第99話 カリーの葛藤①

※カリー視点



 時は少しだけ遡る(さかのぼる)。


 卑弥呼の儀式が開始する前、目を閉じたカリーは突然イモコの殺気を感じた。

 何事かと思い、カリーは目を開くと、ありえない光景がその目に映る。


 さっきまで近くにいたはずのサクセスが、ゲロゲロを抱えたまま穴の上に移動していたのだ。

 しかも移動していたのはサクセスだけではない。シロマも一緒である。

 そしてその瞬間にイモコがハンゾウの首を刀で刎ね飛ばしていた。


 あまりに一瞬の出来事だったため、頭が理解に追いつかない。


 しかし、これだけはわかる。



ーーハンゾウが裏切った。


 

 ここまでほとんど会話をしなかった奴だが、イモコはハンゾウを信頼していた。だからこそカリーも特別にハンゾウの事を気にすることはなかった。だが今にして気付く。今まで一緒に行動してこなかった奴なのだから、もっと警戒して然るべきであったと。



(イモコが信頼しているからなんだ! 誰にだって漏れはある!)



 そんな簡単な事はわかっているはずだった。

 だからこそ、これまで常に客観的立場で観察していた。

 にもかかわらず、今回ばかりは完全にイモコへの信頼を過信してしまった。



(チッ! 俺の馬鹿野郎が!)



 カリーは自分の判断の甘さに激しい憤りを感じる。

 しかし後悔している暇はない。

 ハンゾウはイモコが殺した。

 ならば今やるべきはサクセス達の救助。



 そう思ったカリーだったが、ふと気づいてしまった。



 サクセスの腕の中にはゲロゲロがいる。

 そして穴の下は思ったよりも深い。

 そうであれば、穴の底に落ちる前にゲロゲロが飛ぶはずだ。


 そう考えるならば、自分がするべき事はサクセスの救出ではない。

 ハンゾウが裏切ったという事は、敵はハンゾウだけではないはず。

 今自分がやるべきは、他の仲間の安全の確保。



 そう判断したカリーは周りを見渡すが、どうやらサクセス達以外は全員無事のようだった。


 だがハンゾウの首から最後の声が聞こえると、次の瞬間、空中に誰かが浮かんでいるのに気付く。



 そいつは白を基調とし、紅色の帯を巻いた和服の女だった。



 普段そこまで女を意識していないカリーであっても、その女は見た事がない程美しいと感じる。


 しかしそれが逆に不自然さを強調していた。


 そんな絶世の美女とも呼べる者が、こんな火山の奥に一人でいるのはおかしい。いや、それ以前に空中に浮かんでいること自体が普通ではない。当然思い当たるのは一人だけ……妲己だ。


 妲己と思われる女は突然現れたかと思うと、笑みを浮かべながらサクセスが落ちた場所を眺めていた。


 完全に無防備ともいえるその姿に、カリーは不意打ちを仕掛けようかと考える。


 ハンゾウが裏切ったタイミングで、妲己の特徴と一致している女。

 普通に考えれば、ほぼ敵と言う事で確定だろう。

 しかし、違う可能性がないとは言えない。

 

 本当に一瞬だけであったが、カリーは悩んだ。

 そして悩んだ末に出した結論は……【妲己に攻撃をする】である。


 だがその前に、穴の下から古龍狼となったゲロゲロが上がってくるのが見えた。


 カリーの予想通り、サクセスはゲロゲロの背に乗って此方に向かって戻ってくる。

 それを見たカリーは少しだけホッとするも束の間、次の瞬間大きな衝突音が響き渡った。

 見ると、ゲロゲロが何かに阻まれて上に昇れないでいる。


 どうやら結界のようなものによって、移動を阻害されているらしい。


 すると女が口を開く。



「コココココ、こんにちわ。妾は妲己でありんすぇ。ハンゾウには感謝でありんす。」



 その女はやはり妲己であった。そして自分からハンゾウとグルである事を口にする。

 それに対してサクセスが穴の中から叫び返した。



「お前がハンゾウを操っていやがったのか! 早くこの結界を解け! さもなくば……お前を殺す!」


「ほほほほほ……威勢が良いでありんすぇ。しかし妾は誰の指図も受けないでありんす。いえ、あのお方だけは別でありんすが。」


 

 やはりサクセスは結界に阻まれてこっちに戻れないらしい。

 どうやら相手はこっちの事情を良く知っているようだ。

 ハンゾウが裏切ったのであれば当たり前の事であるが、これはまずい。


 圧倒的な強さを持つサクセス。

 神懸かり的な回復魔法等を使えるシロマ。

 サクセス程ではないが、現状このメンバーで二番目に強く、空を飛べるゲロゲロ。


 この三人と分断された状態はかなり危険な状態だった。


 こっちには戦力としては心元ないメンバーもいる。

 ロゼッタ、セイメイ、そして卑弥呼。

 卑弥呼の戦力は不明だが、少なくとも今は儀式中であるため戦力外だ。


 そうなると、こっちで戦えるメンバーは自分を入れて、イモコとシルクだけ。

 十分とも言い難いが、それでもサクセスを基準に考えなければこの大陸最強のメンバー。

 とはいえロゼッタ達が一緒にいる以上、シルクには守りに徹してもらうしかない。


 そうなると、今妲己と戦えるのは自分とイモコだけだった。



(どうする? 殺るか? 待て、早まるな。よく考えろ。こんな時フェイルならどうする?)



 カリーは自問自答をしながら頭を悩ませる。


 昔ならば真っ先に敵に突っ込んでいたが、今は違う。

 数々の失敗と経験を経て、カリーは成長していた。

 そして自分が目標としていた男を思い出しながら、最善の道を探る。



 妲己に挑むべきか、それとも全力で逃げるべきか。



 現れた妲己の力は未知数。

 イモコと二人でなら倒せる可能性も十分にあるが、敵が妲己だけとは限らない。

 そしてもし自分の想像以上に妲己が強かった場合、ロゼッタ達に危険が及ぶ可能性が高い。


 サクセス達が戻ってこれたなら悩むまでもなかったが、今は無理だ。

 下手に攻撃をして他の仲間にヘイトが向いてしまえば、ロゼッタ達を逃がす事ができなくなるかもしれない。

 


(シルクに他のメンバーを任せて逃がすのが優先か。)



 カリーが一つの答えに辿り着くと、今度は穴の中から何かが上空に放たれた。

 そしてパラパラと遥か上空から岩盤の欠片が落ちてくる。


 どうやらシロマが次元を穿つ矢を放ったらしい。

 

 もしかしたらそのままサクセス達はこっちに戻ってこれるかもしれない。


 そんな淡い期待が胸を過った(よぎった)が、その一撃の後、シロマの矢は続かなかった。


 降り注ぐ石の欠片に、カリーは理解する。



ーーあの矢では無理だと。



 そしてそれを見ていた妲己は、扇子を口に当てたまま笑みを浮かべていた。


 その表情には余裕が窺える。絶対に結界より上にはこれないと。



「無駄でありんすぇ。そなたらは邪魔でありんすから排除させてもらったでありんす。今残っているのは雑魚……ただの烏合の衆どすぇ。」



 その言葉を聞き、カリーは何を優先すべきか決まった。

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