第136話 ありがとう
数刻前まで、そこにはこの国最大の火山が聳え立っていた場所だった。
しかし今は違う。
そこにあるのは山では無く巨大なクレーターだった。
火山の地下に溜まってたであろうマグマはウロボロスに吸収され、そしてクレーターの周囲にあった青々強い草木は全て枯れ果てる。
周囲の生きとし生けるものはウロボロスに生命力を吸い取られ、それはやがてこの大陸……いやこの世界全土に広がっていくはずだった。
ーーだが……
多くの仲間の協力と犠牲を経て、一人の英雄……否、英雄と神獣の手によってその厄災は滅ぼされ、人類は破滅の未来を回避する。
後にその英雄は、現世に現れた竜神様と言い伝えられ、その場所は新たな竜神様を祀る聖地となった。
そして今……
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「終わった……のか?」
そのクレーターの中心に俺はいた。
(もう嫌な気配はないよ。サクセス頑張った!)
「そう……か。終わったのか……終わった……。」
ウロボロスが消え、全ての厄災が払われたにも関わらず、俺に残ったのは虚無感だけだった。
救えなかった……
卑弥呼も……
カリーも……
結局俺は何一つ成長なんてしていない。
仲間を誰も犠牲にしないなんて言っていて、俺は大切な者達を守れなかった。
ウロボロスと戦っている間だけは忘れていられたが、今はその現実が頭から離れない。
ポタッ……ポタッ……
乾いた大地が降り注ぐ雫で濡れていく。
(サクセス? 泣いてるの?)
「あぁ……ごめん。俺は……」
(大丈夫。僕も一緒に泣いてあげる。だから……戻ろう? みんなのところに)
しばらく俺はそのままそこで涙を流し続けた。
そんな俺をゲロゲロは黙って見守っていてくれていた。
もしも俺が一人なら、そこからもう二度と立ち上がることはできなかったかもしれない。
だけどゲロゲロが俺の中にいてくれる事で、ようやく自分自身と向き合うことができた。
だから俺は……また歩き始める。
「ありがとうゲロゲロ。俺はもう失う事から目を背けないよ。仲間の命を……俺は背負っていくから。」
(うん。僕も一緒にね。)
「そうだな、ありがとうゲロゲロ。じゃあ……戻るか。」
俺は背中の翼に力を入れ、仲間達のところまで飛ぼうとしたその時、近くに銀色に光る何かを目にした。
「あれは……!? まさか!」
俺は飛ぶのをやめて、その光に向かって歩きだす。
そして、それを手に取った。
【シルバーオーブ】
「やっぱりシルバーオーブだ! まさかこんなところに落ちているなんて。」
すっかり頭からオーブの事が抜けていたが、このタイミングで見つかったのは僥倖だ。
するとそのオーブは俺が手に取った瞬間に光り輝く。
「ま、眩しい……。」
やがてその光の中から一人の美女が現れた。
そしてその美女が誰か……俺にはすぐに分かった。
「卑弥呼……卑弥呼なのか!?」
「そうでございます。サクセス様。」
その姿は初めて俺が会った時の卑弥呼と同じ姿。
つまり、ババアではない卑弥呼だ。
しかし、そんな事は今の俺には関係ない。
卑弥呼が生きていてくれた事に俺は再び涙を流し始める。
「良かった……卑弥呼。生きててくれたんだな。」
ーーだが……
「残念ながらそれは違います。私は卑弥呼の魂。いえ、卑弥呼であったものの魂でございます。」
「……え?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
確かにババァの頃と口調が全然違うが、目の前にいるのは確かにあの時の卑弥呼だ。
間違えるはずがない。
一度はこの人に操を捧げようとしたんだからな。
「すみません。時間がないので手短にお話します。まずはウロボロスを滅ぼして頂き、本当にありがとうございます。これで我が一族はようやく終わりを迎えることができました。」
我が一族?
「どういう事だよ? お前は卑弥呼ではないのか?」
「いいえ、卑弥呼でございます。我が一族はとある秘術により、その記憶と能力を引き継いでおりました。つまり、サクセス様の出会った卑弥呼は77代目の卑弥呼。そして我々卑弥呼の使命はここで終わりを迎えます。」
頭が混乱してきた。
こいつが何を言っているのか、整理が追いつかない。
「どういう事なんだ? 卑弥呼の使命? いや、今はそんな事はどうでもいい。それよりも早くババァに戻れよ。また俺をからかってるんだろ? ほら、さっさと行くぞ。仲間が待ってる。」
なんとなく言っている事は理解できたが、俺はそれ以上その話を聞きたくない。
だからこそ、少しだけ焦りながらも卑弥呼を連れて行こうと手を伸ばした。
だが、そんな俺に優しい笑顔を向けながら、顔を横に振る卑弥呼。
その細くしなやかな腕は、俺の手をとろうとはしなかった。
「本当にサクセス様はお優しい方です。でも安心してください。私達の使命は終えましたが、私達の生きた証は既に紡いであります。これからもセイメイをよろしくお願いします。彼女が最後の卑弥呼でございます。」
「セイメイ? 卑弥呼? いや、ちょっとまてって。そんな事はいいから早く戻ろうって!」
もはやこれ以上ここで会話はしたくなかった。
このままここで話していたら、なぜかまた卑弥呼がいなくなるような気がしたんだ。
だから今度は無理矢理その手を取ろうとしたが、俺の手が卑弥呼の体をすり抜ける。
「残念ながらそれはできません。そして最後にこれだけ伝える為に私はオーブの力を借りて現れました。聞いて下さい。」
「最後とか言うなよ! 頼むよ……一緒に戻ってくれ……。」
既に俺は理解していた。
ここにいるのが、俺の知っている卑弥呼の実体ではない事を。
だけど……それでも諦められなかった。
すると、今度は聞き覚えのある濁声が聞こえてくる。
「サクセス殿。泣くでないのじゃ。ワシの魂の一部はセイメイの中におるでのう。だからよく聞くのじゃ。」
突然その容姿が俺の知る卑弥呼に変わると、そう俺に告げる。
それは卑弥呼が未来予知で見た、俺の未来についてであった。
「オーブを全て集めた後、そなたは二つの選択肢を迫られるじゃろう。どちらを選んでも最悪は回避できぬ。しかし、仲間を信じるのじゃ。さすればどちらの道を選ぼうとも、そなたの未来に光が差すであろう。」
「どういう事だよ! いや、その話をゆっくり聞くから……だから……」
俺は卑弥呼の言葉に耳を傾けながらも、必死に縋り付くように叫んでいた。
しかし卑弥呼は首を横に振り、最後の言葉を口にする。
「さらばじゃ。愛しき男……ワシの竜神様よ。出来るなら……そなたに抱かれたかったのう。」
最後にクチャクチャの皺だらけの顔で俺に笑顔を向け……その言葉を残して卑弥呼は消えていく。
「卑弥呼!! 行くな! ひみこぉぉぉぉ!!」
やがて卑弥呼は光に消え、オーブも輝きを失い、元の銀玉に戻っていった……。
「クソ……なんだよそれ。なんなんだよぉぉ!! 勝手にいなくなるなよ……くそばばぁ!」
再び俺の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
だが、それでも俺は目を開き、卑弥呼がいた場所から目をそらさない。
そして……
「俺は……俺は絶対お前の事忘れないからな! 魂だかなんだか知らないけど、そんなものよりも俺がお前の事を忘れない!! だから……ありがとう! 卑弥呼に出会えて……俺は……俺は……良かった!!」
夜空に向かって俺は叫んだ。
この声が卑弥呼に届いているかはわからないが、それでもどうしてもこれだけは伝えたかったんだ。
ありがとう
短い間だったけど、俺は卑弥呼に会えてよかった。
出会わなければ良かったなんて、俺はもう絶対に思わない。
たとえそれがどんなに悲しい別れであっても、俺はそれを受け入れていく。
そして……この感謝の気持ちは必ず違う誰かに報いる事で返して見せるつもりだ。
だから……送る言葉は一つだけ。
もう一度言うよ。
「ありがとう。」
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