千剣誕生 ~剣と魔法の異世界へ転移しました~

たろいも

第1話

 さわやかな風が吹き抜ける。何もない草原のただ中に、俺は立っていた。

「え? ここは?」

「ようこそ主様、剣と魔法の異世界へ」

 俺の独り言のような発言に応える声。声がするまで全く気が付かなかったが、後ろに振り替えるとメイド服姿の女性が立っていた。

 黒い髪はショートにまとめ、意思の強さを感じさせる瞳は真っすぐと俺を見ている。メイド服はロングスカートタイプで、落ち着いた雰囲気だ。


「あ、あなたは?」

 俺の問いかけに、そのメイドはやや目を伏せて答える。

「私は主様をご案内するモノです。ナビ子とでも、案内人とでも、オイでもコラでも、お好きなようにお呼びください」

「いや、いきなりそんな亭主関白みたいに振る舞わないって!」

「? あなたと私には婚姻関係はございません。したがって"亭主"という表現は不適切かと」

「真面目かっ!!」




「剣と魔法の異世界か……」

 先ほどナビ子、──とりあえず呼び名はナビ子にした── から言われた"剣と魔法の異世界"という言葉に、俺は年甲斐もなくワクワクとしていた。自身の姿を見降ろした感じでは、服装もろもろ含めて特に変わっていない。たぶん、この"異世界"へと転移したのだろう。

「そうだ、ここはなんていう世界なの?」

 ふと、思いついた疑問をナビ子に聞いたところ、無表情の彼女は、無表情のまま首を傾げた。

「"なんという"とは、なんのことでしょうか? まさか世界の名前を聞いておいでですか? お言葉ですが、主様。主様が以前お住まいでした世界にお名前はございますか? よもやそのことを考えず、名前を聞いていらっしゃいますか?」

「あ、いえ……」

「そもそも"世界"に名称を付ける目的とはなんでしょうか? その"世界"の住民にとって、その"世界"こそが全てであり、異世界に転移するような事態というのは、原則ありえないことで──」

「すみません。俺が悪かったです」




「剣と魔法の異世界ってことは、その……、俺にも使えたりするんですかね?」

 異世界といえば定番のアレだ。

「はい、可能です。早速行使いたしますか?」

「お、おねがいしますっ!!」

 やばい、ワクワクが止まらない。

「"行使"のために最も重要な点は"イメージ"です。明確なイメージを持つことで、結果が大きく異なります」

「おお、それっぽい!!」

「よろしいですか? イメージしてください」

 ナビ子は腰の高さ程度に手を上げ、手のひら同士を向い合せ、その中空に何かを注ぎ込むように構えた。

「はい!」

 俺もナビ子を真似て、同じ格好に構えた。


「硬く」

「硬く!」


「鋭く」

「鋭く!!」


「白銀に輝く」

「白銀に輝く……」


「鋭利な切れ味」

「鋭利な……切れ味?」


「そして唱えるのです!」

「……」

「"剣"と!」

「そっちかよ!!」

 そして手と手の間に現出する剣。鈍い鉄色の輝きを放つ直剣が生み出され、サクっと地面に刺さった。


「マジで出た!」

「素晴らしい"剣"です。この質なら銀貨十枚で売却可能でしょう」

「高いのか安いのかわからん……。じゃなくて! 今のは明らかに"魔法"を使う流れだったでしょうに!!」

 俺の言葉に、ナビ子は"意外"といった表情をした。

「魔法がご所望でしたか。失礼いたしました。ではこれを」

 そしてどこからともなく取り出された棒。棒には"まほう"と書かれている。

「え、これは?」

「魔法です」

 なぜかナビ子はちょっと自慢気だ。

「ただの棒では?」

 俺の言葉に、ナビ子は僅かに目を見開き、そしてため息をついた。


「この世界の歴史は"魔法"と共にあるのです。その昔──」

「あれ? 昔語りが始まる感じ?」

 俺の言葉を無視し、ナビ子は訥々と語る。

「約2000年前。この世界に初めて一大帝国を築いた初代皇帝ボォクゥンは、強権を振るい暴君となりました。悪魔のような所業を繰り返し、人々の生活をあらゆる法により縛りました」

「あの、あとどのくらい続くのでしょうか」

「少しでも法を犯した者には、罰として老若男女問わず棒叩きが行われました。いつしか棒叩きに使われた棒は、"悪魔の法"の意味から"魔法"と呼ばれ恐れられました」

「かなり強引に"魔法"が出てきた」

「しかし、暴君の天下も長くは続きませんでした。帝国各地から反乱軍が決起し、ついに暴君は打倒されました。その際にも"魔法"は用いられ、以後、"魔法"はあらゆる──」

