一難去った大貧民と、去っていない超越者達

「一応聞くんだけど、ママとパパにちゃんと紹介したいんだけど」


「です!」


「はん?」


『ついにこの時が来ましただだだだだ。痛い痛い折れてます』


 いつもの商店街の隅っこで、いつもの様に地面に座っている幹也に、アリスとマナが、聞きようによっては色々あれな言葉を投げていた。


「なにを?」


「おじさんが命の恩人だって事です!」


「やだね」


「言うと思った。黙ってればいいんでしょ」


「そうそう。そうしてくれ」


「やっぱり断られました……」


 即座に断られたアリスとマナだが、この答えを予想していた。なにせ今までずっとそうなのだから。


「何があったのかってママとパパがしつこいのよね」


「ずっと聞かれてます」


「まあそりゃそうだろ。お袋さん眠らされてたんだろ?」


 力こぶの部下によって眠らされたアリスの母だが、起きたら全部解決して娘達も無事だったのだ。安心したが、当然何があったのかを少女達に聞いていた。だが、アリスもマナも、よく分からない内に全部終わってたと、それこそよく分からない答えしか返さず、彼女達は事件が解決してからずっと両親に質問責めを受けているのだ。


「と言うか、それ言ってる時点で護衛に聞かれそうなんだけど」


「心配ないわ」


「近くに来ないよう言ってますし、実際周りにいません」


 ちなみにこんな会話をしていると、少女達の護衛から報告が行きそうなものだが、どうやら彼女達は何か確信があって話しているらしい。


「まあとにかく、黙ってたらいいんでしょ」


「それでよろしく。絶対面倒になる」


「まあ……」


 幹也は自分の能力を把握している。確かに条件があり、DEATHのカードや好き勝手するマスターカード達など、細かい仕様こそ分かっていないが、自分はあれを超える箱なのだと。善意からでも、悪意からでも誰かから使われるにはあまりにリスクの大きなこの力を。


「それじゃあまたね」


「また明日来ます」


「来んでいいから勉強をせんか勉強を」


 用件はその確認だけだったのだろう。アリスとマナは幹也と別れ、護衛達が待機している場所へと足を進める。


「予定変更。とりあえずママとパパだけじゃなくて、あの人のことは完全に黙秘ね」


「うん」


 アリスもマナも、幹也の能力をほんの薄っすらと理解していた。何かしらの条件があるものの、勇者やあの蛇の様に、国家や世界を揺るがす存在を召喚する能力。


 そんな存在、世界が許容するはずが無い。利用しようとするならまだいい方だろう。まず間違いなく殺されるに決まっている。最初に会った頃と比べて、今はアリスもマナもそれを理解していた。だから両親に何を言われようと、幹也の事は黙っていようと決めたのだった。


 恩ある幹也に危険が及ばない様にと決心する少女達であったが、少し勘違いをしていた。


 幹也が召喚できる存在は勇者でも中間。蛇も上ではあるがそれだけ。


 そう、世界を纏めて相手に出来る蛇ですら頂点ではないのだ。あの世界の敵、蛇ですら。


 そして強さが極まると、本当に極まった強さとは、最強とは、そしてそんな存在を招く者は……


 誰もが、皆が、全てが守るべきルールはたった一つ


 触れるべからず




 ◆


 ◆




「それでは会合を始める」


 どこか、まるで大企業の会議室のような場所で、秘密の会合が開かれていた。


 だが面子はその会議室には全く相応しくなかった。長机を前に座っている面々は誰もが個性的で、スーツを着ている者よりも、仮面を被っていたり、ローブを纏っていたり、果ては巫女の衣装をした者など、この場に似つかわしくない者の方が多かったのだ。


「本題は皆分かっているだろう。富士山に現れたあの遠呂智の事だ」


 この場に集められた者達は当然理解していた。今まで裏、つまり異能が現代に露見しない様、利害関係を調整しながらなんとかやって来た彼等にとって、先の悪魔騒動と同じく、今回の富士山での事件は到底見過ごせるものではなかった。


