第74話 なぜ、糸谷くんが、鳩谷さんにプレゼントした物を持っているのでしょうか?
入学式から一週間が経ったある日。
仕田原理子の親戚の叔父さんが久しぶりに彼女の前に現れた。
そして、突然、
伊世早美優というお嬢様と2人になれと言ってきたらしい。
彼女は、昔、叔父さんと仲が良かった。
ただ、最近、悪い奴らとつるんでいるという噂が広まっていて、段々疎遠になっていた。
なのに、どう言う風の吹き回しだろう。
そう不気味に思って、彼女は一回、断ったらしい。
「美優は私の友達だから。」
ただ、それで分かってくれる叔父さんではなかったようで、
「言う事を聞かなかったら、お前の家族を奪ってやる。」
と、脅され、渋々、受け子のようなものを引き受けたらしい。
優が教えてくれた話はここまでだ。
優と彼女との間に、守秘義務があるだろうからこれ以上は知らない。
ただ、優に任せておけば、大きな事にはならないだろう。
今日の朝刊。
厳重観察の対象であった暴力団組合委員が軍の敷地内に違法で侵入し、乱闘騒ぎを起こし、関係者十数名を逮捕。
なお、彼らは皆、「ガキに殺られた。」と、
虚偽の申告をしているため、詳しい調査が行われるもよう。
「良かったじゃない。
あなたの名前が載ってなくて。」
俺が新聞を読んでいると、鳴神は、他人行儀な視線を送ってきた。
あぁ。
それは、それだけは良かったのかもな。
俺は、不貞腐れながらぶっきらぼうに答えた。
ふっ。
「拗てる、いと、可愛い。」
鳴神は、俺の顔を覗き込むと口元を緩めて、
トンと優しくデコピンをしてきた。
あれからの事は、今でも思い出したくない。
俺が不良達を薙ぎ倒し、美優の拘束を解いた後。
「糸谷くんと、鳩谷さんは同一人物なのですね。」
俺は、美優を優しく抱きしめている体制で硬直する。
さっきまで、あんなに心穏やかに彼女の頭を撫でていられたのが昨日の事のようだ。
その理由、それは、彼女の口から出てはならないワードが飛び出たからだ。
「鳩屋さん?
そんな店、僕、知らないけど…。」
背中を汗が流れていく中、懸命に取り繕う。
自分でも、焦点が定まってないと感じる。
「鳩屋ではなくて、鳩谷ですよ?」
「えっと、ほら、見てよ。僕、糸谷だよ?」
俺は、抱きつかれていた彼女から身を剥がし、全身が彼女に見えるように両手を広げた。
それでも、彼女は勘違いの旗をあげない。
「では、問題です。」
そう言って、彼女は、突然、人差し指を突き立て、顔の近くに持っていった。
「そのパーカーの袖口からはみ出ているカッターシャツは誰の物か証明して下さい。」
ふふふっと笑った顔は、全てを見透かしたお嬢様の顔だった。
俺は、言われて袖を見る。
ヤベ。
鳩谷のカッターシャツ着てるじゃん。
あぁ。
やっと仕事終わって、帰れて、そのまま寝落ちして、メールもらって、急いで水族館に行ったんだ。
仕田原に何か深刻な相談があるかのような匂わせで、飛んで出たんだった。
まぁ、ある意味、深刻な打ち明け話だったのだが。
てか。ヤベー。
ヤバすぎて、語彙力低迷。
俺が何も言葉を発さないでいると、
「時間切れですね。」
と言い、彼女は俺の袖口に手を入れてきた。
なっ。
ゴソゴソと俺の腕に絡みつく彼女の手からは、さっきまでの震えや冷たさは感じない。
ただ....。
スーッと滑らかな掌が俺の腕を撫でる。
何故か、鳥肌がたっていた。
「見てください。」
そう言って、彼女はキラッと光るボタンを俺に見せた。
「カフスボタンです。
これは、私が鳩谷さんに差し上げた唯一無二の代物なのです。」
だって、私が作ったのですから。
.....世界に一つだけ....です。
そう言い放った。
その顔は、少し紅く染まっていた。
「これでも、糸谷君が違うと言い張るのなら、今から鳩谷さんを呼び出してもよろしいですか?」
無理だ。
一度に、糸谷と鳩谷が存在することは不可能だ。
はぁ。
誰だよ。
お嬢様に論理的な思考回路を育ませた奴は!
はい。
多分、俺か。
自業自得?
いや、御令嬢とかにもなると、鋭い観察眼は必要だと思って、教育の一環として組み込んだんだよ。
それが裏目に出るとは.....。
まぁ、気付かれているのはそこだけみたいだし.....。
改ざん。改ざん。
このくらいなら、まだ譲歩出来ると高を括って白々しさを醸し出す。
嘘も方便だろ?
「....。
申し訳ございません。
私は、お嬢様の言うとおり、鳩谷でございます。
お恥ずかしながら、仮の姿で、お嬢様をお守りしておりました。」
えぇーい。
俺は、半分腹を切って嘘と真実を混ぜ込み、このヤバそうな雰囲気を丸く収めようと努めた。
適当に、お嬢様の護衛任務だとか.....。
高校生活を無事に送られているのか心配で、裏口入学で、年齢を誤魔化し高校生の姿になりました....とか。
なのに...。
なのに!
何でこうなるんだよーーーーー!
「お兄ちゃん!!」
扉の向こうから、桜が血相を変えて飛び込んでくるのが見えた。
これまた、でかい声で叫んでくるんだ。
どっかの母親みたいだ。
まだ、桜の方が落ち着いているが.....。
「お兄ちゃーーーーーん!!!!!!!大丈夫ー?」
はぁ、はぁと息をきらし、胸元を揺すってくる。
「鳩谷さんが、お兄様?」
運の悪いことに、俺の周りには、桜が、兄と呼べる人物が俺しかいない。
こんなんだったら、不良一匹、生かしておくんだった。
そしたら、いくらか融通が効いたのに......。
で、案の定、そこから、普通に解釈をして、伊世早美優は目を丸くして、驚いたように首を傾げたのだった。
「井勢谷さんのお兄様?」
あーーーーー!
もう!!
何で、こうなったんだーーーーーーー!!
俺は、すぐに姿を消したかった。
あぁ。
透明人間になりたい.....。
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