傍らに模型

神代 哲

第1話 宝物

 兄の宝物。

 幼い頃、兄が祖母に買ってもらったガンダムのプラモデル『MS-05 ザクⅠ』、通称『旧ザク』と呼ばれるヤツだ。

 フルフェイスのヘルメットを彷彿とさせる真ん丸い肩アーマー。一つ目の骸骨を連想する面構え。『ザクⅡ』に付いている動力パイプや肩シールド等が排除された非常にシンプルなデザインが、如何にも旧式と言う雰囲気を醸し出している。

 大人に成った今の私の視点でも、素晴らしいと思える秀逸なデザインである。

 兄は祖母にそれを買ってもらって以来、学校から帰るなり部屋に引きこもるように成った。

 友人達からの草野球の誘いも断り、家族のみんながドリフで大笑いしている時にも何処吹く風で作業に没頭していた。

 縦31cm、横20cm、高さ8cm。百科事典程の大きさの箱の中にはビッシリとランナーが詰まっており、小学校低学年の児童が作るには些か荷が勝ち過ぎていたが、それでも兄は数日かけて、誰に頼るでもなくそのキットを作り上げた。

 苦難の末作り上げた事もあり、兄はそれをとても気に入った。

 箱の側面に撮られた写真のポーズを順番ずつ決めてみたり、アニメのシーンを真似たりを、壊れない様に慎重に動かしながら何度も飽きる事なく繰り返した。

 勿論、人に見せて自慢もした。弟である私は当然として、ガンダムのガの字も知らない母にまで丁寧に説明しながらポーズのリクエストを聞いたりもしていた。

 何時に成ったら飽きるのだろうと私は……きっと私を含め兄を知る者全てが思っていただろう矢先、それの終わりは突然、そして誰も望まぬ形で訪れるのである。

 兄が友人を家に招いた時の事。

 何時もの様に兄が自慢の宝物をお披露目する為、友人を家に連れて来た。

 当時から人見知りだった私は、初めて招かれた友人を前に尻込みし、遠目で様子を伺う。だが、そんな事はお構い無しに兄は友人に自分の宝物を誇らしげに披露していた。

 説明書に書かれていた設定資料をスラスラと解説し、ポージングを決めて見せる。すると、友人は「貸して」と言い、そして、兄は何の躊躇いも無く、快く友人に大切な宝物を渡した。

 それはあっという間の出来事であった。

 友人は兄の宝物を両手で持ち、天を仰ぐ様に持ち上げる。その両手がブルブルと震えた瞬間、宝物は一瞬でバラバラに散開してしまったのだ。

 兄は泣いていた。涙を流していなかったが泣いていた。

 友人も泣いていた。口は笑っていたが泣いていた。

 その時の光景は大人に成った今でも私の胸の奥にこびりついて離れない。まるでフライパンに引っ付いて取れなく成った焦げの様に……



 ーー追記ーー

 幼かった兄も今では子を持ち、教壇で鞭を執っている。

 久しぶりに会った兄。子に優しく接する父の姿は今も尚、宝物が胸の奥に輝き続けている事を私は感じた。




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