 そう。この会合こそ、裏サミットすら単なるお遊びと表現できるような、真に世界の裏を支配している者達の会合であったのだ。


「"暴力"が富士山に用があったのまでは掴めている。まず間違いなく奴の仕業で、恐らく我々に対する切り札を得ようとしたのだろうが失敗したようだ。そうでなければすぐに我々に仕掛けている筈。だが失敗したとはいえ、もう取返しの付かない程の騒動となってしまった。そのため今後の対応も勿論必要だが、まずは見せしめに関係者の抹殺、それと並行してあの遠呂智を調査しなければならない。あれがまた出現すれば、裏や表などと言っている場合でなくなる」


 議長の言葉に皆が頷いている。あの蛇が世界の全てを亡ぼせるのは一目瞭然。もしまた出現すれば、世界は破滅へとひた走る事になるだろう。それを防ぐために、なんとしても調査をしなければならなかった。


「議長、発言をよろしいか」


「発言の許可をお願いします」


 だが議長の言葉に、頷いていなかったものが二人だけいた。その二人、仮面を被った男性と、巫女服の女性が手を上げて発言を求めている。


「仮面と巫女が発言とは珍しい」

「普段は我関せずなのにな」

「悪魔に蛇が現れて、今度は変わり者の二人が発言ときた。やっぱり世の中おかしくなってる」


 その二人は普段、会合を積極的に参加していなかったのだろう。少しのざわめきが会議室に起こっていた。


「巫女、悪いがこちらは緊急を要する」


「それはこちらも同じこと。申し訳ありませんが後にしてください」


「おいおい。2人が張り合ってるぜ」

「珍しい事もあるもんじゃ」

「明日の天気は槍だな」


「緊急を要すると言った」


「私も後にして下さいと言いました」


「ちょっと待て……あの二人、まさかやり合う気じゃないよな?」

「会合よ? そんな事するわけ……」

「ちょっとまずいかもしれんぞい」

「二人とも落ち着け。単なる順番に我を張る必要はないだろう」


 座って挙手していた巫女と仮面が席から立ち上がり、気配が高まっていくにつれ、物珍しがっていた他の者達が慌てだす。


「暢気に構えてる場合じゃねえな」

「あの二人がとかありえねえだろ」

「何が起こってるんだ?」


 この会合では争いはご法度であり、起こったとしても手練れだらけの場所で事を起こすと、最悪そのまま始末されてしまうため、今までこの様な事が起こったことはなかった。特に、それが普段は我関せずな二人となれば、余計に混乱してしまう。


「まあ待つんだ二人とも。君達二人がそう言うなら余程の事だろう。ひょっとしたら同じ懸念なのかもしれない。とにかく言ってみてくれ」


「……分かりました」


「……私も」


 そこへ待ったを掛けた壮年の議長が、二人に落ち着いてまずは話して見ろと促す。


「調査はするべきではありません。ええ全く。あの蛇よりもっと恐ろしいものの尾を踏むことになりかねません。それこそ藪から蛇になります。もっと、もっと恐ろしい存在が……」