「あ、その、歴史の授業はもういいっす。でも結局ただの棒だよね?」

 話を俺に制止されたからか、ナビ子は不機嫌な表情のままヤレヤレと言いたげに、再びため息を吐いた。


「この世界の歴史は"魔法"と共にあると申しました。かの剣聖ツルギヌスも、常に"魔法"を持ち歩き、数多の魔物をその剣の錆へと変えました」

「剣の錆にしたのね、"魔法"はどうなった?」


「伝説的冒険者マサヨシ様も、魔物の大群を迎え撃つために、数百の"魔法"を大地に突き立て──」

「それただの柵じゃね?」


「今でも戦では本陣のテントなどに使われ──」

「それ絶対テントの柱だろ」


「教会の神像には、"魔法"が心棒として使われ──」

「心"棒"って言ったよね? 棒って……」


「現王国の中枢ともいうべき"賢人会議"では、すべての座席、机の脚に"魔法"が──」

「完全にただの木材じゃねぇか!! もう"脚"って言ってるし!!」


「さらに"魔法"を持てば運気は上昇、失せ物は戻り、恋愛運も──」

「怪しい訪問販売か!!」




「もっとこう、炎を出したり、氷を出したりみたいなファンタジーなスキルはないの?」

「夢でも見ているのですか? そんな非現実的な現象は発生しません」

「唐突に"剣"を出現させといてソレ言う!?」

 ナビ子は「コイツ何を言っているんだ?」という視線を俺に向けてくる。

「やめて! 地味に心が痛いからその視線やめて!!」




「発想を変えよう。"剣"は出るんだ。そこに応用の余地があるんじゃないか?」

 炎の剣や氷の剣、雷の剣みたいな属性剣的な物を出現させれば、疑似的な、本来の意味での魔法っぽくなるのでは?


「イメージだ。燃えた刀身……、吹き上がる炎……」

 ナビ子は横で冷めた目で俺を見ている、が、無視だ無視。

「出でよ! 炎の剣!!」

 呼応するように出現する木の棒。その一旦には枯草が巻き付けられていた。

「やったよ、たいまつだよ! って言うかーっ!!」

 俺はたいまつを投げ捨てる。しっかりとした鍔があり、柄がやけにしっかり作られてるところが逆に腹が立つ!

「素晴らしい魔法です」

「え?」

 ナビ子は投げ捨てられたたいまつを指さす。その先、たいまつの棒部分に"まほう"の文字が。

「本当に魔法だった! 魔法マジ木材!!」

 "剣"を行使したと思ったら、いつの間にか"魔法"だった。何を言っているのかわからねぇと思うが、俺も分からん!! だんだん"魔法"の意味が分からなくなってきた。こりゃあれだ、ゲシュ何とかかんとか……


「次! 氷だ氷! 冷気を纏う刀身……、触れた者を凍てつかせる……」

 相変わらず冷たい視線で俺を見るナビ子。その視線が一番凍てつくわ!

「出でよ! 氷の剣!」

 俺が翳した手の間にビニール製の小袋が一つ。コトリ、と少し重たげな音で草原に落ちた小袋の表面には、豪快に氷菓子をかじる少年が、カラフルな色使いで描かれている。

「残念、俺PIN○派なんだよね……、まあ、ガ○ガリ君は二人で分けられるからいっかー。って良くないわ!!」

「主様、ツッコミが回りくどいです」

「辛辣!!」




「ってか、ナニコレ! 俺のイメージに対する解釈に悪意が溢れすぎじゃね!?」

 炎の剣→たいまつ 氷の剣→アイスキャンディー

 ギリギリ近いような近くないような、限りなく"アリ"寄りの"ナシ"、もとい、限りなく"ナシ"寄りの"アリ"? なんか違う、よくわからなくなってきた。


「切り口を変えよう、剣だけに」

「……」

「なんかコメントして! 辛辣でもいいから構って!!」


「"戦い"前提で考えるから、"剣"も"魔法"も微妙なんだ。ガ○ガリ君が出せるということは、俺が居た世界の物が出せるはず! つまり、"この世界にない物のお取り寄せ系チート能力"として利用できる──」

「ガ○ガリ君でしたら、王都の駄菓子屋を中心にメーカー希望小売価格700ゼニーで販売中です」

「あんのかよっ!!」

 勢いでガ○ガリ君を投げ捨てそうになったが、もったいないので美味しくいただいた。




「もう無理」

 食べ物をイメージしたり、乗り物をイメージしたり、ロボットをイメージしたり、果ては人間をイメージしてみたが、結局斜め45度下の結果が出るだけだった。

 周囲には、俺が腹いせに生み出した"タダの剣"が散乱している。

「これは……!? 主様! 大変なことに気が付きました!」

「へぁ?」

 ナビ子は周囲に散乱する剣を次々と拾い上げ、驚きの声を挙げた。もしや、俺が"剣"として生み出したモノには、何か特別な能力が!?

「どれも品質が驚くほど均一で、売価は全て銀貨十枚です!」

「……、"剣"の能力でどれだけでも生み出せるのに、売れるんすか?」

「"剣"を生み出すにはある程度の才能が必要で、さらに訓練を要します。加えて、熟練者でもこれほどの精度で同品質の"剣"は生み出せません」

 なんか少し嬉しくなってくる……。が、騙されないぞ。絶対これ上げて落とす奴やろ。

「まあまあ、一旦落ち着こう。そもそも、なんで品質が均一だなんてわかるんだ?」

「私は"鑑定"の能力を保持しております。この世界での売買には必ず"鑑定"が用いられますため、売買に不正は発生いたしません」

「"鑑定"って、そこだけ何故ファンタジー!! そしてなぜ俺には無い!!」

 俺、そっちの能力欲しかった。

「だがしかし、ついに発覚、俺には均一な品質の剣を生み出す能力が!」

 浮かれていいかな。「俺なんかやっちゃいましたか?」って言ってもいいかな。

「ちなみに、銀貨十枚ってどのくらいの価値?」

「1000ゼニーです」

「ゼニーがわからんて」

「日本円で1000円くらいです」

「そんなことだと思ったよ!!」


 かくして、必ず1000ゼニーの剣を生み出す男、"千剣"が誕生した。


 おわり。

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