オタク君「尊」観察日記
下り坂
第1話・委員長✕ヤンキー
「グフフフ……、今日も尊いなぁ……」
昼休みの教室。
午前の授業の疲れが嘘であるかのように騒ぎまくる陽キャ。
スマホから洋楽やらヒップホップやらを大音量で流し、明らかに意味が分からないまま楽しんでいる風の人々。
その片隅で、怪しげな笑い声を静かに発する者がいた。
陽キャとは一線を画する陰キャ。
着崩された制服まみれの教室の中ではかえって浮いている、真面目な着こなしと眼鏡。
ノートを眺めながら、否、猛スピードで書き込みながら、グフフフと笑い続ける。
その姿たるや、マッドサイエンティストも泣いて叫ぶ狂いっぷりだ。
「まぁ、僕の事なんだけどね!!」
「山端、一人で何してっし」
「ホァァァ!? どちら様ぁ!?」
他人事のような言い方をしているが、まぁ自分を、僕のことを指している。
僕は山端族に生を授かった六郎という。
そして、一声で僕の心臓を握り潰そうとしてきた暗殺者の名を確か海中族の、海中……なんだっけ、このギャル。
「どちら様って、クラスメイトじゃん?
「あ、あぁ、海中さんね。覚えてる。覚えてるよ……。今のはビックリしてど忘れしただけさ……」
「ふーん? ま、良いや。さっきからイカれてるけど、何してんの?」
海中さんはクラスメイトではあるが、住む世界の違う人間だ。
ギャルと眼鏡陰キャなどといった、創作物でしか交わることのない人種。
せめて重度過ぎるオタクであれば、こういった異文化交流にも寛大なのであろうか。
残念ながらライトもライトなので、こういう文化に馴染みがない。
「え、い、いいえ? と、特に、何も?」
「パニクりすぎっしょ。ほれ、深呼吸」
促されるままに、深呼吸する。
スーッ、ハーッ。
……落ち着いたな。
「落ち着きました」
「よし。んで?」
「えーっとですね。最近趣味ができたんで、それを楽しんでたんですよ」
「ふーん? どんな趣味?」
「これです」
僕は先程まで書き込んでいたノートを海中さんに渡す。
海中さんは、表紙をめくり、ページをめくり、めくり。
やがて、一言。
「何これ。キモっ」
クリティカルヒィィット!!!
「そんなド直球に言わなくても……」
「あ、ゴメン」
膝から崩れ落ちた僕を見て、流石に罪悪感を感じたのか謝ってくれた。
「つーか文字多過ぎて、何書いてるか読めないし。何なんこれ?」
「尊い日記」
「は?」
「……人間観察日記です」
はい、白状します。
僕の趣味は人間観察。
観察しすぎて、ちょっとした日記をつけられるようになったのだ。
「人間観察は別に良いけど、それを日記にして、しかも読んで楽しんでんの? 客観的に見なくてもキモくね?」
「……キモい、かも」
落ち込む僕に目もくれず、日記を読み進める海中さん。
「ん? これ、あの子と……、あれ、アイツも……」
海中さんはこの日記の内容について気付き始めていた。
それが確信に近付いたのか、一つ質問をしてきた。
「あのさ、確かに人間観察なんだけど。これ、人間の何を観察してんの? この中の登場人物、分かって連中だけでも……付き合ってる奴らじゃん?」
「……はい、その通りです。それは、恋愛観察日記……厳密には、ラブコメ観察日記です」
僕には、恋愛経験はない。
しかしラブコメ漫画は好きだ。
恋愛は素晴らしい。
恋愛は、青春を彩る最高のパズルのピースだ。
最近学校中をフラフラしていると、部活仲間、委員会、幼馴染、あらゆる関係性から恋愛が生まれていた事に気が付いた。
僕は直感で、
(ハッ! これが、尊いということか!)
と、ネットでオタクが呟く言葉の意味を感じ取った。
そこからはもう止まらない。
恋愛を見つけては観察、見つけては観察。
遂にその進退を記憶するべく日記までつけるようになった。
「それさ、普通にバレたら大変じゃね?」
「別に言いふらしてるわけでもないし、本来は海中さんにも見せるつもりではなかったんですが」
「自分達の記録が勝手に残されてるって、赤っ恥以外の何物でもないけど……」
そう言いながら読み進める海中さん。
「ふーん。ところで、アンタ的には誰がオススメ?」
「」え?
