第20話 鳩谷正也の誕生秘話③
咄嗟に、入ったその部屋は、服ばかりが並んでいる、小さな部屋だった。屋敷の衣類を一括に管理しているのだろう。
隠れるにしては、粗末な部屋。
出来れば、何事もなく、廊下を通り過ぎていくことを祈る。
「...。誰?」
まあ、この現状を簡単に打破出来るほど、俺は格好良くはなかった。
「誰か、居るのですか?」
そんな声が、近づいてくる。
そして、その足音は、ドアの前で止まった。
今、入られると、すぐに見つかる。
名も明かさずに、穏便に出ていけるほど、甘い世の中ではないだろう。
下手をすれば、明日の朝刊の見出しは、俺の親の名前で持ち切りになるかもしれない。
俺の、人生設計の中で、ここで捕まることは、予定に入っていない。邪魔が入るなど、言語道断だ。何としてでも...。と、打開策を探る。
「ここ。この辺で、ここで、音がした。」
「でも、誰も居ないよ?」
「この部屋、怪しい。」
「えぇ!?ダメよ。お父様が帰って来られてからにしましょう。」
「やだ。入る。」
ガチャ
こうして、ドアが開いた。
万事休す。
「灯りが付いてる。」
「やっぱり、どなたかいらっしゃるのですね。」
「でも、今日は老川さん、休み。使用人、和子さんしか、居ない。」
そう言って、2つの足音が、俺の方に、近づいてくる。
俺は、腹を決めた。
「おや?お嬢様。こんな所でどうされたのですか?」
「きゃ!」
「............。」
2人の娘は、俺の声に驚いた。
1目で、あの人の娘であることが分かった。
妹は、ウサギのような目で、冷たくこちらを睨んでくる。
「えーっと。」
「.........。不審者。」
妹は、ポツリと呟く。
「妹が、何か物音がしたと言うので。」
「ああ。もしかしたら、この風かもしれません。冷たい風が、雪と一緒に強く吹いていますからね。」
にこやかに言う。こうなったら、使用人のふりだ。
このまま、すんなり信じてくれ。
だが、そんなに上手くはいかないものだ。
動かない彼女たちに、俺は、第2策を投じる。
「旦那様が、そろそろ帰ってこられると思いますよ。先ほど、渋滞を抜けたとの連絡が入りましたので...。」
「渋滞?」
「今日、お父様は、貿易会社の会合で、豪華客船に乗ると聞いております。帰りは、朝方になると。」
「はぁ?」
聞いた話と違うじゃないか。あの惚け茄子が!!
「あ、ああ。そう言う話でしたね。そう言えば、お2二人とも沖縄に旅行に行かれていると、伺っていましたが、この大雪で、断念なされたのですね。誠に残念で、心中を御察し致します。」
「え?」
今度は、姉が驚いていた。
「...。あなた...。誰?」
今まで、黙っていた妹が、指を指してくる。
ギクッ。
「こんな夜中に、この部屋に居るなんておかしい。この部屋、パーティーの前くらいしか使わない。しかも、私たちが沖縄に行くのは来月。これは、お父様と私達が、お母様にサプライズしようと相談していた話。他の人は、知らないはず。」
こう、妹は、詰め寄ってくる。
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