第80話 生徒会長の思惑③
「んー!お腹空いた〜!」
糸谷くん!糸谷くん!
ご飯食べに行こう!
桜は、周りの目を気にしてか、俺の偽名を呼んでくれた。
「糸谷くん。」
そして、美優も、だ....。
やはり、頭で分かってはいても、一度心を許した相手に、他人行儀にされるのは少しキツい部分があるな。
まぁ、こうなった経緯は説明するまでもないと思う。
■■■■■
「お兄ちゃん!
会長さんからの呼び出し何だった?」
俺が、閑散とした教室に戻ると、桜がいた。
会長との話が思ったより長引いたために、下校時刻は疾うに過ぎていた。
とっくに、帰っているものだと思っていた。
「遅かったね。」
桜は、机の上に広げていた教科書とノートを閉じ、筆箱を片付け、振り向いた。
「お前こそ、こんなに遅くまでどうした?」
妹が1人、静かな場所に居るのは、心配というか.....。
心細かったんじゃないか?
と、つい、兄を語ってしまう。
「だって、この一週間全然学校に、来られなかったから....。」
勉強しないとね。
自分から行きたいって言って来た高校なのに、赤点取ったら示しがつかないもん!
てへへと、笑う姿は眩しすぎる。
女優と学業を両立しようと思う事だけでも凄いのだ。
けれど、その先の努力までも手に入れようとする彼女の姿、姿勢は見習いたいものである。
最近、思うことなんだけどさ、俺の妹たちは、優秀っていうか.............。
可愛いだけじゃないっていうか.............。
...。
やっぱ、何でもない。
そーいえば、
「美優は?」
俺は、桜とセットが定着しつつある相方を探した。
「習い事?
お稽古があるからって、帰っちゃった。」
ああ、今日は伊世早の作法を習う日か。
俺は詳しくは知らないが、食事マナーとか挨拶とかを教えられているらしい。
品を求められるお嬢様は大変だな。
「ついさっきまでいたんだよ?
『お兄様の帰りを待っております。』って、頑張ってたんだけど、時間の限界が来ちゃったみたい。」
まぁ、私としてはお兄ちゃんと2人っきりになれるから良かったんだけどね。
「そうか。」
出来れば、2人まとめて説明したかったのだが.............。
仕方がないか...。
俺は、桜の隣の席に座った。
桜と向き合う。
「.............。
桜、あの、えっと.............。」
俺は、何と話せばいいのか分からず言葉に詰まる。
いや、具体的な話の内容は決まってるんだ。
ただ、どこから切り崩して話せばいいのか.............ってこと。
「んー、っと、だな.............。」
俺は、頬をポリポリと触る。
「お兄ちゃん?」
そんな俺を不思議そうに覗き込んでくる。
「いや、別に......。」
何か、あったのは、あったんだが.............。
つい癖で、無かったことにしようとしてしまう自分がいた。
「あ!
何か隠してるでしょ!」
「や、隠しては.............。」
「お兄ちゃん!
私との間にもう、嘘を挟まない!ってこの前約束したよね?」
お兄ちゃん?
ぷくっと口を尖らせ、俺の手を握ってきた。
「お兄ちゃんは、桜にまた隠し事を作るの?」
目に、今にもこぼれ落ちそうな涙を溜め見つめてくる。
その瞳は、疑心に揺れていた。
「ち、違う。
ちゃんと話す。
初めから、そのつもりだったから。」
妹を泣かすなど、最低だともう一人の俺が罵っている。
だから、慌てて桜をなだめた。
「な?な?落ち着け。
泣くな。泣くな。
俺は、もうお前たちに嘘はつかないって。」
俺は、よくもまぁ、ホイホイと言った傍から嘘がつけるなぁと、自分の神経の図太さに感心しながら、桜の頭をポンポンと撫でた。
ふむ。
やはり、女の髪の毛はサラサラなんだな。
柑橘系の香りではなく、ローズっぽい匂いが手か伝わる、そんな気がした。
■■■■■
「副会長?」
「ああ。
で、なぜか、会長が俺の正体に探りを入れてきそうなんだ。」
「いいじゃん。ばらしちゃおー!」
張り切って片手を上げる桜。
「バカか、お前は!
俺は、これ以上、面倒な事に巻き込まれたくないんだよ!」
つい、強めに突っ込んでしまった。
「んー。
副会長、受け入れた時点で面倒事を回避するのは無理だと思うけどなぁ~。」
「いや、そこは条件付きで何とかOKもらえたんだ。」
「条件?」
「ああ。
普通、生徒会って2年がやる決まりになっているだろ?
なのに、俺が、副会長やるってなったら、上級生はいい気はしない。
1年が、偉そうにってなる。
最悪、フルボッコになるかもしれない。」
「お兄ちゃん、ケンカも強いでしょ?」
「そう言うことじゃない。」
桜、少し、黙ってろ。
むぅー。
「で、上級生対策として、副会長が表に出る機会は無くしてくれ。
俺が、副会長をしている事は、会長と2人だけの秘密にして欲しい。
裏方の仕事はなんでもするから。
って、その条件なら副会長として、会長のサポートをする。って、事になった。」
うん。
我ながらうまい条件を提示できていると思う。
あの様子から、
会長は、どうしても、俺を副会長にさせたかったらしい。
副会長の名前を非公開にしてあげると、会長は、渋る俺に、最大の譲歩を提案してくれたのだ。
「じゃぁ、お兄ちゃんに何も不利益がないんだね?」
良かったじゃん。
「いや、なぜだか分からないけれど、会長が俺に興味を持ってしまったらしい。」
「何で?」
「分からない.............。」
「俺の正体を知りたい。とまで、言ってきたんだ。」
「なぁ、桜。」
「なぁに?お兄ちゃん?」
俺はやっと、口に出来る言葉を喋ろうとした。
「だから、.............。その.............。」
しどろもどろで、口が乾く。
その言葉の先にある、空間を知っているから。
そんな俺に、桜は言った。
「分かった。その会長さんから、お兄ちゃんを守ればいいんだね?」
そうだよね?
「まぁ、大きなくくりで言えばそうなんだけど.............。」
「分かった。
取り敢えず、一緒に帰ろう?糸谷くん?」
桜は、通学鞄を肩にかけ、俺を見る。
何かと、理解が早い妹で良かった。
今日で、一旦、俺と妹達との馴れ合いは終わりになるんだろう。
それなら、最後の夜くらいは、妹と帰ろう。
明日から、出来るだけ、会長の目に止まらない行動を心がけることになる。
俺は、差し出された手をそっと掴みながら、帰路についたのだった。
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