第12話

 びんぼう村は、一気に20人まで膨れ上がった。

 正式な村人は4名だけで、あとの16名は下働き。


 下働きについては個別の家は与えられず、日々の過酷な労働を強いられた。

 そのおかげで、びんぼう村は一気に拡張。


 あたり一帯を大きく開拓し、まさに村と呼べるまでの規模となった。


 渓流から水を引いたおかげで、水も不足しなくなり、水田まで作れるようになる。

 穴を掘ったら温泉が出てきたので、お湯もたっぷり。


 動物は羊たちだけでなく、野生の牛や豚、鶏までもが飼育されるようになった。

 人口こそ少ないものの、近隣ではもっとも豊かな村となる。


 そして、近隣でもっと貧しい村となっていた、ハテサイはというと……。

 泣きっ面に蜂が刺すように、盗賊たちに襲われていた。


 盗賊たちは『ウバイーヌ』というならず者集団。

 冷害によって立ちゆかなくなった近隣の村人たちまでもが合流し、一大組織となっていた。


 彼らはヒャッハーとハテサイを襲ったはいいものの、村にはもう米粒ひとつない状態。

 村長だけはこっそり備蓄していたものを食べていたが、村人たちは雑草を食べて飢えをしのでいた。


 『ウバイーヌ』のボスの弟であるゴッソリは業を煮やし、村人を集めて責めたてる。


「貴様らぁ、食い物をどこへ隠した!?

 いくら不作とはいえ、少しはあるはずだろう!?

 手ぶらで帰ったら、兄貴に合わせる顔がねぇんだ!

 隠し立てすると、ひでぇ目に遭わせるぞ!」


「ご、ゴッソリ様! 本当にもうこの村にはなにもないんです!

 村人たちはみな草を食み、泥水をすすっている有様で……!」


「よぉし、それじゃあ家捜しだ!

 もし隠しているのを見つけたら、皆殺しだからな!」


 家を探されては困ると思った村長は、とんでもないことを言い出した。


「お、お待ちくださいゴッソリ様!

 実を申しますと、食料はぜんぶ貧乏神に奪われてしまったのです!」


「なんだとぉ……!?」


「はい! ワシらは貧乏神に、村に厄災をもたらすと脅されて、すべての食料を差し出したのです!

 貧乏神は、この近くにあります『穢れ山』におります!」


 村長は保身のために、ダイコンに罪をなすりつけたのだ。


 『穢れ山』に食料があれば、貧乏神と裏切った村人たちは皆殺しにあうだろう。

 仮に貧乏神が恐るべき力を持っていたとしたら、盗賊たちを懲らしめてくれるに違いない。


 いずれにしても、自分だけは助かる……!

 と村長は思っていた。


 ゴッソリは単純だったので、村長の言葉をそのまま信じてしまう。


 盗賊たちは村長に案内され、『穢れ山』に攻め込んだ。

 そして彼らは『びんぼう村』へとたどり着く。


 そこはまさに、この世のものとは思えないほどの別天地であった。


「す、すげぇ……! どこも冷害で苦しんでるってのに、こんなに畑が豊作の村があったなんて……!」


「魚はあるし、牛や豚までいやがる! そこかしこに食い物がたっぷりあるぞ!」


「お、おい! あれは酒樽じゃねぇか!?」


「なんだと、酒まであるのか!?」


 そしてとりわけ彼らの目を惹いたのは、ダイコンであった。


「な、なんだあの女……すげえべっぴんじゃねぇか……!」


「て、天女様みてぇだ……!」


「ま……間違いねぇ、ここは桃源郷だ! ここにはなんでもあるぞ!」


「そうだ! ここは宝の山だっ! 野郎どもっ、奪いつくせ、壊しつくせーっ!」


「おおーっ!」


 彼らは『びんぼう村』のアーチをなぎ倒す勢いで一気に攻め込もうとしたが、その前に、ひとりの少年が立ちはだかる。


「やっぱり、来やがったか……。いつか来ると思って、見張りをさせといてよかったぜ」


 「なんだぁ、テメーは!?」とゴッソリ。


「俺はグリード。この『びんぼう村』の村長だ」


「テメーみたいなガキが村長なのかよ!? まあいいや、全部いただいていくぜぇ!」


「その前に、盗賊のリーダーはお前か? なら、俺と勝負しろ。

 一対一で戦って俺に勝てたら、好きにするがいい。

 だが負けたら、なにも手を付けずにここから去れ」


 それはグリードなりの考えであった。

 盗賊たち全員を相手にするのは骨が折れるが、リーダーを討ち取れば最小限の労力で追い返せると。


 グリードには剣術の心得があるのと、帝国を追放されたときに持ち出した強力な剣があるので、そのへんの盗賊風情に遅れを取ることはない。

 一対一ならば絶対に勝てると確信していた。


 そしてゴッソリはグリードが少年だからと、完全にナメきっていた。

 両者の間には体格差だけで、すでに倍以上の違いがある。


「ぎゃはははは! このガキ、俺とやろうってのか!

