第!”話

「いや、ほんとにすまんかった」

「許す。もっとやるがよい」

「無理や」


颯が即答すると、叶は少し不満げな顔をした。そして、頭を下げたままの颯の髪を、叶が優しく撫でる。


普段颯が撫でる側なだけあって、無駄に心臓が跳ね上がる。ただ、気配だけでも伝わってくる彼女の幸せそうな様子が、その手から逃げようとする颯の動きを止めていた。何とも言えないような気恥ずかしい思いで、叶の細い指が優しく触ってくるのを甘受する。


「ゆーま髪やらかい」

「なんでだろうな。……まあ、たぶんリンスパワーだな」

「だよね。知ってた」


私この感触好きー、と頭に顔を押し付けてくる。


さすがに気分がおかしくなりそうなので、叶の追撃を避けた。


「むう」

「はいはい、拗ねない」


キャンプ場でも日が暮れていて、わずかに赤らんだ空が遠くに見えるだけだ。夏だとは言えさすがに肌寒いような気がした。風呂に入るとはいえ、少し寒い。


今は叶とくっついていたから寒さはないが。


「ババ抜きやろ?」

「突然だな。別にいいけど」

「やったー」


にしし、と楽しそうに叶が笑う。相変わらずかわいい笑顔だと思って、そんな自分に一瞬呆れを覚えた。


ごまかすように近くにあったトランプを手に取り、二人でするのもなんだからと暇そうだった希子を巻き込みカードを配っていく。


「颯君、叶のババ抜きの苦手度合いは知ってて言ってるの?」

「知ってますけど。叶がやりたいって言ったんで」

「……救いようがないわね」


以前、というより過去に何度も叶とババ抜きをしたことがあるのだが、叶の戦績は酷いものだった。というよりそもそも、叶は嘘を吐くことが苦手なのだ。


だからこそ希子はああ言ったのだが、言い出したのが叶である限りにはそれを止めるなどという選択肢はない。


「ひどいなー、お母さんもゆーまも。私だって成長してるんだよ?」

「「嘘つけ」」

「ねえ、なんでそこで揃うの?」


心外だなー、と言うのを聞きつつ手札のうち揃っているものを場に捨てていく。一番少なかったのは颯だった。ただ、彼の手札の中には、陽気に笑う顔が半分白塗りのあいつがいる。

叶もそこそこあったが、希子のカードが極端に数が多かった。


「あれま。これは少し大変そうね」

「へへ、これは勝つるな……」

「ねえ叶、Kingが欲しいんだけど持ってる?」

「も、持ってないよー」

「持ってるのね。で、一番右端で合ってる?」

「あ、合ってないよー」


単純である。


目的のカードを叶の手札から抜き取ってご機嫌の希子と、希子に慈悲なく手札を取られて打ちひしがれている叶。親子としてそっくりかと言われたらそこはよくわからないが、二人が仲良く過ごしているのは間違いなさそうだった。親子の仲が良好なのは良いことだと一人頷く。


「ゆーまー、お母さんがいじめてくるー………」

「よかったな」


助けを求めて寄ってくる叶に、手札が見えるからと距離を取ったら一層悲しそうな顔をされた。だからと言ってどうすることもできなく視線を逸らす。


何が楽しいのかにこにことしている希子の手札からカードを一枚引き抜くと、そこに書いてあったのはダイヤの2だった。自分の手札の中にあったスペードのそれと一緒に場に捨てる。


