第88話 憤怒の巨人 前編

 その姿……一言で表すならば



 【憤怒の巨人】



 カリーは改めて近くでマグマ将軍を見た……否、見上げた時にそう感じた。


 遠目からはわからなかったが、その巨人の顔はまるで人間と同じものであり、その表情は激しい怒りに歪んでいる。


 何に対してそれほどまで怒りを感じているのか……



 俺達が仲間の兵士達を倒したからなのか? 



 否、あれはきっとそういうものじゃない。


 魔獣として生まれた時から、きっとその表情だったはずだ。


 実際にそうなのかはわからないが、多分間違いないだろう。



 少なくともカリーはそう確信する。



「シルク、動けるか?」


「問題ないでがんす。しかし、以前よりこいつ……速いでがんす。」


「みたいだな。それにあっちもやっかいそうだ。」



 カリーがそう言った瞬間、上空から黒い球が飛来してくる。


 それに直ぐに気付いたカリーは当然のようにそれを躱すのだが、地面に直撃した球を見てギョッとした。


 地面に付着した黒い何かは、そのまま溶けたスライムの様に蠢いて地面を溶かしていたからだ。



 そしてその球を放った方を見やると、既にそこに向かってイモコは走りだしていた。


 現在俺達が相対しているのは、マグマ将軍だけではない。


 杖を持った魔導士風の魔獣、大剣を担いだ騎兵を合わせて三体だ。


 その二体はマグマ将軍程ではないが、さっきまで戦っていた人型の魔獣よりも一回り大きい。


 つまりは、マグマ将軍の側近といえる存在なのだろう。


 前回シルクが戦った時は、そんな魔獣はいなかった。


 であれば、やはりウロボロスから出る瘴気の影響で新しく生まれた存在かもしれない。


 イモコは素早く、その魔術師型の魔獣に接近し斬撃を浴びせようとしたのだが、その瞬間、空気を断ち切るような金属音がするとイモコの刀が弾かれた。



「やるでござるな!」



 なんと、いつの間にかイモコと魔術師型の間に騎兵魔獣が現れ、その刀を大剣で弾き返したのである。


 実はイモコは騎兵型が接近しているのに気づいていた上に、更にそれが割り込んでくることも想定内だった。


 故に、騎兵型の剣ごと叩き折って攻撃するつもりで刀を振っていたのである。


 それが予想外に敵の刀を折るどころか、弾かれた衝撃でイモコ自身が後退したのは完全に想定外だった。



 そして更に予想外な事が起きる。



 なんと魔術師型の魔獣が、騎兵魔獣の馬に飛び乗ったのだ。


 これにより、イモコは直接魔術師型を攻撃することが難しくなり、更に騎兵型を相手にしながら、魔術師型の遠距離攻撃も捌かなければならない状況になる。



「やっかいでござるな!」



 そう言いながら、上空より飛来する黒い球をよけ続けるイモコ。


 そしてそれによって体勢が少しでも崩れると、騎兵型が一撃を入れてくる。


 イモコはその攻撃を刀で捌きつつ、カウンターの一撃を加えようとするも、騎兵型は攻撃した瞬間に後退をする、



  いわゆるヒットバック戦法



を使っており、中々掴ませてくれない。



 それでもイモコには光速剣等の超高速スキルもあるので、捕まえようと思えばできるかとも思うが、実際には難しかった。



 義経のようなローラーブレイドさえあれば、左右自在に超高速で移動できるかもしれないが、イモコにそれはない。


 イモコの技は、あくまでその力の使い方を応用しているに過ぎず、平面的な超高速移動は難しかったのだ。


 それでも騎兵型が単調に前後に逃げるだけだったならば、対応は可能だったかもしれないが、残念ながら騎兵型の動きは単純でも単調でも無い。


 騎兵型は円を描くような動きで移動をしたかと思えば、反復横跳びのように左右交互に移動したりと、とても馬ができる移動ではないような動きでイモコを翻弄していた。


 だがイモコは知っている。


 どんな動きであっても、それはあくまで点が集合した線の動きに過ぎないと。


 つまり、敵の動きを追う必要はない。


 敵の攻撃をただジッと待ち、自分の攻撃範囲の点に来た時に刀を振るえばいい。


 それができれば、確実に動きを止められるのだ。そう、それができれば……だが。



 今回、イモコはその作戦をとる事はできない。



 なぜならば、腐食性の球がさっきからひっきりなしにイモコに飛んでくるからだ。


 しかもその球は飛ばされながらも若干形を変えたりして動いている。


 そう。なんと飛んでくる球は、その形が変化するのだ。


 それを見たイモコは、その魔法の正体に気づく。


 それは……生物魔法と呼ばれる陰陽師の魔法だ。


 魔術師型は、ブラックアメーバと呼ばれる腐食魔獣を召喚し、それを飛ばしている。


 故に、紙一重で避けたところで、ブラックアメーバは形を変えてイモコに付着してくるだろうし、そうなればジワジワと体を溶かされてしまう。


 だが、かといって避け続ければ問題無いという訳でもない。


 当然召喚魔獣であれば、地面に着弾して、「はい、さよなら」と消えるわけもなく、しばらくの間は消える事なく地面で蠢き続ける。



 それはまるで地雷のように、イモコの行動を制限した。



 つまり今イモコが相対している二体の魔獣は、イモコにとって最も相性の悪い相手である。

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