断章 王都決戦前夜
第65話 堅牢は内側から朽ち果てる【前編】
ツカサ達が王都へとその進路を向けようとする少し前、王都円卓の間にて。
入り口から丁度最奥に座る男は目の前に置かれた状況について整理する。その顔に困惑の色は見えないが、見る者全ての目を引くような金色の髪には少し陰りが見える。男は頭を軽く振ると、広間の脇に控えている少女へと声をかける。
「リエル、定例会議は正午からだったな?」
「はい。私の口から皆様にお伝えしましたので、間違いないかと。」
男の低い口調に動揺することなく、リエル、と呼ばれた少女は淀みなく答える。男、ライン・リュミエールの従者である彼女は、円卓の書記だけではなくメッセンジャーとしての役割も果たしている。
リエルの答えにラインは軽くため息をつき、周りの空席へと向き直る。
「自由気ままな人間を集めてしまった、という自負はあるが、私以外の九人全員が欠席というのは初めてじゃないか?」
冗談めいた彼の発言だが、その顔には警戒を露わにしている。証拠があるわけではない、ただ直感が危機が迫っていると告げている。
場の空気が張り詰めたその時、円卓の間の扉が勢いよく開かれる。入ってきたのは槍を携えた男。
「いや、遅くなった……ってあれ?もしかしておじさん時間間違えちゃった感じ?」
おじさんというには若々しい男は快活な笑みをライン達へと向ける。円卓第二席である彼からは、ラインから漂うような圧は感じられない。何も知らない人が見れば、近所のおじさんが冷やかしで覗きに来たと勘違いするだろう。しかし、彼はユリウス・ベルガモット、『神槍』と名高い
「いや、合っている。ただ、ご覧の通りの出席率だが。」
指し示す手の先に埋まらない空席。それでもユリウスの姿を確認したからか、その声はいくらか緩んだものになっている。
ラインの返答を受けたユリウスは、困惑顔から一転、感慨深そうな笑みを浮かべる。
「へぇ、なるほど。対バハムートの会議っていうから、老体に鞭打って帰ってきたってのに、薄情だね皆。」
「老体でも現役なことには変わりないだろう?それよりも、頼みたいことがある。」
微かに笑みを見せたラインはすぐに元の真剣な表情に戻る。それに合わせてユリウスも笑みを引っ込める。
「今日来てない騎士ちゃん達の様子を見てきてくれ、かな?」
「言うまでもなかったか。頼めるか?」
ラインから向けられた視線を受けて、ユリウスは硬い表情を崩し、愉快そうに笑う。
「やれやれ、年寄りをこき使い過ぎじゃないかい?構わないけど、意味ないんじゃないかな。」
「何故?」
問い直したラインの視界に既にユリウスは居ない。いや、正確には見えなかっただけだ、槍と共に迫りくるユリウスの姿が。
「皆死んじゃってるから。」
刹那、火花が散る。即座に取り出した剣が辛うじて槍の侵攻を防いでいる。座っている自分と円卓の上から槍を穿ってきたユリウス。このまま戦えばどちらが優勢かは明白だ、最もそれはラインが座ったままならの話だが。
「はっ!!」
円卓を蹴り上げ、ユリウスごと蹴り飛ばす。扉にでも激突してくれれば御の字だったが、案の定直前で円卓はバラバラに破壊される。その向こうには、襲撃したことが無かったかと錯覚するほど平然としたユリウスが立っている。
「やっぱり、人類最強は一筋縄ではいかないねぇ。」
「今なら気の迷い、ということにもしておけるが。その意志はなさそうだな。」
「おじさんはおじさんの目的を遂行する。そのために団長の無力化は必要だからね。」
「何故、とは問わん。ただ、王都の守護者を舐めるなよ。」
その一言で更にラインの圧が増す。それが目の前の人間を敵対者と捉えた合図だった。
広間全てを覆い尽くそうという圧をその身に受けながら、ユリウスはその余裕を崩すことなく槍を構える。
束の間の静寂。互いの視線が切れた瞬間、その場から両者の姿がかき消えた。目にも止まらぬ速さで動いた二人が激突したのは広間の中央。ユリウスの槍はラインの脇腹を軽く抉っていた。彼の槍を弾き、中心を取ったラインの剣はユリウスの胸を深々と貫いていた。
「ユリウス、貴様本気では無かったな?」
「あはは、言ったでしょ。おじさんはおじさんの目的を遂行するって。」
急所を突かれてなお、おどけてみせるユリウス。その余裕を不審に思ったラインは剣を引き抜き、退こうとする。しかし、もう手遅れだった。
「しゃべり過ぎだぞ、ユリウス。」
冷徹な男の声が背後から聞こえたと思うと、ラインもまたその背を剣で貫かれていた。即座に背後へと首を回すが、そこに男の姿はない。あるのは従者の少女の姿だけ。
困惑するラインに向けて、リエルは口元を歪め嘲笑を浮かべる。その表情は元の穏やかな少女とはまるで別物だった。
「さぁ、復讐の始まりだ。」
王都守護の要は凶刃に倒れた。円卓にあるのは明確な悪意のみ。
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