19

「あー、携帯持ってる? お母さんかお父さんに連絡して迎えに来て貰おう」


「ひっく。取り上げられた……」


「そっかあ、流石に今空き地に戻るのはマズいよなあ。番号覚えてる?」


「覚えてない……」


「そっかあ、タクシーは……ダメださっきの混乱で道が混みまくってる。歩いて帰ろうか」


「ぐしゅ。はい……」


幹也はもう大丈夫だろうと判断して、アリスとマナの2人をとりあえず家に帰してあげようと思ったが、聞けば携帯は取り上げられてしまい、番号も覚えていないようなので、徒歩で彼女達を送り届ける事にした。ちらりと今手押しでいる盗品のバイクに乗る事も考えたが、ヘルメットもしていない少女2人を乗せると間違いなく警察がすっ飛んでくるため、そのまま手押しで歩き続ける。


(このバイクと携帯どうすっかなあ。警察には誘拐犯を追うためでしたって素直に言っても、じゃあお名前と住所はって言われると一発で御用なんだよなあ。あ、そうだ! 警察に追われる立場だからすっかり考えから抜け落ちてた。この子達警察に保護してもらえばいいじゃん。そんでバイクと携帯も置いて、これ使った知らないおじさんが助けてくれたって言って貰えば解決じゃね? うんうん。バイクにへこみは……これなら大丈夫だろ。後は警察が元の持ち主に届けてくれるだろ。それで行こうそうしよう)


「お嬢ちゃん達、お巡りさん呼ぼうか。ギリギリまで一緒にいるから、後はお巡りさんがパパとママに会わせてくれるよ」


「ぐす。あん、おじさんと一緒がいい」


「ぐしゅ。私も……」


「そっかあ。今更だけど怪我はない?」


「うん」


我ながらベストアイデアと早速提案する幹也だったが、涙を浮かべて縋るようにそう言われたら仕方ない。彼女達の様子を見ながらまた歩き始める。


「ところでお嬢ちゃん達のお家何処?」


「あそこ」


「ああ」

(やっぱりね)


アリスの指さした先、そこには外見だけでも分かる超高級タワーマンションが聳え立っていた。



「はあ」


思わずため息を溢す幹也。それもそのはず、まず玄関からして入るのをためらってしまう程の佇まいなのだ。はっきり言って自動ドアにすらビビっていた。


「ええ……」


「こっちです」


しかし少女達は勝手知ったる我が家の入口と躊躇いなく入って行くため、慌てて盗品のバイクを置いて付いて行く。


「いかんでしょ……」


幹也の予想通り、そこは恐ろしい空間だった。ピカピカに輝いている石材の床に、顔どころか体全体を反って見上げれるほどの天井、そしてマンションの筈なのに存在するホテルの受付の様な一角ときた。こんな場所に小汚い格好をした庶民の自分が居てはいかんでしょと、悪魔を呼び出した術者に轢き逃げをかました時より緊張していた。


「西園寺様に扇様!? よかったご無事でしたか!」


「ママかパパいる?」


「少々お待ちください今連絡いたします!」


そんな中、受付係の女性がアリスとマナの姿に気が付いたようで、慌てて2人に近づき無事を確かめていた。どうやら既に彼女たちが誘拐されたと伝わっている様だ。


「あれ? 姉妹じゃないの?」


「私のママとマナのママが姉妹なの。そんで私は西園寺アリスよろしくね」


「扇マナです」


「ははあ。あー斎藤幹也って言います」

(その割に双子みたいだ。えらいお袋さんの家の血が濃いんだな。待てよ? ベルトルド総長が呼べたって事は聖女関係の筈。となると母方の実家がそう言う関係かね)


苗字が違う事に疑問を覚えた幹也だったが、どうやら彼女達は姉妹ではなく従姉妹だったようだ。


どうやら彼女達は家に戻れて元気を取り戻したらしい。今更ながら自己紹介をすることになった。


(本人を召喚したわけじゃないけど、もし総長に会ったらお礼言っとかないとなあ。贈り物は胃薬でいいかな?)


「アリス! マナちゃん! ああよかった!」


「ママ! うわあああん」


「叔母さん! ひっぐ」


幹也が自分達を助けてくれた勇者へのお礼は何がいいかと考えている最中、エレベーターから一人の女性が慌てた様子で出てくると、アリスとマナを見つけて駆け寄って抱きしめる。


(いやあよかったよかった。家族が無事なのはこれ以上ない良い事だ)


『現在の条件に対する複数の該当を検出。連続召喚しますか?』


(いいさ、どうせあの人ら同士で家族自慢が始まるだけだ。それよりも、だ)


そんな彼女達を見ながら、幹也はマスターカードをシャッフルすると一枚のカードを引き抜く。


(太陽の正位置。幸運、幸福、繁栄。ならいい。役目が終わったら消え去る。そうですよね隊長)


「あのねママ! 助けてくれた人がいて!」


「お礼をしないと、あれ?」


泣き止んだアリスとマナ、2人が振り返った先には誰もいなかった。


幹也がいた証拠は、どうか持ち主へ返却お願いしますと書かれたメモと、それが置かれていたバイクと携帯だけであった。





(昨日は3人も客が来たぞ。ふははは)


騒動が起きて早数日、幹也は早起きは三文の得と言う言葉を信じて、朝早くから座って占いを行っていた。どうやら昨日は客が来たようで上機嫌だ。


(マスターカードで色々買ったコンビニには金を押し込んだから借金も返済した! 服だって買った! 銭湯にもいった! なんて素晴らしい! 次はシャワーがあるインターネットカフェを目指そう! メンバーカードにマスターカードを使うくらいはいいよな! ははははは!)


各段によくなっていく生活環境に、幹也が心の中で高笑いしている時にそれは起こった。


「やっぱりそうだよアリスちゃん! おじさんだ!」


「え!? 本当だ! ちょっとお礼も受け取らないでどこ行ってたのよ!」


「な、なに!?」


生活環境の上昇で浮かれ切っていた幹也は、車の往来がある所で座るくらい油断していた。そのため見つかってしまったのだ。


「あんまり見つからないから、もうちょっとであんたが勘弁してほしそうだった警察に頼るところだったわよ!」


「おじさん車に乗って下さい。ちゃんとお礼しますから」


「そうそう!」


急に幹也の前で止まった車、その窓から顔を突き出す見覚えのある少女達。そんな彼女達に幹也は何を思ったのか……。


「ひ、ヒモは嫌じゃあああああ!」


逃亡したのであった。


「ちょっと待ちなさい!」


「おじさん!?」


幹也が慌ててポケットに突っ込んだマスターカード。そこから一枚、太陽のカードが零れ落ち、それに描かれていた顔がニヤリと笑っていた。

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