第10話 今日のおやつはきな粉棒とチロルチョコです


 一時間後、二人は洞穴の入り口に立っていた。30分ちょっとで登りきれる小さな山ではあるが、登山コースを外れたところにあるこの洞穴は、暗くて怖い。背の高い草に隠された昼間の闇が、岩肌に口を開けている。

 洞穴の付近は、子供の頃とは少し様子が違って見えた。あの頃よりずいぶん背も伸びたし、力も強くなった徹だったが、昔よりもむしろ、自然に触れる機会の減った現在の方が怖いかもしれなかった。


「ここって、事故とかあったっけ?」

「聞いたことないけど。っていうか、この場所を知ってる人の方が少ないんじゃない? 最近のチビっ子はこんなとこで遊ばないだろうし」


 怯えを悟られないよう、徹は平静を装って聞いたのだが、由良は全く怯んでいないようだ。


「わあ、懐かしい~」

 由良は勝手にずんずん進んでいく。徹も遅れまいと慎重に足を踏み入れた。


 入り口付近の地面には土が吹き込み柔らかかったが、奥へ進むにつれて地面は岩のような固い感触に変わっていった。通り道の真ん中あたりには水の溜まった跡が残っている。地面も壁もデコボコしていたが、道自体はまっすぐだ。目を凝らすと、なんとか奥まで見通せる。そもそも小学生が探検できる程度の洞穴だ。いざ入ってみれば、そんなに深くはなかった。

 暗さに目が慣れてしまえばどうってことないな、と徹はひとり胸を撫で下ろした。


「昔はもっと広く感じたけどねえ」

「そうだね。道ももっと長く感じた」

「何度も来たよね」

「理央とか莉子ともね」


 洞穴の突き当たりには、昔持ち込んだ椅子がまだ残っていた。椅子と言っても、酒屋のゴミ捨て場から失敬してきた木箱二つだ。

 徹は迷いなくその木箱に腰掛けたのだが、服が汚れるのを嫌った由良は座りたがらない。なので、駄菓子屋で買ったお菓子を膝の上に開けて、ビニール袋を箱の上に敷いてやる。


「由良、座りなよ。お菓子食おうぜ」


 ビニールを敷いた木箱に浅く腰掛け、由良は徹の手の中の小さな袋の中から慎重な手つきできな粉棒を摘んだ。粉が服に落ちないよう、気をつけて頬張る。


「由良って昔もそれ好きだったよな」

「うん。しょっちゅう食べてる。あんずボーもいつも大量に冷凍してある」

「俺、久しぶりに食った」


 きな粉棒を食べつくした由良は、立ち上がってそっと服を払った。きな粉はついてなかったけれど、さっき徹が椅子にビニールを敷いてくれた仕草がスマートだったので、由良も少し大人っぽい振る舞いをしてみたかったのだ。



「あれ?」

 由良が背伸びをして、徹の背後の壁を見つめている。


「こんなとこ、あったっけ?」


 壁の凸凹に隠れて、胸の高さほどのところの壁に窪みがあった。「隠れて」というより半ば「隠されて」いたようにも見える。背の低い子供には見えない位置に、岩壁のうしろへ回り込むような形で大きな穴が穿たれている。

 徹は窪みの縁に手をかけて背伸びし、奥を覗き見た。


「ダメだ。暗くて見えない……けど、結構奥行きがありそうだな」

 さっきまで座っていた木箱に乗り、腕の力で体を持ち上げる。なんとかその穴によじ登ると、精一杯腕と腕を伸ばして壁を探り、足元を探った。ここはさらに真っ暗で、暗さに慣れた目でもよく見えない。



「どうなってる?」

 由良の声が低い位置から聞こえた。穴の入り口から覗き込んでいるのだろう。


「暗くてわかんない。でも、2メートルぐらいは奥行きありそう……あっ、あっぶね」

「何? どうしたの?」


 心配そうな声が、少し震えている。徹は急いで振り返り、入り口へと戻った。


「下になんか、石みたいのがあった。石っていうか、小さめの岩? みたいな」


 穴の床に手をつき、飛び降りる。手のひらの埃を払ってから、その手を由良に見せた。怪我してないよ、という風に。

「今度、懐中電灯持ってこようぜ」

「え、また来るの?」



 由良はちょっと呆れた様子だったが、徹は必ずまた来ようと思っていた。


 少し前の誕生日に由良からもらった、6穴の青いオカリナを持って。きっとここでは、綺麗に音が響くはずだ。


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