第17話 私がママよ
俺がブライアンに引っ張られながら立ち上がると、扉から今まで会ったことのない女性が入ってくるのが見えた。
その女性は、赤いロングヘアーの綺麗な方だった。
落ち着いた雰囲気も相まって、若い見た目にしては結構年上にも見える。
だがそんな事よりも、一体これは……
胸がモヤモヤするような、それでいてドキドキするような……
なんだろコノキモチ。
その女性を見た瞬間に湧き上がってくる感情が俺には理解できない。
それは恋愛対象の相手に対して感じるようなものではなく、なんというか、安心感にも似ているというか……
一体どうしてしまったんだ、俺は。
こんなこと初めてだ。
まるでずっと会えなかった母親にあったかのような……
そんな感情に支配された俺は、しばらくその女性から目を離せずに固まっていると、その女性と目が合った。
するとその赤髪の女性は、まるで信じられないものを目にしたかのように口を手で押さえて驚くと、そのまま勢いよく俺の下へと駆け付け、力強く抱きしめてくる。
「え? えええ!?」
これ、どういうこと!?
あまりに突然のことで理解が及ばない。
ただでさえ自分の感情に困惑していたのに、いきなりこれでは完全にパニックである。
「生きて……生きていてくれたのね!!」
その女性はそう言いながら、俺のことをギュっと抱きしめ続けた。
その抱擁からは、もう決して離さないという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
一体何がどうなって、こうなってるんだ?
俺の困惑は更に深まっていく。
そのありえない状況に俺を含めて全員が固まる中、一人だけ状況を理解している者がいた。
そしてそいつは、俺とその女性の近くまで来ると口を開く。
「姉さん。元気そうで良かった。生きてると信じてたぜ。」
「カリー!! あなたも無事だったのね!!
この状況を理解している者。
それはカリーだった。
どうやらこの女性はカリーが探していた姉らしい。
だがそれなら猶更おかしいだろ。
抱きしめる相手が違うような……
「あぁ、お陰様でな。それと、気持ちはわかるがそいつは……」
感動の姉弟の再会だ。
普通ならきっと、二人はお互いの無事を確かめ合って抱きしめるくらいあるだろう。
しかしどういう訳か、抱きしめられているのは見ず知らずの俺。
とはいえ、カリーの言葉で俺は少しだけ理解した。
カリーと出会った時と同じように、この女性も俺をフェイルという人と間違えているのだろう。
ーーそう思っていたのだが……
「えぇ。わかっているわ。フェイルじゃないってことは。でも、私にはわかるのよ。この子が私の中にいた大切な子供だってね」
え? フェイルさんと勘違いしてたんじゃないの!?
つうか、俺の母親はちゃんと別にいますが。
……でもなんだろう。
そう言われても全然嫌な気持ちにならない。
それどころか、なんだか本当に自分の母親のようにすら感じ、さっきまで俺が感じていた感情がなんだったのかわかった。
確かに俺はなぜかこの人を母親のように感じていたのである。
だが、それを聞いていた他のメンバーは違った。
予想外の母親到来に、それぞれが吃驚する。(きっきょうする)
「ええええええええ!!!!」
主にリーチュン達だ。
まさかこの場に俺の母親が現れるとは思っていなかったらしい。
といっても、実際この人は母親ではないのだがね。
どうすればいいの? この状況。
するとカリーが俺の肩に手を乗せてそっと小さな声で言った。
「サクセス。すまない。少しだけ姉さんの好きにさせてくれ。後で俺からちゃんと説明するから」
好きにさせてくれと言われましても……
と言いたいところだが、カリー達にも色々あるだろうし、俺としてもどうしていいのかわからないからこのまま固まっているほかない。
「いや、まぁ、うん。でも俺の母親は……いや、なんでもない」
俺としてもまだ頭の整理が追いつかない。
初めて俺がカリーと出会った時、カリーは俺のことをフェイルという人物と間違えていた。
あの時も、いくら俺が説明してもカリーは納得してくれなかったが、今回はなぜかフェイルではなく、その息子だという。
聞いていた話が本当なら、この女性はフェイルとの子供を身籠ってはいたけど、まだ生まれていなかったはずでは?
もうまじで頭の中がこんがらがってくるわ。
そんな状況の中、その女性は俺に話し続けた。
「こんなに大きく立派になって……ママは嬉しいわ。でもそれと同じくらい寂しいのよ。あなたの成長を見守れなかったことがね。サクセス」
その女性は優しくそう語りかけながらも、愛おしい我が子のように俺の頭を優しく撫でる。
そこに俺は深い愛を感じた。
それは到底初対面の人に向けられるようなものではない。
同時に、今の言葉には深い悲しみを感じる。
だがそれよりも、俺は最後の言葉が気になった。
今、この人は俺の事を何と呼んだ?
「サクセスって……なんで、俺の名前を? ミーニャさん達から聞いていました?」
驚いた俺は、思わずミーニャの方へ顔を向けるも、ミーニャは俺と同じように驚いた顔をしながら首を横に振る。
「話してないわ。サクセス君の話をする余裕もなかったし……」
そう小さくミーニャが呟く声を俺は聞き逃さない。
つまり、この女性は初めて会った俺の名前を知っていたということだ。
「当たり前じゃない。私がフェイルとの子供の名前を間違えるはずはないわ。貴方はサクセス。誰が何とあなたを呼ぼうと、あなたはサクセスよ」
まるで何かの哲学のような言葉を発する謎の女性。
まじで意味が分からない。
「あの……とりあえずお名前を教えてくれませんか? 俺、正直パニックです」
やっと絞り出せた言葉がそれだった。
正直他に色々と聞きたい気もするが、今は無理。
「あ、そうだったわね。ごめんね、つい、気持ちが昂っちゃって(たかぶっちゃって)。私はバンバーラ。貴方のママよ。」
あなたのママよって……
まるで生まれてきた赤ちゃんに向けるようなセリフだな。
いや、この人にとってはそうなのかもしれないな。
「わかりました。バンバーラさんですね。よろしくお願いします。それとそろそろ離して貰えるとありがたいです」
俺がそう言うとバンバーラは名残惜しそうにするも解放してくれた。
「ごめんね。サクセスもいい年ごろだものね。恥ずかしかったわよね、ごめんねこんなママで」
どうやらこの人の中で、俺が息子ということは確定事項のようだ。
実際、ちゃんと自分には母親がいると知ったらどうなってしまうのだろう。
「いえ、色々辛いことがあったのでしょうし。後はカリーと話していただければ」
俺はそう言ってカリーに丸投げすることに決めた。
姉弟でなんとかしてくれ。
「もう。なんでそんなに他人行儀なの? 本当に悪いところばかりあの人に似ちゃったんだから」
俺が少し距離をとりながら話したことが気になるらしい。
あの人に似てと言われても、俺は陽気な性格で俺にどうしようもないエロスを叩きこんできた髭面の親父しか想像できないのだが。
すると、ようやくカリーが助け船を出してくれる。
「姉さん。ちょっとみんな色々困ってるからよ、少し俺と外に出ようか」
カリーのその言葉に、バンバーラは今更ながら周りに他の人がいることに気づいたようだ。
そしてカリーへと向き直る。
「あ、そうだったわね! それにしてもカリー。あんたも随分落ち着いたじゃない。姉さん、見直したわよ」
「まぁ俺も色々会ったからな。姉さんには色々と話さなければならないことがある。ここじゃ落ち着かないから行くぞ」
そういってカリーは無理矢理バンバーラの腕を引っ張っていく。
だがバンバーラはまだこの場に……というか俺と一緒にいたいらしく、ジタバタと抵抗するも、カリーの力には敵わなかった。(かなわなかった)
「え? ちょっと! 待って、まだサクセスが!」
そう悲痛な叫びをあげながらも、その場を後にするバンバーラ。
バンバーラがいなくなったことで少しだけ俺も落ち着いたが、
……どうすんだよ、この空気。
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