第97話 イモコの怒り

(……!? まさか! まさかハンゾウの狙いは!?)



 イモコはようやくハンゾウの狙いを正確に見抜いた。



 ハンゾウの狙いは、やはり卑弥呼でも儀式の中断でもない。

 この場における一番の障害となりえる者の排除だった。

 ここまで仕掛けてこなかったのは、仲間達の情報を正確に把握する為だろう。

 そしてこれまでの戦いで、ハンゾウはこの場で誰が一番危険であるかを理解していた。



 つまりハンゾウの狙いは……



 サクセス……いやサクセスだけでなく、同じように危険視しているゲロゲロとシロマも含めて、この場から排除する事である。



(師匠達を守るでござる!)



 もしかしたらハンゾウは魅了に掛かっていないかもしれない。

 魅了とは別に、ハンゾウ自身が何かを目的としていた可能性もある。

 だが例えそうであったとしても、イモコにとってやる事は決まっていた。



 ハンゾウを殺す。



 魅了されているかどうかは関係ない。

 もはやこれは疑念ではなく確信。

 今ハンゾウを殺さなければ、取り返しのつかないことになる。



 イモコはハンゾウの首を目掛けて、即座に抜刀した! ……が、少し遅かった。



 イモコの刀は見事ハンゾウの首を刎ね飛ばすも、ハンゾウは取り出したアイテムを既に発動させている。



 それによりゲロゲロを抱きかかえたサクセスとシロマが、その場から離れた地面の無い場所へと移動させられてしまった。 



(間に合わなかったでござる!!)



 そして殺したはずのハンゾウが再び現れた時、その目の色を見て全てを理解する。



 やはりハンゾウは妲己によって魅了されており、同時に傀儡化までされていたと。


 これが何を意味するかは言うまでもないだろう。


 

 ここまでの事全てが妲己の手の平の上であったという事だ。


 

