TRPGプレイヤーズ

鏡読み

第1話 佐々倉サクと加美川ミサト

「お願いサク君。シナリオを作って!」


 佐々倉サクこと、俺は、突如、椅子から立ち上がった加美川(かみかわ)先輩に文庫本を叩き付けられた。


 ここは金曜日の文芸部部室。

 部室内には部員の俺と加美川先輩の二人。


 広くない部屋に長机を並べ、割と緩く文化祭で配布する冊子の小説のプロットを練っている最中のことだった。


「いてて、なんですか?」


 加美川先輩はぱっと見、かなり見栄えの良い文学女子だ。


 今日も緩く三つ編みにまとめた長い髪を肩から流している。

 細い肩に体付き、学校指定の白いブラウスをきっちりと着こなし、スカートは俺からはよく見えないがひざが見え隠れする程度に落ち着かせている。うん、見事です先輩。


 彼女は文芸部部長として日夜研鑽を積み、去年公募に出した小説は二次選考を抜けるほどの文才の持ち主だ。


 いや、才能というには少し違うかもしれない。


 先輩は一日中雑多に本を読み、その膨大な読書量に裏打ちされた脅威の文章力をほこり、我が文芸部を規定人数未満の状態で部活動として認めさせた恐るべき存在だ。


「……うーん」


 そんな先輩が、今険しい顔で俺を睨んでいる。


 お願いをするという表情ではない。どちらかというとプライドとの葛藤が見え隠れするようなそんな表情だ。


「どうしたんですか?」


 俺も自身の目標はゲームクリエイターになることだ。

 文芸部にいるのも、文の書き方を学ぶために入部した。


 だから、シナリオを書けというのなら、受けて立つことこの上ないのだが、先輩からシナリオを書いて欲しいと言われるのは、文芸部に入部して以来、初めてのことで、さすがに理由を聞かざるおえなかった。


「どうしたもこうしたもないわよ。ちょっとね……」


 伏し目気味にいう加美川先輩。

 このビブリアジャンキーが文章のことでそんな顔をするなんて……俺は思わず窓の外を見た。


「……帰りは雨かな」

「予報は晴れよ」

「なぜ、先輩が俺に頼むんです?」

「悔しいけど君が適任なのよ。目指しているんでしょゲームクリエイター」


 腕を組み、眉間にシワを寄せ、ふてくされた子供みたいに頬を膨らませる先輩。

 ちょっと可愛いなとは、口に出さず、俺は叩き付けられた文庫本を拾った。


「それで、この本は――なんですこれ? ゲームの攻略本みたいになってますよ」

「あら、知らないの? それはTRPGのルールブックよ?」


 まこと残念な顔で接してくる加美川先輩に俺は少しムッとなった。

 確かに遊んだことはないが、そんなに煽らなくてもいいではないか。


「聞いたことがあります。なんでもびっくりすると産地SUN値直送直葬して死ぬゲームですよね」

「……サクくん、あなた本当にゲームクリエイター目指しているの?」

「やー、デジタル専門なんで」

「アナログゲームだっていうのは知っているのね」

「そりゃ流石に」


 テーブルトークロールプレイングゲーム略してTRPG、先輩には冗談で返したものの、知識としてどのようなものかは知っている。


 テーブルを囲み、プレイヤーと進行役に分かれ会話をしながら物語を進めていくというゲーム。デジタルゲームが溢れ返る世の中であっても、いまなお根強い人気を誇り、一人でもTRPGが遊びたくてかの有名なダンジョン探索RPGウィザードリィが生まれたという話は知っている人なら知っている有名な逸話だ。


「それで、先輩はこのルールブックを元に俺にシナリオを作れと?」


 パラパラとめくって見るとどうやらファンタジーっぽい世界観のようだ。


「そうよ。手始めに参加者4人で盗賊を倒すシナリオなんてどうかしら?」

「おー、そんな出だしのゲーム遊んだことないのに、なんだかお約束っぽい流れを提案してきますね。いいっすよ、やってみますよ!」


 俺の返事に先輩は花を咲かせたように笑顔になった。

 ああ、この笑顔は……。


「そう、それはよかった。それじゃ今週の土曜日までに一本よろしくね」


 先輩の腰からひょこりと悪魔の尻尾が生えてくるところを俺は幻視した。

 無茶振りを押し通さんとする喜色満面無敵悪魔な笑顔に俺はツッコミを入れざる終えなかった。


「それ、明日じゃないですか!」

「よろしく」


 俺が放ったツッコミは先輩には効果がなかったようだ。

 虚無感から俺は机に突っ伏した。


 それはもうすぐ夏休みが始まろうとするそんな季節のことだった。


 そうして俺こと佐々倉サクの高校二年の夏はTRPGと共に始まったのだった。

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