第22話 鏡と泉の少年少女


「この眼。もっと驚かれるんじゃないかと思ったけど、こっちがビックリしたよ。君たち全然驚かないんだもの」

「いや、裸眼って聞いた時は驚いたけどさ。こっちじゃファッションでカラコン入れる人とかいるからね」

「なんでわざわざそんなこと。こんな、化け物みたいな色」

「え、ふつーにかっこいいじゃん。こっちじゃ黄色とか緑とかいろんな色を楽しんでる人、たくさんいるよ。っていうか、エマトールの眼の色より、今のこの状況の方がびっくりなんだけど」


「それもそうだね」


 鏡の前と泉の前で、彼らは互いに笑いあう。子供ならではの柔軟性のなせるワザか、住む世界は違えど年が近いからだろうか、子供達5人はこの不思議な状況をあっさり受け入れ、あっという間に仲良くなっていた。莉子に至っては、鏡の前で寝そべり頬杖をついて会話している。指先でメジロに触れるふりをしてからかいながら。


「ね。眼の色なんてどうだっていいって、私言ったじゃない」

「うん、そうだけど……」

「ねね、ハスミュラちゃんの服、可愛いね。それも自分で作ったの?」

「あ、うん。そうよ。うちは母さまも織物が得意で、母さまの織り機を譲ってもらって使ってるの」

「ミシンとかもあるの?」

「ミシン……裁縫機は、無いわね。全部手縫よ。そっちのみんなの服も素敵。変わった形だけど、すごくやわらかそうな布だし、色も綺麗」



 鏡の向こうの二人が話す言葉は、外国語、どことなくフランス語のような響きがある。でも、容姿は徹たちとよく似ている。要するに、日本人っぽかった。

 そして、話している言語はたしかに違うが、互いに共通の知識がある単語については問題なく通じた。聞いたそばから、頭の中で勝手に翻訳されるのだ。

 例えば、「ミシン」というものは向こうには無いけれど、意味はわかるのでなんとなく通じる。

 逆に、「マガリコ」などの言葉はこちらには共通する認識が皆無なので、わからなかった。だが、説明を聞いて「テレパシー能力を持つ、生涯を共にする大事なペットのようなもの」ということは理解した。

 コチラの世界に無理矢理当てはめるならば、さしずめ命と個性を持った携帯電話といったところだろうか。だが鏡の中に映るマガリコ「メジロ」は、ファンタジー映画などに出てきそうな精霊じみた容姿がなんとも可愛らしく、鏡の前の三人にとっては携帯電話なんかよりずっと望ましかった。



「ねえ、それ。徹のその青いのは、何?」


 徹はエマトールが指差した物を見下ろすと、それを首から外して鏡に近づけた。

「オカリナっていうんだ。さっき吹いてたのはこれだよ」


「オカリナ。綺麗な音だった。さっき、それをヒタキと見間違えたんだ。色や大きさがそっくりだったから」


「ヒタキちゃん、亡くなってしまって残念だったね」

「御愁傷様です」


 鏡の前の三人は、揃って頭を下げた。莉子は両手を合わせて拝んでいる。


 ヒタキの存在の大きさとその喪失感は、マガリコを持たぬ彼らにはわかるまい。でも、その労りの気持ちが嬉しかった。

「……ありがとう」エマトールとハスミュラも、泉の前で頭を下げる。それを真似て、メジロもペコリ。



 まるでタイミングを計ったかのように、遠くで音楽が鳴り始めた。17時を報せる、防災無線の「夕焼け小焼け」だ。


「ああ、もう5時か。そろそろ帰らなきゃ」


「綺麗な音楽ね」「ああ。優しくて、初めて聞いたのに懐かしい感じがする」

 鏡の向こうで、ハスミュラとエマトールが目を閉じて聴き入っている。メジロは曲に合わせて不思議で可愛らしいダンスを踊っている。


 曲を聞き続けられるよう鏡をそのままにして、彼らは二人と一匹に別れを告げた。



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