 だが一つだけ幸運な事があるとすれば、その最悪な状況に卑弥呼が一つだけ手を打っていた事である。

 もしもそれが無ければ、完全にお手上げだった。


 そもそも最初からハンゾウを疑っていた卑弥呼が何もしていないはずもない。


 卑弥呼がしていた事は二つある。


 一つはハンゾウが魅了に掛かっているか確認する事。

 もう一つは、ハンゾウが全員に渡したミサンガ以外の方法で、妲己の魅了から守る事。


 この内最初の一つ目は失敗に終わったが、二つ目は成功と言えるだろう。


 もしもハンゾウに言われるがまま、魅了を防ぐミサンガの効果を信頼し、妲己と相対していた場合、例えサクセスがいたとしても全滅は免れない。


 魅了とはそれほど恐ろしい能力なのだ。


 それがあるからこそ、邪魔大国に着いてから最大限の警戒をしていたわけなのだから。


 しかし今、仲間達に妲己の魅了は効かない。


 なぜならば卑弥呼はこの火山に入る前、全員に強力な呪い(まじない)を掛けている。

 しかも、それが魅了を防ぐ為のものだとハンゾウに悟られないように。



 卑弥呼が仲間達に掛けた呪いは、表向きには炎耐性を与えるもの。


 当初、火山内での炎対策はハンゾウのアイテムを使用する予定だった。


 しかしそれをボケて忘れた振りをして、卑弥呼は先に炎耐性の呪いを唱えたのである。 


 その効果は、当然熱に対する軽減効果であるが本当の目的はそれではない。


 魅了のような強い呪い(のろい)を防ぐには、アイテムでは効果がない。

 しかしある条件の下では、それを防ぐ方法があった。


 それは状態異常を呪い(まじない)で防いでいる間、魅了も含めて他の呪い(のろい)が入り込めない


 というもの。


 つまりこの火山内の暑さは、熱による状態異常と判断される。

 それを防ぐ呪い(まじない)を掛けている限り、他の呪い(のろい)は対象者に入り込めないのだ。

 そして逆も然り。

 魅了の呪い(のろい)に掛かっている者には、炎耐性の加護を与える呪い(まじない)の効果がない。


 これを知っている者は多分この世界で二人だけだろう。


 一人は当然卑弥呼。

 そしてもう一人は、それを事前に効いていたイモコだ。


 だからこそ、イモコは見定める事ができる。ハンゾウが既に魅了の呪いにかかっているかどうかを。



 もしもハンゾウが魅了にかかっていれば卑弥呼の呪いの効力は効かない。

 であれば、ハンゾウはここの暑さの影響をモロに受けることとなる。


 その為、ハンゾウが持っていた炎耐性のアイテムでも使ってくれたならば、その時点でハンゾウが操られている事が確定する。


 そうなれば、一度退却することをサクセスに具申するつもりでいた。


 しかしここまでハンゾウはアイテムを使用するどころか、使った素振りすらなかった。自身が守護魔獣と戦っている時だけは監視ができなかったが、その間はずっと卑弥呼が見ていたはず。そして何も伝えられていないという事は、結局ハンゾウがアイテムを使用する事はなかったという事だ。


 にも関わらず、ハンゾウがこの火山の灼熱の影響を受けている素振りはない。


 これはあり得ない事だった。


 何の対策もせずに、この火山の中を進めるはずがない。

 この火山の中の気温は常時100度を超えている。

 卑弥呼の呪いが無ければ、普通の人間は一分と中にいる事はできないだろう。

 それならば、やはりハンゾウが魅了されている可能性は低い。

 


 だからこそ、油断してしまった。

 だからこそ、ここにきて初めてアイテムを取り出そうとするハンゾウに違和感を感じた。


 

 しかし、時既に遅し。



 すべてがわかったところで後の祭りである。


 

 イモコはハンゾウが傀儡化されていると気付いた事で、奴がこの火山の中で動けた理由を知る。



 傀儡化とは、魅了と違って状態異常ではない。

 操られる事は同じだが、根本がそもそも違っている。


 傀儡化とは、人の体に魔石を入れる事で、もう一つの心臓を与える禁忌の術。


 その効果は、生きている間、傀儡化した者に対して自分の命じる行動をとらせる事ができる。

 そして生きている間は、痛覚を感じなくなり、人としての反射行動も制限される。


 わかりやすい例でいえば、発汗だ。


 人は暑ければ、自分の意思とは関係なく汗を流すだろう。

 これは生命を維持するため、脳が指示をして体が勝手に行う反応だ。


 しかし傀儡化された者に、これらの反応はない。


 つまり如何に暑かろうと、何も感じないし、汗もかかないのである。

 それでも体にダメージはあるはずだが、傀儡化された者は全ての耐性能力も上昇する為、大したものではなかったようだ。


 そして傀儡化した者は、簡単には死なない。


 元々持っている心臓が止まると、体内に埋め込まれた魔石が核となって、その体を動かし続けるのだ。


 魔石は常に体のどこかを移動しており、それが壊されるまで生命活動が続く。


 ちなみに目の色が紫色に輝けば、魔石が発動している証拠だ。


 今回で言えば、首を斬られた事で酸素の供給がなくなり、心臓が止まったのだろう。

 それによって魔石が反応し、完全なる傀儡としての生を得た。



 まさか妲己がここまで仕込んでいたとは夢にも思わなかった。


 

 普通、操るだけなら魅了だけで十分なものの、ハンゾウに限っては傀儡化まで施している。

 本当に妲己は恐ろしい奴であった。

 卑弥呼が今まで無事でいた事が奇跡とすら感じる。

 実際卑弥呼は妲己の危険性を理解していたからこそ、早急に逃げ出したのであるが、それは正解だった。



 とはいえ、今更それがわかったところでどうにかなるわけではない。

 今は周りの仲間が魅了されないという現実だけ理解できれば十分だ。



 イモコは小さく息を吐き、呼吸を整える。



(許せないでござる……)



 イモコの全身から激しい殺気が溢れ出した。


 その視線の先は、ハンゾウではなく妲己。



「ただではすまさないでござるよ……妲己!!」



 その言葉と同時に、イモコは神気を解放するのであった。

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