竜王の問い


 近づくとよく見えるつやつやとしたおなかの皮膚は,まるでアニメに出てくるような照り方だ。画面の中でしか見ることのできない竜の皮膚に思わず見とれていた。


「顔をじろじろ見るやつを失礼だと思ったことはあったが,そんなにまじまじと腹を見られたのは初めてだ。状況が分かっているのか?」


 竜王はぼくを見下ろし,大きな鼻音を立てて牙を見せた。


「これからゲームを作るのに,こんなに参考にできそうなことはないからね」

「怖くないのか?」

「だって,ぼく達のことを傷つけるつもりはないんでしょ?」


 え,とリンナと雄大は僕を見た。そしてその言葉に対する竜王の答えを求めるように,視線を前に向けた。

竜王は何も言わない。ただ,目の前にいる子どもの理解不能な言動を興味深そうに見つめる姿には,殺気はまるで感じられない。


「自分でも言ってたじゃん。殺す気ならもうすでに死んでるって。それはそうだと思う。でも,さっきの爪痕だって,絶対にぼくたちに当てる気はなかったでしょ? それになにより,きっとぼくたちをやっつけるのに,物理的に懲らしめてやろうとは思ってない。もっと,精神的に,心の深いところをえぐりたいはずだ。このゲームは,そもそも肉体的な苦痛を僕たちに与えることはできない。それよりももっと,自分の問題と向き合わせたいんだ。このゲームのシステムがそうなっている」


 まさか,とリンナは呟いた。


「この世界にやってきた人間たちは痛みは感じない。でも,ライフゲージが0になったら死んだのと一緒なんでしょ? そんなの,心の内面とか一切関係ないじゃない」

「ライフゲージがなくなれば体が消滅してしまうのは確かだよ。でも・・・・・・」


 そこまでだ,と竜王は低い声を響き渡らせた。


「なかなか勘の鋭い奴だ。まだわかっていないやつもいるな。その目で見て実感するといい。わざわざお前たちを八つ裂きにしなくても,命を摂ることができるということを」


 そう言って,不敵な笑みを見せると,途端に雄大は狼狽しだした。顔には脂汗が浮き,目の焦点は定まっていない。いや,虚空のある一点を見つめている。おそらく,雄大の目の前にはコマンドが表示されている。



「落ち着け。冷静になるんだ。どんな選択肢が出ている?」


 明らかに動揺した様子の雄大を落ち着かせようと声を掛けたが,まるで届いていない。


 リンナも新派層に見つめる。


「どうしたっていうの?」

「分からないけど,目の前にコマンドが表示されているんだ。リンナも何度かあったでしょ? 目も前にRPGのゲームのように選択肢があって,コマンド操作を求められたことが」

「コマンド・・・・・・いったい何を言っているの?」


 え,と思わず口が開いた。この世界に来た人間は,大切な選択を迫られるんじゃないのか? もしかして,リンナにはコマンドが今まで現れていなかったのかもしれない。思えば,ライアンが酒場から食い逃げをしたとき,リンナの選択肢に対する書道の速さや思い切りの良さには舌を巻いた。でも,もちろんそれはリンナの反射神経の良さもあったのだろうが,コマンドを選択して動いたわけではなくて直感的に反応して動いたものなのだろう。


 コマンドで選択肢が示される世界と,自分で判断して動ける世界。この二つはどちらの方がいいのだろうという疑問が頭をよぎった。確かに,リンナのように即決で判断を下せるのなら一歩目のスタートは圧倒的に早く切ることができる。でも,自分にとってはどうだろうか。きっとぼくはリンナのように一瞬の判断を下すことはできない。それどころか,いつまでもぐずぐずと悩み,いつも間にか好機を逃してしまうだろう。


「ボケっとしてないで,さっさと決めてしまいなさい。優柔不断な子ね」


 小学生の頃,担任の先生に言われた言葉がこだました。


「いいかい,チャンスはいつ来るか分からない。でも,そのチャンスが来たときは,絶対に逃したらだめだ。それはまるで,空から落ちてくr雪の結晶のように消えてしまうからね」


 おばあちゃんが優しくいってくれ言葉が耳の奥で響いた。

 ぼくはきっと,目の前に選択肢があったからこそここまでこれた。


 次々と浮かんでくる考えに対して思索にふけって没頭していたが,「なにをするつもり?」と言うリンナの声で意識を引き戻された。

 視線をリンナと同じ方向へやると,竜王が腰を下ろして雄大に顔を近づけるところだった。


「お前に聴こう。本当に地球を救いたいのか?」


 雄大の視線が僅かに動いたかと思うと,すぐに止まった。どうやら何かを選択したようだ。


「その答えにうそはないな? もし戻っても,またいじめられるだけだぞ。だれもお前の勇気ある行動を知らない。自分の命を捨ててまでも友を救おうとした勇気をな。それなのに連中は,ゲームが好きな気持ち悪い日本人というレッテルを張って,しかも唯一の日本人の同級生ですらお前のことを軽蔑している。そんな世界を,お前はすきたいんだな? また地獄の世由奈日々を送りたいんだな?」


 竜王が右側の牙だけをむき出した。もし人間だったら,相当底意地の悪い表情に違いない。竜王の発する言葉と歪んだ顔からは狡猾さが見て取れた。

 雄大は自信がなさそうにうつむいた。目には涙が浮かんでいる。雄大は現実世界で相当つらい思いをしてきた。地球を救うという自分の答えに迷いが生じているのだろうか。


「答えろ」と竜王は空気を震わせて言った。

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