ずるい生き方


「ぼくは・・・・・・」


 雄大はうつむいて何かを呟いた。


「聞こえない! 大きな声で言え!」


 竜王の声が空気を震わせた。

 雄大は睨みつけるようにして,目の前を見上げた。そして,肩が持ち上がるほど杯いっぱいに空気を取り込んだ。


「ぼくは地球を救う! お前には屈しない! 消えてなくなるのはお前の方だ!」


 そう言って剣を取り出し,めちゃくちゃに振り回した。力任せに振り回した剣は無様に空を切っている。

 え,リンナがつぶやいた。丸くなった。その目の先を追うと,そこにはゲージが浮かび上がっていた。


「どういうこと。だれも攻撃していないのに」

「いつからあったの?」


 リンナに聴くと,ここに入ってからずっとあったということだった。


「ということは,あれはもしかして・・・・・・」


 リンナがうなずいた。


「そう。きっとあれは竜王のゲージよ。ずっと気づいていないふりをしていたけれど,今さっきAのゲージが減ったの。どういうことだと思う? あれは竜王のゲージなのは間違いないはずなんだけど・・・・・・」


 雄大の剣を弾き飛ばした竜王がこちらに顔を向けた。


「その通り。そいつは私のゲージだ。でも,分かるだろ? お前たちのものとは大きさもまるで違うし,もちろん質量だって違う。お前たちが死ぬほどのダメージを受けたからといって,私もくたばると思われたら心外だ」


 それはそうだ。見るからにタフな見た目だ。きっとガードも相当に硬いはず。どうすれば・・・・・・。

 悩んでも出ない答えを求めてリンナの方を見ると,彼女はなぜか笑っていた。



 どうしたの? とリンナに問いかけると,不敵な笑みを浮かべて彼女は言った。


「私たち,勝てるわ」


 誇らしげな彼女をしばらく見つめていた。リンナが言う言葉の意味をかみ砕いて理解しようとしたものの,結局何を言おうとしているのかがわからなかった。


「勝てるって,竜王にだよね?」

「当り前じゃない。何を今さら言ってるの? 他に何があるのよ。まさか,自分に勝つとか? まあ,あながち間違いではないかもね」

「安心したよ。でも,何が言いたいのかさっぱり分からない。あの剣の通りそうもない皮膚をどうやったら貫けるのか,ぜひ聞かせてよ」


 ちがうわ,とリンナはかぶりを振った。


「剣をいくら振りぬいてもかなわない。あなたがきった半魚人とは話が違うんだから」

「じゃあどうするっていうんだ。もったいぶらずに教えてよ」


 リンナは雄大の方を一瞥してまたこっちを向いた。雄大と竜王は微動だにせずにらみ合っている。いや,二人の間には何かしらのやり取りがあるのかもしれない。でも,しばらくは動きがなさそうだ。

リンナは胸を張った。そして,思い出して,と言った。


「あいつは,私たちのことを簡単に殺すことができると言った。でも,おもしろくないとも。じつはそうじゃないのかも。やつは物理的に私たちを攻撃することはない。私たちも竜王を物理的に傷つけることは難しい。でも,竜王のゲージは減った。あれはやつのライフを示すゲージであることは本人が認めたのだから間違いない。問題は,なぜゲージが減ったのか」


そこまで言い切ると,思い出したかのようにリンナは息継ぎをした。


「竜王にダメージを与えるのは’覚悟’よ。雄大は手を下さずに竜王にダメージを与えた。私たちの思いを一つにすれば,あいつに勝てる」


 そう言ってリンナは竜王の方を向いた。その顔は全てにけりをつける勇ましい表情をしていた。




 リンナは胸を張って竜王のもとへと進んでいった。


「こっちよ。次は私が相手をしてあげる」


 雄大と竜王が同時にリンナを見る。


「小娘,この世界の結末のつけ方に気づいたようだな。でも、仕組みが分かったから解決に近づけると思ったら大間違いだ。どんな場合でも,前に進むというなら苦痛が伴う。しかも,お前にとってはなおさらだ。求めているものがこいつらと違うじゃないか」


 リンナは唇を噛んで竜王を見上げている。


「私はまさるを,みんなを信じているから」

「違うな」


 竜王は冷たく言い放った。その見下す目は,嘲笑するというよりはどこか憐れんでいるようであった。


「何が違うっていうのよ。こいつらはやるやつなの。私はそれを信じる」

「卑怯な奴だ。だからお前はいつまでも何もかも人のせいにする。うまくいかないことの原因を他のせいにする。信じるとは,便利な言葉だな。どうせまた上手くいかなかったら,鬼のような形相でまさるを責めるんだろ?」

「私の何を知っているっていうの? 私はそんな卑怯な生き方は決してしない」

「弟が学校に行けなくなったのはゲームのせいにするくせにか。ゲームのせいで人生が狂わされたというが,お前は弟に何をしてやった? コミュニケーションをとってやったのか? 何に悩んでいるのか知っているのか? 知ろうとしたのか? どうせ何もしていないんだろ。そのくせ難癖をつけるときはいっちょ前だからな」


 リンナは顔を真っ赤にして,血が出るのではと心配になるほど唇を固く噛んだ。


「何も知らないくせに。私に何ができるっていうのよ」


 竜王はじっとリンナを見つめ,たっぷりと間をとってから口を開いた。


「何もできなかったのか。そうかそうか。じゃあ,お前に何もできなかったというのにこの子どもたちに何を求めるというのだ。ずるいやつだ。お前は・・・・・・」


 竜王はいったんことばをきった。リンナは黙ったままだ。


「お前は,ゲームの世界を壊した方がいいんじゃないのか? 自分の正義を貫かずに公開するぞ。ゲーム依存症の子どもが,弟のようなろくでなしで社会不適合者が増えるかもしれないが,指をくわえてそれを見ているのだな?」


 リンナは剣を手にして,甲高い声をあげながら竜王に向かって突進していった。

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