所詮ビー玉。されどビー玉。

とりぷしん

1章 初秋の一幕

1.レッドのボールは突然に

「なんか掘り出しモンとかねぇかなぁ...」


五十嵐勇人いがらしいさとはこの日、通っている私立の学校が休みであったため月イチペースで通うリサイクルショップへと足を運んでいた。

「ニンテンドンのゲーム機、動作未確認1万円...。いや、ぼったくりすぎんだろ。何年前のハードだと思ってんだ?」

チクチクと文句を言っているが、彼にとっては至福の時間なのである。

「今日は大したもんなかったなぁ。いやまあ別にあるとも思ってなかったけどさ」

そんな彼の目に異様に鮮やかな赤のビー玉のような物がとまる。

「何だこの自己主張が激しい玉は。これを売り物にするとか、世も末だろ...」

そうすぐに興味をなくして勇人は家に帰ろうと――


『...我を手にとれ。さすれば汝に幸福をもたらさん。』


「...はい?」

高いとも低いとも言えない声が勇人の頭に響き渡る。

『我を手にとれ。さすれば汝に幸福をもたらさん。』

「いや、そんな急に言われてもなぁ...」

これでも県内トップクラスの難関高校の生徒というだけあって早くも状況を飲み込む勇人。

『我を手にとれ。さすれば汝に幸福をもたらさん。』

「いやでも、今金欠で...」

『我を手にとれ。さすれば汝に幸福をもたらさん。』

「いやだから...」

『我を手にとれ。さすれば...』

「なんだお前、めっちゃ執拗いな!?あーもう、分かったよ!買ってやるよ!」

勇人は棚の上の赤い玉...ではなくその隣に置いてある怪物メダルに手を伸ばす。

『あ...いや、まって。そっちじゃ...』

「ん?」

『そっ...そちらにあらず、隣の赤き玉を手に取るがよい。』

「なんかさっきと若干キャラ変わってね?」

しかしさっきの声は勇人にはもう届かない。

勇人は赤いビー玉の入った袋に貼ってある値札に目を移す。

「900円...、ビー玉1つにこの値段かよ。」

それでもさっきの出来事に気味の悪さをおぼえた勇人はビー玉をレジに通すのであった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


電車を2回乗り換え、30分ほどかけて勇人は東京23区内の自分の家へ戻る。その間、赤のビー玉が喋り出すことなどなかった。

「ただいまー」

何となくそう呟くが返事はない。休みなのは勇人の学校だけであって世間一般はごく普通の平日だからだ。

残暑の厳しいこの時期だが、汗で手がベタベタするのが嫌だった勇人は手を念入りに洗う。まだ濡れた手のまま買ってきたものを持って2階の自室に上がろうとすると...

『冷たっ、もうなんてことするんだよー』

「!?」

『え、なに?僕が冷たいって感じることにでもびっくりしてるの?いや、僕は優秀だからね』

「いや、そっちじゃなくて...」

確かにリサイクルショップで聞いた気味の悪い声だった。しかし口調が全く違う。

「てかお前誰だよ。どこから声出してんだ...?」

勇人は純粋な疑問を口にした。

『んー、それは愚問じゃないかな』

「愚問ではないだろ。お前言葉の意味正しく分かってなくね?」

一応返ってきた応答に何となくつっこんでみる。

『まあまあ、細かいことは気にしないでよ。それにこんなとこで話しててもアレだし、とりあえず部屋に行こ?』

「...」

意味の分からない状況に納得なんて出来ないが、とりあえず部屋に戻ることにした。


「――で?お前は誰なんだ?」

『ボク?そんなの教えて欲しいぐらいだよー』

「いや、なんでそうなるんだよ」

口の減らないビー玉だが、勇人は本能的に敵対するような物質ではないことは感じていた。

『それに、人の名前を聞く時はまずは名乗るもの...。ふむふむ、イサトって言うんだね。普通だねぇ』

「ほっとけ。...俺名乗ってたっけ?」

勇人には名乗った覚えなんてない。故に今の言葉に違和感をおぼえた。

『まあそこは気にしなくていいんじゃない?』

「いや気にするよ?普通に名乗ってもないのに名前知ってるとか、個人情報の流出の疑いあるからね?」

『そこまでのことじゃないでしょー』

確かにそうだが、こんなに不可解なことあるものか、そう勇人は思った。

「っていうか、さっきの店のときのあの荘厳な雰囲気はどこにいったんだよ」

『あー、なんかどーんと構えていけば気圧されて買ってくれるかなって』

「え、そんな理由?っていうか何の為に...」

あいにく勇人に赤いビー玉との縁なんかない。そんな物質に突如話しかけられて買って欲しいと言われることに心当たりなんてあるはずもない。

『何の為とかそういうのは無いけど...』

「無いのかよ!なんなら返品してきてもいいんだぞ?」

『ははっ、それは勘弁して欲しいなぁ。それに言ったじゃん』

「?」

『願いなら叶えてあげるって』

確かに言われた気がする。言われた気はするがそんなに簡単に信じられることじゃない。

『えー、信じてよー』

「...!!」

今のには確かに違和感を感じた。言葉を発していなかった勇人だが、何故か会話が進んでいる気がする。

『じゃあさ、今欲しいものとかないの?』

「...麦チョコ。」

『え、何それ可愛い』

「うるせ。ただただ信じてない証拠だし...」

これは本音。そもそも世の中において"あなたの願いを叶えます"とか言っているのなんて詐欺師ぐらいだ。そんな安っぽいこと言われてもなかなか信じられるはずがない。

『信じられるはずがないって...。そもそも麦チョコあげるとも言ってないけどね?信じてなくても期待はしちゃったとか?』

「そ...そそそーんなわけないじゃん」

『イサト』

「...なんだよ?」

『君、そんなに麦チョコ好きなの?』

「...」

しかし生粋の麦チョコ好きである勇人にとっては、信じられる信じられないなんて二の次で、麦チョコを期待していることはもはや隠し通せていなかった。


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