第18話 氷解?

 昨日、黒木さんと打ち合わせをしたマクドナに俺と宇和島先輩はやってきていた。

 相変わらず、心配なぐらいに客が少ない。


「お、ポテト割引中か。よし、芋食おうぜ、芋」

「はい、ガンガンいきましょう」


 俺と宇和島先輩はそれぞれの飲み物と、期間限定割引のポテトを最大サイズで5つ買い、窓から離れた4人がけの席を陣取った。


 その後トレーの上にポテトの紙容器をひっくり返し、ポテトの山を築く。


「やば、まじデカイ。食べようぜ」

「はい」


 2人してやけくそにポテトを食べた。

 程よい塩気と油分が、次のポテトを促す。

 時折現れるサクサクした食感も変化があって良い。

 俺は一心不乱にポテトの山を食べ崩していった。


 しばらくポテトを食べ続け、大盛りの山が、中盛りの山になったころ。


 加美川先輩がアイスコーヒーの乗ったトレイを手に現れた。


「……うわ。2人とも、なんでそんなにポテト頼んでいるのよ」

「先輩、お疲れ様です。知らないんですか? 放課後男子は基本エネルギー不足なんですよ」

「文芸部ではそんなに食べていないじゃない」

「あーいやー」


 長時間外にいたのだろう、先輩の腕や顔が少し赤くなっているように見える。

 それだけ長い時間、グラウンドにいたということなのだろう。

 その事実を見せられて、俺はちょっとモヤっとしてしまった。


「お、加美川さん、いらっしゃい。席はセルフで頼む」


 そう宇和島先輩が促すと、加美川先輩は隣の空いているテーブルを合わせ、一つ椅子を飛ばして、宇和島先輩の隣に座った。


「助かったわ。連絡ありがとう宇和島くん」

「そっか。よく分からないがそれはよかった」


 そうして、しばらく体に溜まった熱を逃すように、加美川先輩はアイスコーヒーを口にして、疲れた息を吐いた。


「それで先輩はグラウンドでなにをしていたんですか?」


 一息つき終わったタイミングを計り、俺は先輩に尋ねた。

 いきなり聞くのはどうかと思ったが、もやもやした気持ちをどうにかしたくて止めることができなかった。

 どう考えてもタイミングが悪い。


「見ていたの?」

「はい。あのグラウンド、文芸部からよく見えるじゃないですか」

「確かにそうね。ごめんねサク君、連絡もなしに」

「いいですよ。結局どうしたんですか?」


 改めて俺が尋ねると、加美川先輩は大きく息を吐きもう一度アイスコーヒーを口にした。髪の毛をいじり出し、少し苛立ちが伝わってくる。


「ん、クラスメイトの付き合いでね。無理矢理野球部の見学よ……。周りの人たちがやたら行け行け言ってくるし、なんかなかなか帰してくれないし、宇和島君から連絡が来た時は助かったわ」

「そう、だったんですね」


 肩から力が抜けたような気持ちで、息を吐き出す。

 クラスメイトの付き合いか、付き合いね……ん?


「先輩、なんかおかしくないですか?」

「なにがおかしいのかしら?」


 俺の言葉に、加美川先輩は首を傾げた。

 俺は脳裏に引っかかっていた、黒木さんの件を言葉にした。


「黒木さんはクラスが総出で、俺と付き合っていること強要されていました。加美川先輩も周りの人間が無理矢理強要して、野球部の見学に連れて行かれました。なんか関連性ありそうじゃないですか?」

「偶然じゃないのか?」

「そうよ、変に考えすぎよ」


 俺の意見に、先輩たちはやんわりと否定する。

 一連の流れを偶然で片付けたほうが、話も早ければ、終わりも良い。


「でも、一年以上、なんもなかった文芸部に、こうポンポンと色恋沙汰がやってくるのはさすがに違和感がありますよ」


 そう、おかしいのだ。時期、間隔が狭すぎる。

 こんなフィクションめいたことが連続してポンポンと自然発生するわけがない。


 俺の言葉に、加美川先輩は目を瞑り、考えるふうに指を顎の下に添えた。


「あれって色恋沙汰だったのかしら」


 俺は顔からポテトの山につっこんだ。

 先輩は露骨に親しげなあのアピールを見過ごしたのか?

 人の機微を文章で表す小説家あるまじき見逃し、ましてや恋愛小説が得意分野の先輩としては、アウトだ。いろいろとアウトだ。


「いや、だって、あの野球部員めっちゃアピールしてましたよ、先輩!?」

「てっきりルーティンワークなのかと」

「先輩だって手を振っていたじゃないですか!」

「あれは野球部のマネージャーが後生だから手を振って欲しいって頭を下げてきて仕方なく」


 なんだそれは。


「はは、よかったじゃないか佐々倉」


 ケラケラと笑いながら宇和島先輩はヒートアップしそうな話に割って入った。

 俺はため息を一つ吐き、心を落ちつかせた。


「まあ、先輩ほどのビブリアジャンキーが突然、色恋沙汰に嵌るなんて――痛ツ!」


 ぬっと加美川先輩から腕が伸びる。彼女は中指に親指を引っ掛け力を込め、丸まった中指を弾き、俺のおでこを叩いた。


 要はデコピンだ。

 見れば、先輩は唇を不満そうにとがらせ、むっとこちらをにらみつけていた。

なにか怒っていらっしゃるようで。


「サク君、それはどういう意味かしら?」

「い、や、その、どうしたもこうしたもーー痛ツ!? ちょっとーー痛ツ!?」


 連続でビシビシと指を弾かれおでこにダメージを負う。

 先輩の容赦なしの全力デコピンだ。

 冗談じゃなく痛い。


「ほんと、冗談じゃなくてへこみますよ」

「君はもうちょっとデリカシー覚えなさい」

「了解です。すみませんでした」


 俺は頭を下げて謝罪した。

 なにが琴線(きんせん)に引っかかったのかよく分かっていないが、俺のおでこを守るために、蒸し返さないでおこう。


「うん、素直で結構。これで許してあげるわ」


 そんな俺を見て先輩は怒りを収め、俺のポテトの山から何本かポテトを奪い取った。長時間外にいたためか塩分が不足気味であろう先輩はとても美味しそうにポテトを食べていく。


 数本のポテトは瞬く間になくなってしまった。

 口寂しいのかチラチラと加美川先輩はこちらのポテトの山を見てくる。


「……もう少し食べます?」

「え、いいの?」


 花が咲いたように笑顔になる先輩。

 その笑顔はずるい。


 結局、ポテトの残り半分は加美川先輩に献上することになった。

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