第9話 徹と由良は仲良し
由良がお隣を訪ねることができたのは、結局お昼に近い時間だった。父と電話で話し、帰宅した母にワンピース姿と制服姿両方の写真を撮られまくり、さらにそれを父にメールで送ったりしていて、すっかり遅くなってしまったのだ。本当なら、もっと早く行くつもりだったのに。
玄関のチャイムを押すと、江間徹の声が応えた。この時間、徹の両親は仕事で不在なので、彼が出るのはわかっていた。
「見て、徹ちゃん。私も制服届いたんだよ」
両腕を広げてくるりと回ってみせると、ボックスプリーツのスカートの裾が膝の周りにさらりと触れた。今まで感じたことのない、しっかりとした布地の感触が新鮮だ。
「うん、よく似合うよ」
玄関先で猫背気味に立ったまま、徹はもそもそと言った。たしかに、よく似合っている。そして由良は嬉しそうだ。喜びに輝く笑顔が眩しくて、徹は目を逸らした。6年ぶりに会った由良は、制服のせいもあって大人っぽく見えた。
でも徹自身は、学校の制服が嫌いだった。皆が同じ格好をして、校則でがんじがらめになるのが嫌だった。
───おんなじ制服だからなんだってんだ、馬鹿馬鹿しい。
あのまま東京で暮らしていたら、私服の学校へ行ける予定だったのに。でも、こっちへ戻ってこなかったら、由良に再会できなかったわけで……
そんな思いを隠して曖昧に笑顔を作り、ポケットから小さな包みを取りだした。
「13歳の誕生日おめでとう。由良」
包みを開けてみるとそれは、小さなオルゴールだった。金色の四葉のクローバーのイラストが片隅に刻印された、ラメ入りの透明なケース。中には金属の機械が見える。
「こないだ俺も誕プレ貰ったから。でも、女の子が喜ぶものって、わかんなくて」
徹はまた、もそもそと言い訳する。
由良の顔を見るのが少し怖かった。がっかりした顔をしてるんじゃないかと、思っていたから。
すると、小さな音のメロディが流れ出した。
「『星に願いを』。私が好きな曲、覚えててくれたの?」
「うん……昔の話だから、今は違うかもしれないとは、思ったんだけど」
「大好き! 今でも、大好きな曲だよ」
弾んだ声に、徹は初めて由良の顔をまともに見ることができた。
由良はキーホルダー型のオルゴールを陽にかざし、きらきらと反射する光を浴びながらうっとりと聴き入っている。
「ありがとう、徹ちゃん。大事にする。学校のカバンに付けとく」
「……アクセサリー類は禁止なんじゃなかった?」
「キーホルダーもダメかな?」
「さあ」
─── 徹ちゃんが、昔のことをちゃんと覚えていてくれた。こっちへ戻ってきた日の挨拶では、なんだか気怠げで言葉数も少なく、大人びた印象だったけど………やっぱり、徹ちゃんは徹ちゃんだった。
嬉しくなって、由良は徹を散歩に誘ってみた。近所を一緒に歩いてたら、昔のことをたくさん思い出せるかもしれない。
ついでに新しいワンピースに着替えて、そっちも見て貰おう………
6年ぶりに帰ってきたこの町は、ほとんど何も変わっていない。そう思いながら、徹は由良と連れ立って町中を散歩していた。
お小遣いを持って通った駄菓子屋も古びた文房具屋もまだあるし、小学校の校舎も記憶の中のまま。でも、草ぼうぼうの空き家になっている家も幾つか見かけた。あれは誰の家だっただろう。知っていてもいいはずだが、思い出せない。
─── 変わらないように見えても、やっぱり少しずつ変わってるんだな……
「ねえねえ、東京ってさ、コンビニとかいっぱいあるんでしょ?」
制服から、今朝貰ったというワンピースに着替えた由良が、弾む足取りで隣を歩いている。徹の感慨には全く気付かず、えらく楽しげだ。
「まぁ、そうだね。俺の住んでたとこは、歩いて10分圏内に5件あった」
「えええ、何それ。天国じゃん。こっちなんて自転車に乗らなきゃ行けないよ」
羨ましがる由良に、徹は苦笑を見せた。
「コンビニなんてそんな頻繁に行かないって。どこも大して変わんないし」
中学生になったら、塾の帰りとかに寄ってたかもしれないけどな……そう思ったが、口には出さない。
「遊ぶとこもいっぱいありそう」
「あるけど、小学生同士で行けるとこなんて限られてるし、公園に集まってゲームしてたぐらいだよ。こっちとそんなに変わらないんじゃない?」
「そっかぁ」
話していて、徹はふと思い出した。
「由良、昔よく遊んでた
「あー、秘密の
「なんかわかんないんだけど俺、あの場所のこと、何度か夢に見たんだよね」
「へえ。楽しかったもんね。いつものおやつが美味しく感じられてさ。久々に行ってみる?」
「え、由良、どこ行くんだよ。洞穴、こっちじゃなかった?」
「だって、洞穴行くなら戻っておやつ買わないと」
由良にとっては、洞穴とおやつはセットなのか……可笑しく思いながら、徹は由良の後について駄菓子屋への道を戻った。
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