第一話 幸せな森、幸せな時間。

 テイン王国。大陸の北の方を統治する国家。立地的にも貿易面でも恵まれているにも関わらず、この国は今も鎖国状態が続いている。人々は自国で物を作り、自国の物を買い、自国の物を使う。商売も競争も緩やか、王に不利な情報は流れないので王への忠誠もあがる。相対的に見ると統制されていて他国よりも平和に見える。しかし、世は科学の時代。いまだに王の占いやまじないを信じる民がたくさんいるような国家はお世辞にも先進的とは言えない状態だった。そんな相対的に平和な国に生まれた一人がベレッタだ。彼女は物心ついたときには国の西に存在するヘーゼルの森にポツンと立っている家に住んでいた。都会の喧騒から離れ、特に問題なく平和に暮らしていた。

「ベレッタ〜?」

 母親に呼ばれたので二階にある自分の部屋からひとまず返事をして下階に降りた。

「今日もお使いを頼めるかしら?」

「もちろんです。なにが必要ですか?」

「食糧や日用品です。必要なものはこの紙に買いておくから」

 そう言われて一切れの紙とお金を渡された。その後支度をして、足早に家を出た。ベレッタはお使いの時が楽しい。家の周りの森は歩いているだけでも心地よいし、木々の隙間から洩れる陽の光も美しい。街の人々は鬱蒼とした森で近寄りたくないと言う人が多いらしい。勿体ない。そう思ったが、人々が近寄ればこの平和な森にも都会の喧騒が移って来そうなのでやっぱりこのままでいいやと思った。天衣のような木漏れ日に清澄な空気…願わくばこれが永遠に続けばいいのに、と思った。

 40分ぐらい歩き続けてやっと街が見えてきた。とりあえず頼まれた品々をさっさと買い揃えた。次に自分の物を買おうかと思い店に向かう道中、人混みを見つけた。どうやら新聞屋が新聞を配っているらしい。どうせ街のニュースなんて自分には関係ないので特になにもせず、自分の物を買って帰路についた…………

「号外」『イシロス陛下、魔女処分の勅諭発表。近日魔女摘発へ』

 お使いを終え、家に着いた。ドアを開けたらリビングには誰もいなかった。母がリビングにいないなら大体自分の部屋にいる。母の部屋のドアをノックしてドアを開けて入る。

「帰ってきました」

「ああ、お帰りなさい」

 母は笑顔で言ってくれた。そんな母の両手には実験器具。母の名前はエリーナ。こう見えて西の国でも五本の指に入るレベルの科学者なんだとか。西の国は科学の発展が一番進んでいて、原始的で根拠のないまじないよりも信憑性がある…って前に本で読んだことがある。本で読めば読むほど科学や西の国について興味を持つ。母は何でも教えてくれた。文字や話し方などの基礎的なものから、科学についてもわかりやすく教えてくれた。

 そして母から何かを教わっているこの時間が一番幸せ…

「今日はなにを生成しているのですか?」

「『感情』よ」

「『感情』?」

「そう。この瓶の煙に手を触れるとその人の感情に応じて色が変わるのよ。試しに触ってみる?」

 そう言われて恐る恐る手を入れてみると煙の色がだんだんと変化し、黄色くなった。

「あら?黄色ね…」

 母が目も丸くしていたのでもしや何かよくない結果だったのかと身構えたがそんなものは杞憂だった。

「黄色は、喜びね…何かいいことでもあったのかしら?」

 どうやらこの煙は本物だ。ただ、この母とのたわいの無い時間は確かに嬉しい。しかしそう思ってるだなんて恥ずかしくていえない。

「あはは…なんかあったのかもね」

 適当にはぐらかした。とりあえずこの煙がピンク色とかになって私が恥ずかしがっているのがバレるとかじゃなくてよかった。知られることは案外怖いことかも知れない。        

 しばらくこれに触れるのはやめようと心に決めた。

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