「完全に不干渉であるべきです。放置でも。あの蛇は単なる世界の危険で済みます。ですが、ですがもっと、もっと恐ろしい存在が関わっているのです……」


「ん?」


「え?」


 お互い譲らず、同時に話し始めた仮面と巫女だが、相手の話はちゃんと聞こえており、お互い目を合わせて困惑していた。


「すまない巫女。どうやらお互い邪魔をしあっていた様だ。だが、あの存在に気が付いた者が他にいて助かった。議長、あなたの言う通りだった。謝罪します」


「こちらこそ。同じ考えを持っていた者が居てよかった」


 言い方は違えど、全く同じ内容を口にした二人は、どこかホッとしたように謝罪し合っていた。


「うーむ。君達がそこまで言うか。一体どんな存在なのだ?」


「蛇が現れるほんの少し前に、こちらの世界に現れかけた……恐らく宇宙です。この星よりも、この星よりももっと大きくて、もっと重い、か、怪物です」


「蛇が現れた直後に感じ取りました。負の、呪いの化身。世界のありとあらゆる恨みを司る者。あれは間違いなく人ではありません。そう、邪神です」


「なに?」


「今何と?」


「なんか微妙に違うくないか?」

「蛇の前後に現れた?」


 二人はその存在がどれ程恐ろしいか熱弁したが、どうも少し話が違っている。会合の出席者達も混乱している様だ。


「あれは恨みではなく怒りだ。負や呪いとは関係ない」


「何を言っているのです? あれほど真っ黒な怨念を怒りなどと」


「怨念で星を砕けるものか。あれは純粋な質量と密度、そして力の怪物だ」


「単なる力が万物の精神に寄生し、蝕み狂わせる事など出来ません。全く抵抗も出来ずに。それを邪神と言わずして何と言うのです?」


 どんどんと熱を帯びていく二人に、会合に参加した者達もさてどう言う事だ? というかどう収めたらいいんだと、議長に顔を向けている者が多い。


「落ち着け二人とも。話を整理しよう。仮面よ、蛇が現れる前にその存在が現れかけた。間違いないか?」


「ええ議長」


「巫女は現れた後?」


「はい」


「となるとだ。両方いたのではないか? その存在達は」


「なるほど。ですがこちらの方がより脅威、いや、目的は同じだった。とにかく、私は調査に関して絶対に反対です。本当に関わるべきでない」


「私も仮面の意見を支持します」


「放置だって? 無理だろ」

「しかり。放っておける存在ではない」

「あの2人が恐れる存在か。興味あるの」

「どんなもんなんだろうな」


 巫女も仮面も冷静になり、そもそも意見は同じなのだと、改めて議長に調査の反対を表明する。しかし、普段は発言しない二人がここまで言っている事に対して、むしろ会合のメンバーは興味を引かれてしまったようだ。


「君達が恐れている存在は確かに気がかりだが、あの蛇を調査しないという訳にはいくまい。皆の意見は?」


「同意する」

「だな」

「確かに」


 口々に議長の意見に同意する声が上がるが、仮面も巫女もはいそうですかと納得するわけにはいかない。


「どうしてもと言うなら……ここで全員殺す」


「同じく」


「は?」


 全く唐突な仮面の言葉に、巫女を除く出席者全員がポカンとしてしまった。だが二人とも本気で言っていた。


「何言ってんだ?」

「本気か?」

「おい、やっぱり今日の二人はおかしいって」

「正気じゃないわい」


「俺はこの場の誰よりも正気だ! 最終的に世界のバランスを保つのがこの会合の目的なら、俺は誰よりもその意志に従っている! いいか!? 冗談でも何でもなく、星を滅ぼせる奴に触れるなと言っているんだ!」


 絶叫する仮面の言葉に、一同は声を失ってしまうが、仮面と頷く巫女が本気も本気の臨戦態勢に入った事を察し、全員席を立ちあがった。


「落ち着け! 全員落ち着け!」


 今まで一度もなかった事態に、さしもの議長も声を荒げて制止する。


「仮面と巫女がそこまで言うんだ。とにかく調査は一旦保留しよう」


「求めているのは保留じゃない! 完全なものだ!」


「分かった分かった!」


 全く譲らない仮面と巫女を何とか宥めながら、会合は終わりへと向かっていく……。




 ◆


「あの仮面が絶叫する程なら確かに拙いのだろうが、調査しないわけにはいかんだろう」

「さて、興味あるのう」

「何が出るかのお楽しみ」

「それほどの強者に合わずしてなんとする」


 不安、興味、楽しみ。


 仮面と巫女の警告は、正しく受け止められながらも、正しく理解されなかった。






 ー好奇心は猫を殺すと言ったが、それが羽虫以下なら?ー





後書き


時間があれば、今日中にカードのギャグ説明を投稿する……かも

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