不意の質問に、変な声が出た。
発声と音のタイミングがなんかズレた気がする。
「何その声。文章量的に、少なくともこのクラスの恋愛は観察しきってるんでしょ? その中でも、誰がそのー、尊い? のか」
「あーはい、なるほど。そうだなぁ……」
ノートをペラペラめくって、先程まで開いていたページを見せる。
「これは最新だけど、でも今一番の推しカップルです」
「どれどれ……」
・スパルタ委員長と硬派なヤンキーの場合
『え、アイツらデキてんの?』
『しっ、始まりますよ!』
これはトイレから出た時に、偶然見た光景である。
「流石にこれは、ちょっと重い、わね」
プリントの山を運ぶ、我がクラスの委員長がおりました。
文武両道、容姿端麗。
先生からの評判も良く、同期の生徒からもとても信頼されている。
校内でその名を知らぬ者はいないとされる完璧超人。
その委員長ですら、男子でも流石に苦労するであろうその量。
いつもなら見て見ぬ振りをする僕も、その時ばかりは声をかけようとしました。
しかし。
「キャッ」
バサバサッ。
その重さで前方に集中できなかったのか、前から来た人にぶつかってしまったのです。
山は崩れ、廊下に紙が散らばります。
よろけた体勢を立て直すと、そこにいたのは恐らくぶつかった相手。
「……オウ」
よりにもよって、悪名高き硬派なヤンキー君だったのです!
『いや、のです! じゃねぇよ。助けに行けよ。何傍観してんだ』
『こ、ここからが面白いんですって』
タッパもあって、オールバック。声も低くて、オマケに目付きも鋭いですねぇ。
その
明らかに自分が悪い時は、何か言われても反論しようが無いですからな。
「ご、ごめんなさい」
流石委員長!
悪いと思えばしっかり謝れる!
日本人には中々できませんよ!
育ちの良さを感じますなぁ。
『いや、普通だろ。何感心してんだ』
『黙らっしゃいって』
急いで落ちたプリントを掻き集め、再び山にする委員長。
やっとこさ最後の一枚、は不幸な事にヤンキーの足下に。
何という事でしょう!
内心パニックを起こしている委員長にとっては痛恨の一撃!
その足をどけてくださいなどと言おうものなら、「ほらどけたぞ」と言ったそばから蹴りそうなもの。
確かに足は避けている。
避けた先に委員長がいただけと言われれば、普段ならともかく、今の委員長では反論できない!
さぁ、どう動く委員長!?
「ほらよ」
「……?」
『……?』
『……プッ』
何ということでしょう?
ヤンキー君が、先程まで足下にあったはずのプリントを拾って、手渡したではありませんか。
「あ、ありが、とう?」
普段ならサラリとお礼を言える委員長もここでは歯切れが悪くなった……ッ!
一体、何が起こったというのか!?
「悪い、踏んじまったな。これお前のだろ」
「え、あぁ、そうね」
足下にあったのは委員長の名前が記されたプリント。
本人の前で踏んでしまったので、罪悪感を感じてしまったのでしょうか?
「てかそれ、大変だろ。手伝うから半分よこせや」
半分と言いつつ3分の2を受け取ったヤンキーと、先程とは打って変わって余裕をもって隣を並歩する委員長。
資料室に入って、山を置いてホッと一息。
一仕事終えて、緊張感が少しだけ緩み、お互い隙が生まれる。
偶然、一瞬目があった!
その瞬間!
「……!」
「ッ!」
『いただきましたァ!!!』
『山端?』
なんということでしょう~。
先程まで恐怖でパニックになっていた委員長は、恐怖の原因たるヤンキーの優しげな表情のギャップに、ハートを撃ち抜かれてしまったではありませんか。
一時は目を逸らすものの、すぐにまた目があう。
今度の二人は、何故か目を逸らすことができない!
心臓が高鳴る、汗が止まらない!
お互いがお互いに惹き込まれている!
キュッと手を握り込む委員長、拳を握るヤンキー!
何か話さなければ。
でも妙に思われないか?
お礼を言えば……、その前にぶつかったことを謝ろうか?
思考が迷走していく委員長。
ヤンキーの表情も固くなってきた!
さぁ、どう動く!?
口が開いた!
第一声は!?
「あ、あの」
「な、なァ」
『おぉ、何か甘いぞ』
『でしょう!? でしょう!?』
「え、あ。ごめんなさい。先にどうぞ……」
「い、いや。そっちこそ遠慮すんなって」
「い、いいえ。そちらこそ……」
「そっちだって……」
二人は気付かない。
夕焼けに照らされて見えなくなった、その頬の染まりを。
お互い顔を赤くしながら、あぁでもないこうでもないと、生産性の無い譲り合いを繰り広げる!
