第4話 迷子二人
「んっ……あれ、ここは?」
「出来たぞ、勇者さん。」
長椅子に寝かせておいたレイが起き上がる。意識が戻って助かった。流石は勇者の家系を自称するだけの事はある。
彼女の前に焼いておいた焼きマンドラゴラを出す。
「そうか……確か……。」
「ま、まぁ思い出さなくていいだろ。と、とりあえず熱い内に食べろよ。」
思い出されればどれだけ突っかかられるか分かったものじゃない。忘れているなら、そのまま忘れておいてくれた方がいい。
「それもそうか。ありがとう、いただきます。」
お皿に手を添えて、綺麗に一口分切り取って口へ運ぶ。そんな単純な動きの中に育ちの良さが見える。もしかしたら、本当に勇者の家系なのかもしれない。
良く噛んで口内に味が広がったのか、レイの顔は青ざめていく。
「ぐっ、何だこれは……っ!さては貴様、謀ったな!!」
「いや、違うから。マンドラゴラそのままの味だから。」
「マンドラゴラ? ……思い出した。私が眠っていたのは貴様がマンドラゴラを引き抜いたからだった。……このっ!!」
「っと、危な!!何するんだよ。」
強烈な右フックを避け、レイから距離を取る。まぁ、確かに殺しかけた挙句、不味い飯を食わされたら殴りたくなる気持ちも分からない訳じゃない。
「貴様という奴は……!一発入れないと気が済まない。」
「ごめん、ごめん。俺が悪かったよ。でも、今はこんなのやってる場合じゃないだろ。ここから抜け出す方法考えないと。」
「………………え?」
レイは拳を振り上げたまま、動きを止める。その顔はいつの間にか青から白へと悪化していっていた。
「貴様……いや、貴公はこのダンジョンで店を開いているのだろう?」
「まぁ、そうだけど。」
「なら、ここから地上に戻る道を知っているのでは無いのか?」
どうやらレイは致命的な勘違いをしているらしい。事態はそう甘くない。
「実は俺もこの間、ここに転移して来たとこだからどうやって帰るか、とかは分からないんだよ。」
「は?」
目まぐるしくレイの顔色が変わっていく。ゲーミング的な発色になり始めたレイを放置して話を続ける。
「それと、ここ最難関ダンジョンの最深部らしいんだけど、何か知ってるか?」
「最難関……ダンジョン…………最深部……?」
それからレイはしばらく綺麗な金髪頭を押さえ、ぶつぶつ何か呟いていたが、やがて顔色を戻し、口を開く。
「それってもしかして、禁忌塔バベル……?」
「いや、俺も名前まではちょっと。女神様がそう言ってただけだし。」
「女神様……?」
「あっ……。」
不味いな。喋り過ぎた。普通に考えて、情報のソースが女神様が言ってた、は駄目だ。自称勇者と怪しい信者のコンビになってしまう。早いとこ取り繕わないと……
焦る俺とは反対にレイはその目を輝かせ、話に食いつく。
「女神様、というのはもしかしてモモ様か?」
「あー確かそんな名前だった気がする。」
あの強引で自己中心的な顔だけはいい女神を思い出す。出会ったのは一瞬、でもそれだけで頭に印象がこびりついている。どうやら、この世界では有名な神様らしい。
「モモ様は私のご先祖、実際に魔王を討伐した勇者を導かれた女神様だ。それはそれは美しいお顔に透き通るような瞳、それに加えて魔法に秀でた御方だったと言われている。会ったことがあるなんて羨ましいっ!!その目で見たモモ様はどの様なご様子だった?」
「ひっ……!」
凄い勢いでレイに詰め寄られ、俺は悲鳴を上げる。近い近い、顔が近い……! 整った顔立ちが目の前に迫り、俺は赤くなった顔を背ける他なかった。
「どうなんだ……?」
「ま、今聞いたのと大体同じだったよ。」
「そうか、そうかぁ……いつかお会いしたいなぁ……。」
本性を暴露してやろうか、とも思ったけど、こんな純粋な目は裏切れない。しばらくは夢見る少女で居てもらおう。
「そろそろ離れてもらえる?」
「へっ!?あ、すまない。あわわっ、ええと、貴公の名前!名前は何だっただろうか?」
密着している事に今頃気付いたのか、レイは紅潮した顔、その目を左右に慌ただしく動かし、手をわなわなとさせる。それを誤魔化すためか、今更な自己紹介を提案した。
確かに一方的な自己紹介しかされてない。
「俺は司。ツカサって呼んでくれ。しばらく……ってのは縁起悪いかな。まぁ、よろしく。」
「私はレイ・リュミエール。レイと呼んでくれ。私達二人、パーティーとして頑張って行こう。」
俺が差し出した手をレイは力強く握ったまま、聞き捨てならない事を言い残す。
「パーティー?」
当然だが、皆で楽しくワイワイする祭の方ではないだろう。じゃあ、残る可能性はあと一つ。
「私とツカサで魔王を倒そう!!」
「一人でやれ、自称勇者ぁぁぁぁ!!」
迷宮で迷子の奴等が打倒魔王とか夢がデカ過ぎるんだよ。
俺の叫びは迷宮に反響し、どこまでも響いていった。
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