第””話
現在ゲーム中なのは颯と大樹を除いた四人。
遊んでいる俗にスマッシュ兄弟ズと呼ばれるゲームに、四人対戦で挑んでいた。
「あ、あ、ちょ、あっ」
そして叶はなぜだか知らないがポンコツ再発を果たしている。攻撃するにも目を瞑るし、フィールドから外に出てしまえば復活すらできない。
最初に残機設定をしてプレイしたときに叶が真っ先に終わってしまったので、里奈が気を遣って時間制限モードに切り替えてくれたようだ。時間内で倒した人数を競うそのゲーム内においても、叶の勝ち目というのはゼロに等しかったが。
「颯、叶は酷いもんなんだね」
「ああ、いつも家ではああなんだ。さっきまでは大丈夫だったんだがな」
「それにしても見てて楽しそうだけど、お前」
「いや。かわいいだろ、あれ」
「………なんかすまんかった」
呆れた様子の海斗が天を仰ぐので軽く小突いた。
腹に直撃を食らった海斗は、無駄に高度な吐血の演技を披露する。血を吐いてから地面に伏すまでがセットだ。里奈が「え、え、え?」と焦っていたことからも完成度の高さが分かると思う。
「お前それ小さい子供の前とかでやったら泣かれるぞ?」
「大丈夫。やるとすれば仲間内の前だけって決めてるから」
「無駄にキラキラしたサムズアップされてもその状況じゃ締まりがないんだが」
倒れた状態で顔だけ挙げてサムズアップする海斗。その元気そうな様子を見て里奈が安堵の息を吐き出していた。ちなみに方向的に海斗から見えない方向に里奈がいるので、彼女の様子に気が付いていないようだ。
「あ、イノが無双してる」
「あいつスマ
「それな。マジで勝ち目ないもんな。どれだけやりこんだんだよって話だわ」
イノが本気でやっているところを見たことがないぐらいには彼女はスマ兄が得意だった。唯一対抗できるのは颯の身とは言え、それでも三回やって一度勝てればいいほうだ。
そんなことを考えてたら、スマ兄の方は終わったようだ。無事勝利したイノが無言でガッツポーズをしている。
颯には、大敗して落ち込んでいる叶が抱き着いてきた。心なしかその目は潤んでいるような気がした。颯に抱き着く姿勢のまま彼を見上げる。
その状態で上目遣いされると心臓に悪かった。
「ゆーまぁ、勝てないー……」
「よく頑張ったな」
とりあえず機嫌を直してもらおうとねぎらいを口にすると、少し陰鬱とした雰囲気が晴れた。
そんな二人を見守っていた海斗は、叶が抜けた穴を埋めるために里奈に弾きヅラれていった。叶はそれを見て、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「ゆーまもゲームもっとしたいよね」
どうしても叶がゲームが苦手なモードに入ってしまったため、それに付き添いで颯のゲームする機会が少なくなっている。叶はそれが心配だったようだ。
颯としては叶と家で散々ゲームしているため、そこまで求めているわけではないのだが。どちらかと言えばこうしてみんなを見守っている方が楽しかったりする。
「心配すんな。俺は叶といられればいいから」
「……そう?」
「ん」
少し機嫌は戻ったが未だ落ち込み気味の叶が、颯のことを強く抱きしめる。彼女としては精一杯強く抱きしめているのだろうが、颯にとってはやはり弱い。
こういうとき、女子だなと実感する。それがどうしようもなく擽ったかった。
ぽんぽんと叶の頭に手を置くと、彼女は少し恥ずかしそうに颯に顔をうずめる。
「幸せです」
「そりゃどうも」
弱った彼女は普段とは少し違っていて、対応に困る。明らかに普段より早い心音を意識しないように頭を掻いた。ぎゅうぎゅう締め付けてくる叶が吐く息が温かい。
自分が叶を幸せにできるのであれば。そんなとりとめのない思考が頭を支配する。
………叶にとって、自分はどういう存在なのだろうか。颯にとっては、大事な大事な人だが。思わず嘆息すると、叶がこちらを小さく見上げていることに気が付いた。
「どうした?」
「……ため息なんてついてるから。どうしたの?」
「別に。なんでもない」
本人に言えるような内容ではないし、言ったところで解決するかと言ったらしないだろう。自分でそう思って、さらに落ち込む。
その沈んだ様子を見て、叶は何をすればいいのかわからず焦っているようだった。「えっと、えっと」と言ってあたふたしている叶が可笑しくて、思わず笑みを浮かべる。その表情を見て叶は安心したように息を吐いた。
「よしよし」
彼女は何を思ったのか、颯の頭に手を伸ばす。
そのまま、優しく彼の頭を撫でるのだった。身を焦らすような気恥ずかしさと嬉しさとが
余った両手を、叶の背中に回して抱きしめた。自分の両手が触れる彼女の背中が小さいことが、無駄に颯の心臓を苦しめる。
それをごまかすように遊んでいる友人らを見た。
二人仲睦まじく過ごしていたのだが、ついにゲームに駆り出された。
によによと気味の悪い笑みを浮かべる友人らを適当にいなしつつ、叶と二人で協力ゲームをするために隣に座る。
相変わらず続けていたのはスマ兄だった。今回イノ大樹ペアと対戦することとなったのは、二対二の残機制の時間制限なしのモード。
叶も颯との協力プレイであればできるのではないかという本人たっての希望で、これが実現することとなった。
颯はイノに見当違いな嫉妬を抱かれていて(「私は苦労しているのに、お前らは~~」のやつ)、彼女と大樹は非常に気合が入っていた。大樹の気合が入っている理由がよくわからないが、突っ込んだら負けだろう。
対して叶は、ほんわかとした笑みで未だに颯にくっついている。先ほど颯が隣に座ったというのに、叶はわざわざ足の間に収まりに来たのだ。
『3、2、1、Fight!』
開始の掛け声とともに、すべてのキャラクターが動き出す。颯の操作する人喰い花に、イノ愛用のゴリラが迫ってきた。
お前は何でそのキャラでそこまで動けるんだと言いたいほど、重量級のキャラの割には機敏な動きをする。途中で入る衝撃波のような攻撃に身動きが取れなくなることもしばしばだった。
ちらりと隣を見ると、大樹と叶はほんわかとした試合を繰り広げている。下手に叶の残機が減っても困るので、大樹の方に遠距離攻撃を飛ばす。見事直撃した大樹のキャラ、緑色の怪物が遠くに吹き飛んでいった。
すぐにイノの方に注意を引き戻すと、叶が襲われかけているところだった。後ろからイノをどつき、吹き飛ばす。
残機を減らして復活してきた大樹を叶に任せ、イノに追撃を加えていく。
「ゆーまありがと」
「おうよ。そっちは頼んだ」
「おけ。できるかぎり頑張る」
叶も試合が始まってからは表情が変わり、今では真剣そのものだ。その表情に浮かんでいる微かな笑みが、少しの獰猛さを孕んでいるような気がした。
颯は、自分の頬にも同じものが浮かんでいるのを感じる。
「こっわ」
「あいつらに協力プレイで挑むと勝ち目ないからなー」
後ろから海斗と里奈の声が聞こえてくるが、無視だ。無視。
そうこうしているうちに試合も終盤。もう既に残機を削り切った大樹と叶は何もすることなく画面を食い入るように見つめている。ように見えて大樹はほとんど寝ている。
イノが操作するゴリラのためにためたパンチが、間一髪のところで放たれる。微妙なタイミングではねたそのゴリラを追いかけるように、人喰い花が空を飛んだ。
『K.O.‼』
試合終了の画面になって、今までほとんど止まっていた息を吐き出す。
「いや、無理だわ」
「……ん、おつ。叶と一緒に戦ってる颯はえげつない」
「大樹、ほぼ寝てた」
「……そんなこと気にしてはいけないよイノ」
さすがにここまで緊迫した試合は精神的に疲れるもので、その疲れを体現するようにソファに転がった。柔らかいソファの感触が跳ね返ってくる。
そうしていると、叶が寄ってきて颯の頭を撫で始めた。
「よく頑張りました」
そうして笑顔で颯を見つめる。
「ん、さんきゅ」と返すと、嬉しそうに表情を緩めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます