第5話 リーチュン③

「ごめんね、シロマがいればどうにかなりそうなんだけど、アタイにはこれが限界みたい」



 さっきまでとは打って変わって、申し訳なさそうな面持ちでリーチュンは小さく呟く。


 ワーライガーを倒したリーチュンは、即座に瀕死の状態で倒れていたリーダ―の下に駆け付け、治療を施していた。


 魔法が使えず、回復アイテムも持っていなかったリーチュンであるが、新しく使えるようになった力を応用すれば、ある程度の治療をできると確信していたのである。


 それは【内気功】と【外気功】を使った治療だ。


 【内気功】


は対象の体に眠る生命力を活性化させ、自然治癒力を高めるものであり、


 【外気功】


は周囲の生命力を吸い上げ、それを分け与えて回復させるもの。


 この二つの力を上手く操る事で、ある程度の治癒効果は見込めるだろう。


 しかしながら、それでも僧侶が使う回復魔法ほど万能ではないため、瀕死の者を回復させることができるかどうかは、ある意味賭けとも言えた。



 そして今、治療を施した相手は正に瀕死の重傷。


 失った腕の先からの出血はおびただしく、いつショック死してもおかしくない状態。


 少なくともリーチュンが即座に治療行為を行わなければ、命を落としていた可能性は高かった。


 そういう意味でも、リーチュンの判断力と行動は一驚を喫する行動と言えよう。


 種明かしをするならば、リーチュンは最初にグリズリーを倒した瞬間から、瀕死の者の存在に気付いていたのだ。


 ワーライガーのオーラを感じたのと同様に、今にも尽きそうな微弱なオーラもまた知覚していたため、まずは先に攻撃を仕掛けてきたワーライガーを処理し、その後直ぐに駆け付けたのである。


 その瞬時の的確な判断力もまた、天空職の試練の中で培ったものでもあり、リーチュンの成長の一つだった。


 そして倒れているリーダーの下に辿り着くと、まずは【外気功】によって生命力を回復させ、続けて内気功によって自然治癒力を極限まで高めて傷口をゆっくり塞いでいく。

  

 この迅速的確な対応によって、リーダーは何とか一命をとりとめた……のだが、肉体が受けたダメージが大きすぎるため、意識が戻る程には至らない。



 なぜなら【外気功】によって送る事ができる生命力はそこまで多くないからだ。


 いうなれば、それは細いパイプを通じて少しづつ生命力を送っていくイメージである。


 これはリーチュンのスキル習熟レベルが低い、というのも一つの理由ではあるが、それ以前に、そもそも人間という種族事体が外部から生命力を取り込むのに適した体ではない、というのが最も大きな要因だった。


 当然そんな事を知るはずもないリーチュンからすれば、自分の未熟さが原因で目の前で苦しんでいる者を万全に助ける事が出来ないでいると考えてしまう。


 せめて助けた者の意識だけでも戻ってくれたならば、リーチュンも少しは安堵できたのであるが、未だ意識は戻らない。


 そんな状況に、リーチュンは自分の無力さを痛感していた。



「アタイ……もっと頑張らないと……うん! もっと頑張って多くの人を助ける! 待っててね、直ぐに治療できる場所に連れていくから!」



 意識の戻らないリーダーに決意を込めてそう告げると、そこに二人の男女が近づいてくる。


 ジローとアイラだ。



「あの……本当にありがとうございます。リーダーの怪我の処置まで……。」



 ジローがその様子を見て感謝の意を述べると、続けて横にいたアイラも



「助けていただき誠にありがとうございます。後の治療は私が代わります。」



と続き、リーダーに【ハイヒール】を唱えて回復を施した。



 するとリーダーの顔色が赤みを帯びだし、回復している様子が窺える。


 それを見てリーチュンの顔が、パァァっと明るくなった。



「よかった!! 回復魔法を使える人がいたのね!」



 そんなリーチュンの明るい声とは逆に、アイラは困惑の篭った声で呟く。



「こ、これは……!?」


「どうしたんだアイラ!? 何か問題が?」



 その様子を見て、ジローが焦り気味に問いただした。



「違うの。いつもより回復が早いから驚いたの。それに見てジロー、失った腕の付け根の肉が既に塞がっているわ!」



 リーダーの回復速度に驚きを露わにするアイラ。


これはリーチュンの内気功による自然治癒能力が向上している効果が大きく影響しているのと、外気功による生命力の送り込みがまだ続いていたからである。

 

 

 しかしリーチュンは、それらを理解して行っていたわけではないので、逆に自分がやった事によって問題が生じてしまったのかと勘違いした。



「あ、それ、アタイがやったの。まずかった?」


「い、いえ、違います! 私ではこんなに見事に傷を塞げません。あなたは一体何者なのですか?」


「アイラ! 失礼だぞ! この方は全滅しそうだった俺達を助けてくれて、更にはリーダーの命も救ってくれたんだ! 余計な詮索なんかするなよ。」



 咄嗟にフォローをするジロー。


 冒険者にとって、相手の事を詮索するのは基本的にタブーである。


 当然アイラもそんな事は承知している話であったが、つい驚きから口が滑ってしまったのだ。


「あぅ……すみません。そして本当にありがとうございます。このお礼は必ずお返しします。」



 ジローからの叱責に首(こうべ)を垂れながらも、アイラは感謝の言葉を口にすると……

 


「そうだな、俺からも是非お礼をさせてくれ。」



と、意識が戻ったリーダーが口を開いた。



「リーダー! 意識が戻ったんですね!」


「あぁ、少し前からだけどな。さっきまでは死んだばぁさんが川の向こうでおいでおいでしていたんだけどよ、なんだか暖かい何かに包まれて、こっちに戻ってこれたんだわ。」



 ジローの言葉に、未だ横になったままではあるが、リーダーはハッキリとした口調で話し始める。


 どうやら、リーチュンの気功とアイラの回復魔法のお蔭で大分生命力が回復したようだ。



「リーダー! 言っている意味はよくわからないけど良かった! そしてすみませんでした!」


「リーダー……。すみません、私が全く役に立たなかったせいで……。ごめんなさい。」



 二人が生き残れたのは当然リーチュンのお蔭でもあるが、それ以前にリーダーの身を挺した行動が無ければ、そもそもリーチュンが来る前に二人共死んでいた可能性が高い。


 だが、その代償としてリーダーは右腕一本を失った。


 ジローやアイラにとっては感謝の気持ちと同じ位、申し訳ない気持ちが強い。


 しかし二人のその言葉に、リーダーは首を横に振る。



「いや違う。お前達は悪くない、もとはと言えば、あのひよっこを連れた状態でこんな奥地まで来てしまった俺の責任だ。あいつには悪い事をしちまった。」



 そう言いながら、リーダーは顔を俯かせる。


 今回の事に一番責任を感じていたのはリーダーであった。



「リーダーのせいじゃないっす。あれはギルドが悪いんです。あんな強い魔物が出るなんて報告はありませんでしたし。ですがそれよりも、リーダーの意識も戻った事ですし、俺はあいつの遺体を回収してきます。せめて埋葬だけはしてやりたいので。」



 どうやら今回の遠征はギルドの依頼によるものだったらしい。


 実際ギルドではルーキーをパーティに入れて、森付近でのレベル上げを推奨していた。


 このパーティもまた、それに従ったに過ぎない。


 ジローはそのままルーキーが逃げていった方角に歩き始めると、アイラが小走りで付いてくる。



「あ、待ってジロー。私も行くわ。」


「大丈夫か? かなりひどい状態だと思うぞ?」



 アイラの言葉にジローは心配した。


 アイラはルーキーの首を咥えた魔物を見て、ショックで放心状態となっていた。


 そのルーキーの死体をこれから探しに行くわけで、その変わり果てた姿を目にして耐えられるとは思えなかった。


 しかしアイラは決意の篭った目でジローを見つめて口にする。



「うん。もう目を背けない。大丈夫。」



 その様子を見て、ジローも首を縦に振った。



「わかった。じゃあ一緒に来てくれ。リーチュン様、申し訳ないのですが、少しだけリーダーを任せてもよろしいですか? 直ぐ戻りますので。」


「うん! いいわよ! とりあえず近くにはヤバそうな気配はないから安心して。」



 咄嗟に話を振られたリーチュンであったが、これを快諾する。


 というよりか、もとよりこのパーティの安全は全て自分が守るつもりだったので、今更の話だ。


 その返事を聞いたジローは、安心してリーダーをリーチュンに任せる。



「ありがとうございます。それでは行ってきます。」



 

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