颯の残り手札は早くも五枚。5分の1の確率で叶はババを引くこととなる。


ババだけを少しずらして持つと、叶が真剣に悩み始めた。


「この突き出ているのはババですか?」

「いいえ、ババではありません」

「………ほんと?」

「ん」


んー、と悩むものの、「裏をかくの裏をかく!」と言いつつ最終的に手を伸ばしたのはわざわざ少しずらしたカードだった。


「ふぎゃああ」


うん。ちょろい。


希子はと言えば笑いをこらえてうつむいている。叶は災難だったが、こんなにも素直な性格をしているのが逆に面白いのだった。


「で、叶の手札の中でどれがババなの?」

「これじゃないです」

「じゃあ、それ以外を取らせてもらうわね」


いかにも取ってくれと言わんばかりにババの存在を主張させるも、そんなに単純な策が叶以外に効くわけがない。


そんなこんなで結果は叶の惨敗。希子の数多かった手札も、いつの間にか半数に、そして叶を抜かし、という風になくなっていった。

逆に叶はババを持ったままあたふたと何もすることができず、颯と希子が上がっていくのを唇をかんでみていることしかできなかった。


そして出来上がったのが、テントの中で涙目になりながらクッションを抱きしめている叶である。


一言で言おう。

かわよい。


「なんでみんなあんな強いの」

「逆に問おう。なぜあそこまで弱いのか、と」

「ひどい」


ぺちぺちといつものように叩いてくる叶の手が、少し弱弱しい。そんなに衝撃を受けていたのだろうか。


「すまんて。でも、手加減されて何かするのも嫌だろ?」

「それはそうだけど……。むう」


何を思ったのか、後ろから抱き着かれる。そういう突然の行動はやめてほしいのだが。


「私は何が勝てると思う?」

「そうだな……。運動神経あたりだったら勝てる気がしないな」


叶は運動ができる。軽いし、女性なりに力が弱かったりはするのだが、それでも体力は颯よりもかなりあった。颯は昔から本を読んだりゲームをして過ごしたりしていたので、体力はほとんどない。

だから、そういう面で言えば叶に勝てる気がしないのだった。代わりに、勉強類であれば颯の方が上だ。


「そういうのじゃなくて、なんか普段のゲームとかで」

「体動かすゲームとかだったら大体叶の方が得意だよな」

「そっか。それもそうかもしれない」


途端に叶の機嫌が良くなり始める。


「えへへー。やったー」

「よかったな」

「うりゃうりゃー」


後ろからおでこを背中に押し付けられる。そのままぐりぐりとされていたのだが、不意に動きが止まった。

叶はそのまま、ぎゅうと抱きしめている手に力を入れた。いたたまれなくなって、気を紛らわせるために話を振る。


「なんでそんなに勝てるものが欲しいんだ?負けず嫌いなのは割と知ってるんだが」

「なんでって。………私が負けてばっかりだったらゆーまにとって私は必要じゃなくなるでしょ?」


どゆこと?と理解できないまま問い返すと、抱きしめられている力が弱まった。そのまま叶が離れていく。

温もりがなくなったことに寂しさを覚えたものの、それを態度に出すのは気恥ずかしく、悟られないように表情を殺した。


叶の方を振り向くと、さっきのようにクッションを抱きしめている彼女の姿が目に入ってくる。


「私にとってゆーまはいなくちゃダメな存在なのに、ゆーまにとって私が必要じゃないのは………やだ」


クッションに顔をうずめながら言う彼女の姿がいじらしくて、思わず目を逸らす。普段とは違って頬を少し赤らめた彼女は、颯にとっては心臓を早くするだけのかわいい人だった。


「俺にとって叶は必要だよ」

「ほんと?」


ぱあ、と目を輝せて叶がすり寄ってくる。まだクッションを抱きしめているのは羞恥心が残っているからだろうか。その耳は薄く染まっている。


「俺、料理できないし」

「………たしかに」


は、と頭の上に電球でも浮かんでいそうな様子で叶が納得する。颯はと言えば、頭の中では言った言葉と違うことを考えていた。


颯にとって、叶はなくてはならない存在だ。いなくなったら、それを想像することもままならないほどに近くにいることが自然となった彼女。

いつかはいなくなるかもしれないと心のどこかで思いつつも少し前まで行動に移していなかったのは、叶が近くにいることが自然過ぎたからだろう。


「叶は何で俺が必要なんだ?」


俺の叶が必要な理由はいくつもあるのだが。叶はなぜだろうかという疑問をそのまま口に出した。


その言葉に彼女は首を捻る。


「え、だって大事な人じゃん?」


一瞬、時が止まった。

何を言っているのか頭に入ってこなかった颯は、表情を変えることもなく固まる。


自分が何を言ったのかわかってない叶は、しきりに首をかしげていた。不安になり始めたのか颯にちょっかいを出し始めたが、それに対応できるほどの心の余裕がなくなっている。


こういうところも含めて叶らしいな、と。

他人事のように思った。

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