勇者ベルトルド
ー当時の事を亀田巡査長は振り返る
『ええはい。私があの場にいた警察官です。最初は少女達が拉致されたという連絡があり、偶々近くにいた私がその場へ急行したんです。まあ最初は戸惑いましたね。向かえと言われた場所は大通りで、しかも朝早くの時間でしたから、何かの悪戯と思ってたくらいです。でも色んな市民の方から通報があったんでしょうね。一気に無線が騒がしくなって他の警察官にもどんどん指示が出始めたんです。その時になってようやく、あ、本当に何か事件があったんだなと思いました』
『現場に着くとそりゃあ驚きました。道のど真ん中に高級車が止まってて、しかも窓ガラスは割れてドアは全部開けられてたんです。歩道の方では男性2人が介抱されてましたが、その時は気絶していたようでしたね』
『自分が着くとほとんど同じくらいに救急車も到着して、それなら現場保存と交通整理だなと色々パトカーから取り出している頃には報道ヘリも飛んでましたね。後で知ったんですが、別の事で使ってて偶々あの場に居たそうです』
『その後私は交通整理じゃなくて、目撃者の方が拉致された少女達の車がどこに行ったか教えてくれたので、その後を追うためにパトカーに乗ってその場を離れたんです。そしたら5分も経ってたかな? 出たんですよ。え? 何がって勇者と巨人ですよ』
『いや、巨人の方は分かりやすいんですけど、中年の男性は若くないから勇者じゃないとかネットで言われて、英雄って呼ばれてたりしますから分かり難いですよね』
『ああすいません話を戻します。最初は巨人の方でしたね。あの大きな口を開いて叫んでたんですよ。あれは喜びの叫びでしたね。想像できますか? いきなり何十メートルもある巨人が現れたんですよ? もう頭がおかしくなりそうでした。勿論近くにいた人たちも同じでしたよ。ポカンとしてる人が一番多かったですね。暢気にスマホで動画撮ってる人もいたんですが、今思えばよくやるなあの一言ですよ』
『でもずっとポカンとしてる場合じゃなくなりました。巨人がこう、なんと言うか、物の固さを知るために指でそれを叩いたりするじゃないですか。多分それとおんなじ感覚だったと思います。隣で解体中だったビルに横に腕を振ったんですよ。そしたらもうガシャーンですよ。少し離れた場所にいましたが、それでも大きな物の壊れる音と、ああ、やっぱり脆いなって喜んでるような巨人の叫び声です』
『ええはい。それで生物の本能がブツッと切れたんでしょう。気が付けば巨人に向かって銃を発砲してました。これも後で聞いたんですけ、同じような理由で付近にいた他の警察官、5人だったかな? も全員撃ってたみたいです。まあ全く効果が無かったんですけど。どうして分かるって、そりゃあこれぽっちも痛がらずに、次は何を壊そうかなあってキョロキョロしてたんですから、そりゃあ全く効いてなかったでしょう』
『それでビルが壊れてパニックになり始めた市民の皆さんを見て、一体どうする!? って辺りを見回していた時でした。巨人がポイって何かを投げたのが見えたんです。その時死の間際に人間の意識が加速するのは漫画の世界じゃないんだと実感しました。ゆーっくり見えたんですよ。こっちに来てる太っい鉄骨が』
『ああ死ぬんだなって思いました。でもそうはならなかった。理由は貴方も分かるでしょ? 勇者がいたんですよ』
◆
「【我が身に金剛力よ宿れ!】」
ゆっくりとした世界。加速する意識の中、亀田巡査長ははっきりと見た。横から飛び出てきた男、年の頃は30代後半だろう。彼を一言で表すとしたら巌と言うべきか。時代錯誤な鎧とマントの上からでもわかる筋骨隆々とした肉体をしており、生気溢れる顔は獅子の様な金髪に彩られていた。
「ふんっ!」
そんな男が何をするかと思えば、左腕に着けている盾でその鉄骨を防ごうとしていたのだ。意識だけが無茶なと思ったが、なんと男はまるで木の棒でも払うかのような気軽さで亀田に飛んでくる鉄骨を逸らすと、そのまま巨人の方へと突っ込んでいく。
『おおおおおおおおおおおおおおoooooooo!』
亀田が今日初めて聞く巨人の叫び。威嚇だった。目が無いにもかかわらず巨人ははっきりと己に接近する存在に狙いを定め、顔そのものと言っていい口から数えきれないほどの鋭い歯を発射する。
「ぜやあああああああ!」
一方男は、その体に似合った太い声で裂帛の呼気を吐き出しながら、自分よりも大きな歯を盾で、剣で、時には籠手で弾きながら全く足を止めることなく、一直線に巨人へと接近する。恐ろしい事に全く回避と言う行動をとらず、本当に一直線。最短ルートをひた走る。
『オオオオオアアアアアアアアアアァァァァァ!』
長いとはいえ、遂に自分の腕の間合いまで詰められた巨人は、その両腕を天高くまで掲げると、一息の間に渾身の力で男に叩きつける。
「はああああああああ!」
『オ、オ、オオオオオオオオオ!?』
まるで隕石が落ちたのではないかと思わせる衝撃と土煙が巻き起こるが、巨人がわざわざ男の生死を確認する必要はなかった。そのまま土煙を切り裂きながら飛び上がって来た男に、巨人がはっきりと恐怖の叫びを上げる。
『グウウウウウウオオオオオオオ!』
「【聖なる 炎が 悪魔を 焼く】!」
『ガッガアアアアアアアアア!?!』
ならばと巨人はその口でもって男を噛み砕かんと迎え撃つが、男がまるで殴りつけるように突き出した拳から迸る炎が、その口の中で渦を巻いて爆発し、巨人が激痛のあまり両手で顔を押さえた時には勝負は決まってしまった。
「【蒼天の 光よ 悪しき 神敵を 撃ち滅ぼせ】! 滅せい!」
巨人の頭部に着地した男は躊躇せずその右手に握っていた剣を突き刺すと、力ある言葉を唱えることによって剣に更なる力を注ぎ込み、その力の奔流で巨人を中から焼き尽くす。
『オオオオオオォオオオオォォオォォォォ……………』
それが止めの一撃だったのだろう。断末魔の声を上げながら巨人は膝から崩れ落ち、肉体はまるで光の粒子となったかのようにどんどんと消えていく。
「あ、な、なんだ!? 何だったんだ!?」
ようやく亀田が話せるようになった頃には、ビルの残骸と巨大な窪み、それと近くに落ちている鉄骨だけが先程何があったかを証明しているだけだった。
◆
(ベルトルド総長ありがとうございまあっす! 流石は兄貴の選ぶ最強人間ランキングトップ10入り! 俺が召喚できるのは、俺を認めてくれた人達、兄貴の記憶から取り出した劣化コピーの影絵だから不安だったけど、昔の総長あんなに強かったんか!)
一方幹也は現実逃避していた。少女達を救っても悪魔が人死にを出しては意味が無いと腹を括って現場の近くにいたのだが……。
「ひっぐひっぐ」
「うええええ」
その助けた少女達が離してくれないのだ。
「あー、ほらもう大丈夫だから。な? な?」
この少女達を救うために自分がひた隠しにして来た秘密を切り捨てた。それに後悔は全くない。だがこの時ばかりは途方にくれてしまう幹也であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます