第108話 修羅イモコ
「クソ! 出せよ! これは聞いてないぜゲルマちゃんよぉ!」
「んふぅ。あなたはそこでこれから起こる破滅を見ているといいわぁん。それにそれはカリーちゃんを守る為のものよぉん、アタシの愛に感謝してもいいのよぉぉん?」
「ふっざけんな! 何が感謝だ! いいからここからだせよ!」
黒き球体に取り込まれたカリーは必死に内側から球体を攻撃する。
しかしどれだけ攻撃しても、この球体が壊れるような事はなかった。
カリーの焦りは刻一刻と強くなっていく。
ゲルマは言った「破滅が起こる」と。
それはどう考えてもウロボロスの復活としか考えられない。
ゲルマだけでも危険であるのに、その上ウロボロスまで復活させられてしまっては、いくらサクセス達であっても危険だ。
だが次の瞬間……突然カリーを覆っていた球体がパリンっと割れる。
【次元斬】
なんと絶対に出る事ができないと思っていた黒い球体がイモコによって斬られたのだった。
「大丈夫でござるか、カリー殿!?」
「あぁ、今回はマジでヤバかった。助かったぜ。」
「話している暇はないでござる。一旦このままシルク殿と合流するでござるよ。」
イモコは転職したことにより、神気の力を得た。
この神気により、呪いのような実体のない精神体も斬ることが可能になる。
結界が何なのかわからなかったが、イモコには斬れる自信があった。
これまで妲己……いやゲルマニウムが使っていた技の殆どは呪いの類のもの。
それであれば、この結界もそれと同等の何かでできていると予想がつく。
であれば、斬れない道理はない。
そして実際イモコはそれを一刀の下に断ち切った。
とはいえ、やはりこのまま二人で戦うっても勝算は見えてこないため、一旦引くように提案する。
だがそれをゲルマが許すはずもない。
「忌々しい虫ケラめがぁぁぁ! よくも私とカリーちゃんの愛の結晶を壊してくれたわねぇ!!」
ゲルマは最初の時よりも強い殺気を放ちながらイモコを睨みつける。
そして次の瞬間には、複数の黒玉を連続でイモコに放っていた。
「カリー殿! 先に行くでござる。殿(しんがり)は任せるでござるよ!」
イモコは放たれた黒玉を全て神刀で斬り伏せていった。
やはりゲルマの使う魔法は、この大陸における呪いと同質のもの。
それであればイモコは斬る事ができる。
「わかった! 直ぐにサクセスを連れて戻る。死ぬなよ、イモコ!」
「御意!」
カリーはその場から脱兎の如く一目散に逃げ始めた。
イモコがどれだけ持ちこたえてくれるかわからないが、もはや信じるしかない。
そして広間の先に目を向けると、入口に向かって走っているシルク達が見えた。
どうやったかはわからないが、通路の奥に溢れるようにいた魔獣達の姿はない。
つまりシルク達は無事にこの場から撤退しているのであった。
「んふふぅ。逃がさないわよぉ、カリーちゅあぁぁぁぁん!」
ゲルマはイモコへの攻撃を続けながら、カリーに向かって接近してきた。
それを背筋に感じながらもカリーは振り返らずに走り続ける。
「させないでござる!!」
すると、全ての黒玉を斬り伏せたイモコがゲルマの前に立ちふさがった。
「あなたはお呼びでないわぁよぉぉぉん。消えなさい、邪魔よぉぉ!!」
ゲルマは持っていた杖でイモコを殴りつける。
魔導系の魔王であるなら、物理攻撃力は高くない。
そう思ったイモコであったが、咄嗟にバックステップでその攻撃を避けた。
本来なら刀で迎え撃つか、カウンターを狙えるチャンスであったが、イモコの直感が回避を選択させたのである。
「んふぅ。あらぁん、残念。」
その言葉と同時に、杖を振った先の壁が大爆発した。
どうやらイモコの感は当たっていたようで、今の攻撃は直接当てる事を目的とせず、魔法を込められた一撃だったようだ。もしもあれを刀で受けていれば、大爆発をしていたのはイモコである。
「どうやらここが某の正念場でござるな。使うでござるよ……【修羅】」
イモコは天下無双に転職して、初めてそのスキルを発動させた。
正直にいうならば、もしもウロボロスが復活した時の為に温存しておくつもりであったが、既にそんな余裕はない。今ここで目の前の魔王をどうにか止めなければ、全滅してしまうだろう。
故に使った。最強のスキルを。
イモコの目がオールドブルー色に染まると、体全体から青い炎が沸き上がっていく。
この瞬間、この場に一人の修羅が誕生した。
このスキルは一日に3分だけ使えるチート能力。
時間制限こそあるが、その能力は凄まじいものだった。
防御力が半減する代わりに、力と素早さが二倍になるのである。
※ ※ ※
イモコ Lv48 天下無双
力 880(440)
体力 140
素早さ 610(305)
知力 60
運 55
総合計値 1675
攻撃力 1025
防御力 143(285)
素早さ 610
※ ※ ※
そのステータスは桁外れだった。
サクセス程とまでは言わないが、それに匹敵するほどの圧倒的ステータス。
攻撃力は、古龍狼となったゲロゲロを大きく凌駕している。
修羅となったイモコは、目にも止まらぬ速さで刀を振り抜いた。
「いぎゃぁぁぁ!! なによ! なによなによなによ! なんなのよぉ!!」
片腕を斬り飛ばされたゲルマは、痛みに絶叫しながらも後方へワープする。
そして以前とは比べ物にならない程の力を手にしたイモコであるが、その目に感情の色はない。
イモコの頭は、ただ目の前の者を殺す事しかなくなっていた。
イモコは知らなかったが、この修羅というスキルは莫大な力を得る代わりに、敵を殺す事しか考えられなくなるデメリットも併せ持っている。
幸か不幸か、イモコの周りに仲間がいない。
仮にカリーがこの場に残っていたとしても、足手まといになるだけだろう。
敵を間違える……と言う事はないが、それでも今のイモコには誰かと連携する事は不可能。
ただ如何に効率的に目の前の敵を屠るだけ。
それが修羅となったイモコだ。
だがその分、単騎であればその実力は凄まじい。
痛みすら感じなくなってしまったイモコは、例え致命傷を受けてもその攻撃が止まる事はないだろう。
まさにバーサーカーだった。
一方、なんとか後方に逃げたゲルマであるが、次の瞬間には目の前にイモコが差し迫っている。
ゲルマは生まれて二度目の恐怖を感じた。
一度目は当然、大魔王マーゾを前にした時。
……そしてこれが二度目。
まさか人間風情に自分の命が脅かされるとは夢にも思わない。
迫りくるイモコを前に、ひたすら単距離転移で逃げ続けるゲルマ。
だがイモコもただ追うだけではなかった。
ゲルマの癖を早期に把握し、次に転移する場所に当たりをつけ始めていたのである。
【天封剣】
イモコの斬撃が転移後のゲルマを遂に捉えた。
その斬撃はゲルマの胴体に深い傷を与える。
「ぎぃやぁぁぁぁぁ! よくもよくもよくも!」
あまりの痛みに再び叫び散らすゲルマ。
だがイモコは止まらない。
叫んでいる隙に、瞬く間にゲルマに接近した。
しかしその瞬間、ゲルマは黒き障壁を面前に出しイモコを牽制する。
突然現れた結界にイモコは……驚かずにそれを一刀両断した。
戦いに感情は不要。
喜怒哀楽……それは時に力となりえるものであるが、真剣勝負の前では邪魔になる事が多い。
そういった感情に左右されなくなった今のイモコは、常に最効率で攻撃を続けていた。
そして結界を張った事で時間的猶予を得たゲルマは、ここにきて初めて中距離転移を使う。
もともとゲルマが移動できる距離は単距離だけではない。
しかしながら、自分の能力を超えた距離の転移は体の負荷が大きかったのである。
故にこれまで使っていなかったのだが、遠くに見える光景を見て使わざるを得なくなった。
そう、今まさにカリーがシルク達に追いつき、そして広間の出入口に辿りつこうとしていたからだ。
ゲルマは理解していた。
今相対している敵(イモコ)は間違いなく自分よりも強い。
元々後衛である自分が前衛の敵と近距離で戦うのは不利。
だがもしも前衛となる魔獣を召喚したとしても、一瞬でやられてしまうだろう。
故に得意の遠距離魔法で戦う事が不可能だった。
それにそもそも召喚どころか、魔法を使う隙さえも与えてくれない。
しかしこれだけの能力であれば必ず欠点はある。
そしてそれをゲルマは正確に読みきっていた。
その欠点が時間制限であると。
であれば、このまま結界やダミー、そして短距離転移だけ続けていれば敵(イモコ)は自己消滅するに違いない。
そう考えているにも関わらず、ゲルマは中距離転移を使った。
ゲルマの中で一番危険だと思っているのは、崖に落とした男……サクセス。
ハンゾウを介して見ていたが、あの力は大魔王マーゾ様に匹敵する。
だからこそ、ここでその根を必ず絶やさないといけない。
その為には、ウロボロスの復活が最優先だった。
妲己として得た知識に間違いなければ、ウロボロスを倒せるものはいない。
それはあの桁違いに強い男(サクセス)でも同じだ。
だが大魔王マーゾ様であれば、その力すらも吸収する事が可能だろう。
つまりウロボロスを復活させる事で面前の脅威を取り除き、更には崇拝する大魔王様に更なる力を献上する事ができるという事。
しかしそれも、あくまでウロボロスを復活させる事ができたらである。
欲を言えば、卑弥呼を核として利用する事でウロボロスを自在にコントロールしたかったが、もはやそれは厳しいだろう。
今のこの状況、もしも出入口に向かった奴らがサクセスを連れてきた段階でこの計画は頓挫する。
それであれば、最優先しなければいけないのは卑弥呼の殺害。
代々卑弥呼の一族に伝承されるその封印の血筋。
伝承される前にそれを断つ事でウロボロスの封印は解かれる。
サムスピジャポン中の情報を集めていた妲己……いやゲルマニウムはそれを知っていた。
だからこそ今、目の前の死の恐怖(イモコ)よりも、そっちを優先させたのであった。
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