 いいだろう、軽くひねりつぶしてやるぜぇ!」


 余裕たっぷりに担いでいた武器を引き抜くゴッソリ。

 それは、自分の身の丈ほどもる巨大な戦斧であった。


 もしカスリでもすれば、グリードの身体などバラバラになってしまうだろう。


 もちろんダイコンは戦いを止めようとしていたが、グリードから「さがっていろ」と厳しい口調で言われてやむなく引き下がる。

 それでも「斬られるときは一緒」とばかりに、グリードに付き従った。


 村人と盗賊たちが見守るなか、グリードは腰の剣を引き抜く。

 それは、鞘から滑るように抜ける、まばゆい光を放つ聖剣だったはずなのだが、


 ……ずずっ、ずっ。


 なぜか鞘のなかで引っかかって、なかなか抜けない。

 ようやく引っこ抜いた剣は、ホタルの光りほどもなく、錆びてボロボロになっていた。


「なっ……なんだこりゃあ!? この剣は、錆びることなんてないはずなのに!?」


 唖然とするグリードの背後から、申し訳なさそうな声がする。


「あっ……そ、それは……。

 たぶん、わたしが取り憑いていたせいで、変質させてしまったんだと思います、すみません……」


 ボロボロの剣に、盗賊たちは大爆笑。

 グリードが自信満々だったので村人たちは期待していたのだが、一気に失望が広がる。


 しかし、もう後には引けない。

 「くっ……!」とグリードは錆びた剣を構えた。


 ゴッソリは、もう負ける可能性は万人ひとつもなくなったと、ひたすらに嘲る。


「ぎゃっはっはっはっ! ガキのくせに自信たっぷりだったから、てっきりヤベぇ剣でも出てくるのかと思ったら……。

 そんな貧乏神に取り憑かれたような剣でなにしようってんだ!」


「貧乏神……?」


 ハッとなったグリードは、前を見据えたまま小声でダイコンに問う。


「おい、ダイコン。お前は戦闘用の技能スキルは持っていないのか?」


「えっ? す、すみません!

 わたしはケンカをしたことがないもので、わたしの技能スキルが戦いに使えるか、わかりません!

 でも、わたしと契った旦那様なら、わたしのいくつかの技能スキルが使えるはずです!」


「そうなのか? どうやって使うんだ?」


「頭のなかで、わたしのことを思い浮かべてください。

 そうしたら、自然に技能スキルのイメージが浮かんでくるはずです。

 それをそのまま口にして、行動すれば、技能スキルが使えます」


「わかった!」


 グリードは即答とともに即座に集中し、想像した。

 泣き、落ち込み、むくれ、慌てるダイコンの顔を。


 そして、彼女の微笑みを。

 すると、自然と口をついて出ていた。


「この笑顔、守りたいっ……!」


 グリードの瞳に、もはや迷いはない。

 見るもをゾッとさせる闘気オーラが、身体じゅうを包んでいた。


「なっ……なんだぁ!? このガキ、急におかしなことになりやがった!?

 なっ……なんだか、邪神に取り憑かれたみてぇに……!?」


 井戸の底から這い出るような声で、少年は告げる。


「さぁ……貧しく生きよ……!」


「なっ!? ワケのわかんねぇこと抜かしてんじゃねぇ! うおおおーーーーーーーーーーーっ!!」


 斧を振りかぶるゴッソリを、グリードはダークオーラに包まれた剣で薙ぎ払う。


清貧か邪貧プア・ーオア・プアーっ!」


 ふたりの距離は遠かったので刀身はまるで届かなかったが、剣閃のオーラがゴッソリの身体をなぞるようにはしる。


 しかし、なにも起こらなかった。

 ここにいる多くの只人ただびとの目からは、少なくともそう見えた。


「お……おどかしやがってぇ! 全部ハッタリかよっ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」


 ついに、蛮声とともに挑みかかるゴッソリ。

 誰もが『終わった』と、目を背けた。


 しかしグリードに走り寄る途中で、ゴッソリは足元に生えていた草に足首を取られ、前のめりにブッ倒れていた。

 しかもその先には、牛の糞が山盛りにあったせいで……。


「うっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?」


 ずべしゃあーーーーーーんっ!!


 ゴッソリはモロに顔面を埋没させてしまう。

 しかもその衝撃で、木の上にあった蜂の巣が落ちてきたせいで……。


「うっ!? うぎゃああああっ!? いたいいたいいたいっ!? くさいくさいくさいっ!? いたくさいいいいーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 たまらず飛び上がったゴッソリは、糞と蜂まみれ。


「ちっ、ちくしょぉぉぉぉーーーーっ!? きょっ、今日のところはこのへんで勘弁してやらぁ!

 やっ、野郎ども、帰るぞっ! うっ、うぎゃああああーーーーーーーーーーっ!?!?」


 まるで尻に火がついたウサギのように慌ただしく、びんぼう村から逃げ去っていった。

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