑えば兄様はやはり複雑な表情を浮かべるのであった。




 ***

 私の部屋のある離宮から出て、王城のお父様の執務室に向かう。

 本当は一人で出歩くなんて王女らしくないと諌められてしまう所だが、今日はお父様にワガママを言いに来たのだ。

 私のワガママを諌める侍女がいては言うに言えない。

 執務室の大きな扉の前に立ち、何度か深呼吸をする。大丈夫、私ならできる。できる。ちゃんとついて行かなければ、お父様の生死に関わるのだから。

 コンコンとノックをすると中からお父様付きの騎士が顔を覗かせる。私は彼にニコリと笑いかけた。


「こんにちは、お父様にお会いしたいのだけど……よろしいかしら?」

「これは姫殿下。少々お待ちください」


 普通は親子といえども事前に予定を伺ってから尋ねるのがマナーだ。だが私は一人娘で、お父様にワガママを言いに来たのだからきっと大丈夫。普段と違う行動もワガママの内容を聞けば、ああ……と思ってもらえるだろう。

 少しだけ待たされ、直ぐに扉が開き中へ案内される。

 部屋の中でお父様と宰相様が何か難しいお顔で話をしていた。そして私の姿を見つけて顔をあげる。


「ああ、ルティア久しぶりだな」

「お久しぶりです。お父様、お元気そうで何よりですわ」


 ニコリと笑えばお父様の目元も少し綻ぶ。私は執務机に近づくと、予定を伺わずに訪ねた事を詫びた。


「ごめんなさい、お父様。どうしても早く知らせたくて……」

「いや、大丈夫だ。それで何があったんだ?」

「私、お友達ができましたの!少し体が弱い子ですけど、とても良い子なんですよ」

「ほう、どこのお嬢さんだい?」


 既に報告は受けているだろうけど、お父様はちゃんと私の話に耳を傾けてくれる。私はアリシア・ファーマン侯爵令嬢だと告げ、とても仲良くなったと話す。また今度、離宮に招いて良いかと確認すると大丈夫だと言われた。

 アリシアにとってみればちょっと嫌な場所かもしれないが、ライルが私の離宮へ来ることはまずないので少し我慢してもらうしかない。それにこれで色々と対策が練れると言うものだ。


「それで、うちのお姫様はそれだけじゃないんだろう?」

「まあ!わかりまして?」

「それだけならきちんと予定を聞いてから来るだろうからね」

「お父様に隠し事はできませんわね。実は……お兄様に伺ったのですけど、お父様が視察に行かれる先にそこでしか咲いていないお花があると」

「お土産が欲しいのかい?」


 私の住む離宮は花が多く育てられている。それを知っているお父様はお土産をねだりに来たと思ったらしい。私はお父様の言葉に首を振った。




「いいえ、私、直接見てみたいのです!」




 お父様と宰相様は二人揃って顔を見合わせる。私はもう一度、連れて行って欲しいと重ねてお願いした。

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