やがて、キリがないと言って委員長が折れた。
「分かったわ。お言葉に甘えて……。ありがとう。助かったわ」
「礼を言われるようなことは……。それにお前、真面目なのは感心するが、先公の小間使いみたいになってねぇか? 無理なことは無理って言えよ」
「そうもいかないわ。先生達は忙しい身分だし、普段からお世話になってるもの。これくらい……」
「駄目だ」
少し声色が低くなるヤンキー。
その目はずっと委員長を捉えている。
「良いか。いかに先公と言えど、生徒達の時間を奪ってまで自分達の仕事を手伝わせる権利なんて、ありはしねぇんだ。俺達は先公の為に学校に来てるのか? 金を払ってまで? 違うだろ。俺達は得る為に来てるんだ。奪われる為じゃない。先公程度相手にノーと言えなきゃ、社会に出てから色んな人間に使い潰されるだけだぜ」
今まで、誰かの言う事を聞いてきた。
それが当たり前。
それが親切。
心の中で、そんな思考が凝り固まっている。
でも、他人ばかり見て、自分を見なかった結果、自分を失って死に至った者も、少なからずはいる。
でも、イエスを止めずにはいられない。
その方が楽だから。
誰かを敵にすることはないから。
私がちょっと頑張れば、周りは救われる。なら、喜んで……。
「そのちょっとを積み重ねた結果、誰かの言いなりになるしかなくなった人間を俺は知っている」
「!」
「だれかの言いなりになるってことは、自分を殺すってことだ。今まで誰かの為に生きてきたんだからよ。もっと身勝手に生きてもバチは当たらねぇって」
ヤンキーは、ヤンキーだ。
我が道を行く。
どこにいようと。
委員長には、それが眩しかった。
ヤンキーは、苦言を吐いてはいるが、委員長の生き方までを否定はしていない。むしろ感心、尊敬までしている。
ここまで言われたのだ。委員長は知りたいはず。ヤンキーの言う、身勝手な生き方を。
「どうすれば」
「あ?」
「どうすれば、貴方のようになれる?」
「……さぁな、俺は勝手にこうなった」
「些細な事でも良いから」
「……んー。そうだな。もっと我儘になる、とかな」
「我儘」
「人が来たから、忙しそうだから。そんな理由で簡単に周りに譲らない。少しでも甘くすると、周りの連中が、コイツは都合が良いと利用してくるからな。譲るなら年寄りにバスの座席を譲るのだけで十分だ」
「……なんとなく参考になったわ」
「そりゃ光栄だ。俺はお前みたいな世渡り上手ちゃんには、なりたいと思ってもなれねぇからな」
「あら、それは簡単よ。中年にはお世辞がよく効くから、それを言えば良いのよ」
「何だ、結構キツイこと言えるじゃねぇかよ」
「この一瞬で誰かさんに毒されたかしら」
「一体誰だろうな」
「ていうか、貴方。お年寄りに席を譲るの? ヤンキーなのに?」
「ヤンキーは関係無いだろ。転ばれて事故る方が迷惑だからな。これは俺の為だ。俺が早く帰るためのな」
「何それ、」
二人きりの狭い資料室。
窓から差し込む夕日。
静かな二人の笑い声。
美しきかな青春の景色。
「この後暇かしら? もう少しお話しない?」
「良いのかよ。俺なんかと話してたら妙な噂でも立つんじゃ」
「心配ないわ。私、いい子だから。ちょっとした悪目立ちくらい、なんてこと無いわ。それに、他の有象無象より、貴方と話した方がきっと有意義よ」
「ご期待に添えるよう頑張ります、と」
「フフッ。じゃあ行きましょうか?」
「おう」
この日、恐らく委員長は、初めて誰かに心を開いたのではないでしょうか。
パニクったり、照れたり、少し陰を見せたり。
色んな感情を見せ、見せられて。
最後は、普段学校内の誰にも見せないような、本心からの、自然な微笑み。
今までの完璧超人はそこにはおらず、年相応の少女となった委員長がいました。
やっと、本当の彼女を見たような気がします。
ただ、隣にいるのは、心を開いたのは、お世辞にも真面目とは言えないヤンキーですが。
「え、終わり!?」
「はい」
「何だよー。恋愛観察日記って言うから、コイツらくっついたのかと思ったじゃん」
「僕は見た部分しか書いてませんから。その後くっついたのかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
「内心とかほとんど想像じゃん! あーもう続きが気になる! ていうか、ここまで書いといて気にならないのかよ!」
「気になりますけど、これあくまで観察日記ですからね。観察対象は沢山いるので、一々特定のカップリング追い掛けたりしませんって」
海中さんはノートを閉じて、それを返す、事なく自分の机に戻ろうとした。
「いやいやいや! ノートを返してくださいよ!」
「しばらく貸せ! 気になるの見つけたら聞きに行くから!」
「嫌ですよ! 他の人にバレる!」
「バラさん! バラすような知り合いはいない!」
「アンタギャルでしょ!? 友達いっぱいいるじゃないですか!」
「何としても死守するから貸して!」
「返してくださいよ!」
「海中と山端? 珍しい組み合わせだな。何してんだアイツら?」
「随分元気な二人ね。ところで貴方、おつかい一つできないの? 私が頼んだパンじゃないわ」
「いや、これしか無いって朝一緒にコンビニで見たじゃねぇか」
「問答無用。罰として放課後は私の身勝手に付き合って。例のカフェのケーキを食べに行くから」
「胃がもたれる……」
「まだそんな歳じゃないでしょう」
「そうだけどよ。この間も別のとこ行ったじゃねぇか。本当にこの短期間で様変わりしたな、お前」
「そうかしら?」
「ま、出会った頃よか良いけどよ」
後日、今までより言葉がキツくなった委員長が職員室に出没するようになったという。
原因は隣の奴だと言われ、ヤンキーは変なとばっちりを受けることになったという。
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